Diario La Nación
- コロンブス
- 発見者たち
- 「ECO」石鹸
1926年10月12日のサンティアゴの日刊紙ラ・ナシオンは、コロンブスの到着記念日にあたるこの日、アメリカ発見をうたう二編の詩をこの紙面に載せた。ラモン・デ・カンポアモールの長詩「コロンブス」の抜粋は、コロンブスをアレクサンドロス大王になぞらえ、書物を開いて「神の御名において」と書き出す姿をたたえた。この詩はまた、強欲な旧大陸に珊瑚の島々の上の黄金の山を与えた人物としてコロンブスを歌った。J・M・デ・エレディアの署名がある「発見者たち」は、パロス・デ・モゲルを出た船長や農夫がジパングの金を目指し、熱帯の海で見知らぬ星が昇るのを眺める姿を描いた。紙面には石鹸「ECO」の広告と、母乳を与えられない母親に乾燥乳を勧める短い広告も並んだ。
この版は紙面の一部を訳しており、記念の詩2編と石鹸「ECO」の広告、エレディアの詩に続く乾燥乳の短い広告を対象としている。日付は紙面画像にある1926年10月12日火曜日の表記に従っており、提供されたOCRは誤って1920年10月13日としている。「コロンブス」の冒頭の数行は左端で一部が隠れている。「発見者たち」の最初の数行と最終連の書き出しは画像の端で切れており、訳文はそれらの行を含まない。訳文中の[?]は判読できない語を示す。SOCIO CAPITALISTAとDRYCOの広告および向かいのページの断片は一部しか読めず、この版はそれらを訳していない。
翻訳
コロンブス
コロンブス ラモン・デ・カンポアモール作
「狂人だ!」 かつて途方もない構想がアレクサンドロスを勝者としてアジアへ[?]ときも、世界はその計画を狂気だとけなしたが、彼は栄光のうちに全世界を従えた。おそらくコロンブスも、アレクサンドロスのように、ハンノや勇敢なネアルコスより[?]であろう。――諸君は恐れおののくのか。――私も諸君とまったく同じ恐れを抱いている。彼は世界の果てを消し去りに行くのだ.........................................
その間、コロンブスは何をしているのか。一冊の書物を開き――「神の御名において!……」――と、その手は書きつける。よい書き出しだ!あのような人物になら、大洋が怒りを鎮めて屈するのも、今の私にはわかる。そして、かくも勇敢でかくもキリスト教徒らしいこの人物の航路をたどろうとする私も、わが詩神に大胆にその偉大さを歌わせながら、コロンブスと同じく神の御名において歌い始める.........................................
神の御名において!私は歌う、大胆にもその全能の息吹で、西方で太陽が眠っていた魔法の影の宮殿を吹き払った人を!私は歌う、強欲な老いた大陸の水腫病みのような渇望を満たし、その渇きに尽きることのない宝として、珊瑚の島々の上に黄金の山々を与えた人を!
R・デ・C
発見者たち
発見者たち J・M・デ・エレディア作
封建の止まり木を離れる鷹の群れのように、誇り高い苦難に倦んだ船長たちと農夫たちが、勇ましくも荒々しい夢を魂に満たして、パロス・デ・モゲルをあとにしていった。
彼らはジパングの豊かな鉱脈を流れる伝説の金属を征服しに出ていき、貿易風は彼らの帆桁を西方世界の神秘の果てへと運んだ[?]
夜ごと、夢のような黄昏を待つあいだ、熱帯の海のきらめく青が金色の色合いで彼らの眠りを魅了した。あるいは船の舳先で白い航跡を見つめながら、彼らは見知らぬ空を通って大洋の底から新しい星々が昇るのを、呆然と眺めた。
J・M・デ・H
母親の皆さま。赤ちゃんにお乳をあげられないときは、乾燥乳[?]をお使いください。
「ECO」石鹸
「ECO」石鹸 登録商標 化粧台に、お風呂に。
解説
10月12日がスペインとの絆を祝う日になった経緯
2編の詩が載った10月12日は、1926年の時点で、現在の形になってから十数年ほどしかたっていない記念日だった。スペインの元大臣ファウスティノ・ロドリゲス=サン・ペドロは、イベロアメリカ連合の会長としてこの記念日の名称を考案した。同連合は1913年の運動で、この日がコロンブスの記憶をたたえると同時に、「発見し文明をもたらした国」とアメリカの地に生まれた国々とのあいだの「精神的な親密さ」を表す場になるよう提案した。歴史家イラン・ラチュムは、この祝日が1912年から1921年にかけて形を整え、第一次世界大戦の状況がその導入を早めたと述べている。ラチュムによれば、この祝日はとくにキューバ、チリ、アルゼンチンのスペイン系移民社会が広めたものである。ラチュムはまた、スペイン語圏アメリカ版の祝日が、米国で盛んになっていたコロンブス・デーへの応答であり拒否でもあったと論じている。カンポアモールの詩は、コロンブスを「かくも勇敢でかくもキリスト教徒らしい人物」としてたたえ、「神の御名において」始まる航海を歌っており、スペインとの精神的な結びつきを掲げたこの記念日の理念とよく一致している。2編の詩は記念日が望んだ姿で航海を描いており、読者はそれを1492年の中立的な記録として読むべきではない。
チリの法律が定めた「アメリカ発見記念日」
チリは1922年の法律3810号で10月12日を祝日とし、この法律はこの日を「アメリカ発見記念日」と名づけた。この日は非公式には「ディア・デ・ラ・ラサ」の名でも知られ、この名は当時スペインが自国の祝日に用いていた名称だった。ラ・ナシオンがこの2編の詩を載せた1926年の時点で、この祝日はチリの法律に定められてから4年しかたっていなかった。2編の詩はどちらも発見とその担い手を中心に置いている。一方の詩はコロンブスが「神の御名において」と書いて船出する場面を描き、もう一方の詩はパロス・デ・モゲルを出てジパングを目指す船長や農夫を描いている。紙面の題は法律が名称に掲げた「発見」と一致しており、カンポアモールの詩句は、スペイン側の名称が広めたスペインとの精神的な同族意識も表している。
ラモン・デ・カンポアモールと長詩「コロンブス」
