時報
- 孫伝芳と張宗昌
- 呉佩孚、奉天・南京に返電
- 張作霖の上京の目的
一面は軍事指導者同士の調整を伝えた。孫伝芳は張宗昌へ共同出兵を求め、呉佩孚の返電は攻撃予定日を示し、張作霖の上京予定は中央政治と地盤の問題に結び付けられた。意思や準備を伝える複数の通信であり、完了した作戦を一つの確定した経過として描いた記事ではない。
日付を含む三つの軍事・政治通信を選択。大きな書籍広告、輸送の細目、その他の告知は確認したが全文訳していない。
翻訳
孫伝芳と張宗昌
孫伝芳と張宗昌
孫伝芳は杜錫珪に電報を送り、張宗昌へ伝えるよう求めた。その大意は、「張将軍の忠勇と奮励、誠実な心は誰の目にも明らかである。どうか連合して出兵し、ともに赤軍を討ってほしい。いつ出兵されるか、電報で知らせていただきたい。私、孫伝芳が奉天・山東と協力する誠意は、天地に誓えるものである」というものだった。(北京13日午後4時電)
呉佩孚、奉天・南京に返電
呉佩孚、奉天・南京に返電
ある軍事機関の情報によると、孫伝芳は11日夜、呉佩孚に電報を送り、各軍を集めて同時に進攻するよう求めた。呉は12日朝に返電し、準備はすべて整っており、15日に総攻撃を開始すると伝えた。挟撃の効果を得るため、必ず一斉に行動してほしいと要請している。(北京13日午後4時電)
張作霖の上京の目的
張作霖の上京の目的
張作霖は、一週間以内に北京へ入ることを決めた。奉天会議の結果に沿って、南方に対する方針、中央政局、支配地域の問題を解決するのが目的である。また、奉天軍は対南方の軍事方針の基礎を固めるため、すでに主力を北京付近へ集結させている。(天津11日通信)
解説
孫伝芳が他の司令官の協力を必要とした理由
北伐は、複数の軍事勢力が支配する中国の統一を目指して進んだ。その前進に直面した側も、軍隊と支配地域は別々の指導者に握られていた。張宗昌への要請は、そのために連合が必要だったことを示す。相手の忠勇をたたえ、共通の敵を掲げるのは、自分では直接命令できない部隊の出兵を求めるためである。政治的な賛同を、具体的な行動の日程へ変えようとする電報だ。
一斉攻撃で何を取り戻そうとしたのか
9月8日の米国領事報告には、呉佩孚が漢口を離れ、部隊が北へ退く様子と、増援で巻き返せるかへの疑問が記されている。その状況を背景にすると、複数方向からの同時攻撃は、主導権を取り戻すための構想として理解できる。各軍の行動がずれれば、一方が先に敵の圧力を受けることになる。電報が一斉行動を強く求めるのは、指揮官を異にする連合軍の弱点に関わっている。
上京の記事に中央政局と地盤が並ぶ理由
張作霖の上京目的には、戦場での方針と、中央政府の政治、支配地域の問題が一緒に並んでいる。司令官同士の会議では、進軍先だけを決めればよいわけではなかった。政治的な発言力や勢力範囲の調整が、軍事協力を持続できるかどうかにも関わるからだ。北京付近への主力集結は、奉天側が交渉し、対南方方針を組み立てるための実力上の足場にもなった。
原文
孫傳芳與張宗昌
孫傳芳與張宗昌
孫傳芳電杜錫珪轉達張宗昌,大意謂效帥忠勇奮發肝膽照人,請聯合出兵共同討赤,何日出兵順盼電示。孫傳芳誠意與奉魯合作此心可質天日。(北京十三日下午四時電)
吳佩孚對奉甯覆電
吳佩孚對奉甯覆電
某軍事機關消息,孫傳芳眞(十一日)晚電吳佩孚,請調集各軍、同時進攻,吳文(十二日)晨復去一電,謂一切準備就緒,兹訂於刪(十五)開始總攻務請一致動作以收夾擊之效。(北京十三日下午四時電)
奉張將入京之目的
奉張將入京之目的
張作霖決於一星期以內入京。目的在依奉天會議之結果、解決對南方針及中央政局與地盤問題,又奉軍已將主力集中北京附近,爲對南方軍事之根本方針。(天津十一日通)