ラモン・デ・カンポアモールは1817年にナビアで生まれ、1901年にマドリードで没したスペインの詩人であり、生前は大きな尊敬と人気を集めた。カンポアモールの伝記は、彼のまとまった長さの詩として『世界のドラマ』『学士トラルバ』と並べて『コロンブス』を挙げている。ラ・ナシオンは「R・デ・C」の署名でこの長詩の数連を載せ、連のあいだを点線で区切った。同じ紙面の右側には、発見者たちの船出を歌うJ・M・デ・エレディア署名の詩が並んだ。同じ伝記によれば、カンポアモールの作品はモデルニスモの世代と98年世代による価値の見直しを乗り越えられなかった。ラ・ナシオンは1920年代にフアン・エマールの主導で芸術の前衛運動を紹介した新聞でもあり、この選択は目を引く。記念日の紙面に19世紀の人気詩人を選んだことから、この日の紙面は新しい文学よりも、広く親しまれた宗教的で愛国的な詩句を求めていたと考えられる。この見方は紙面そのものから導いた推測であり、編集部の判断を記録した文書にもとづくものではない。
翌年に国営化されたラ・ナシオンの1926年の姿
ラ・ナシオンは1917年1月14日、エリオドロ・ヤニェス・ポンセ・デ・レオンが率いる自由派の国会議員のグループによって創刊された。チリ国立図書館のメモリア・チレナは、ヤニェスの新聞を、公然とした政治宣伝よりも報道を重んじる新しい型を広めた新聞の一つと位置づけている。ラ・ナシオンは1920年代にフアン・エマールの主導で芸術の前衛運動も紹介しており、文学や芸術の記事を日常的に載せていた。1926年10月12日の記念の詩は、民間が所有する独立した日刊紙の紙面に載ったものである。この独立した時期は終わりに近づいており、ラ・ナシオンは1927年、カルロス・イバニェス・デル・カンポの独裁政権に接収されてチリ国家の公式媒体になった。
原文
Colón
Colón por RAMON de CAMPOAMOR. ¡ Loco! También cuando una inmensa idea [?] a Alejandro al Asia victorioso por loco el orbe su proyecto afea, y al orbe todo sometió glorioso. Tal vez Colón, como Alejandro, sea [?] que Hannón y Nearco valeroso. - ¿ Os espantáis? - Yo en vuestro espanto abundo: marcha a borrar los límites del mundo......................................... ¿ Qué hace, en tanto Colón? Un libro abriendo - ¡ En el nombre de Dios!... - traza su mano ¡ Buen principio! A ese hombre ya comprendo que doblegue su furia el Oceano Y yo, que el curso proseguir pretendo de un varón tan valiente y tan cristiano, cantando audaz mi musa su grandeza, de Dios en nombre, cual Colón empieza......................................... ¡ En el nombre de Dios! canto al que osado aventó con su soplo omnipotente el palacio de sombras encantado donde dormía el Sol en Occidente! ¡ Canto al que el ansia hidrópica ha saciado del codicioso y viejo continente, dando a su afán en perennal tesoro sobre islas de coral montañas de oro! R. de C.
Los descubridores
Los descubridores por J. M. de HEREDIA. Cual bandada de halcones la alcándara feudal, a Palos de Moguer, hartos de altivas penas dejaban capitanes y labradores, llenas las almas de un ensueño hazañoso y brutal. A conquistar salían el mítico metal que corre de Cipango por las fecundas venas, y los vientos alisios llevaban sus entenas al borde misterioso del mundo occidenta [?] Cada noche, esperando crepúsculos utópicos, el azul chispeante de la mar de los trópicos encantaba su sueño con un matiz dorado; o, a proa de sus naves viendo las blancas huellas, atónitos miraban por un cielo ignorado del fondo del Océano subir nuevas estrellas. J. M. de H. MADRES: Si no podéis amamantar vuestro nene, usad la leche desecada [?]
Jabón «ECO»
Jabón «ECO» M. R. Para el tocador y el baño
紙面の出典:Source: Internet Archive