Aftenposten
- レランデル大統領、オスロに別れ
- クラーヴェネス銀行の清算
- またもモーヴィンケル
1926年10月7日のアフテンポステン朝刊は、フィンランドのレランデル大統領がオスロを去る場面を伝えた。記事によると、ホーコン国王とオーラヴ皇太子が無蓋馬車で大統領を王宮から東駅まで送り、カール・ヨハン通りに集まった数千人が歓声を送った。同じ紙面は、クラーヴェネス銀行が来週金曜の株主総会で解散と任意清算を諮る予定だと報じた。記事は、清算に5年ほどかかる見通しと、小口預金者には全額が支払われることも伝えた。社説「またもモーヴィンケル」は、禁酒の国民投票の結果を見てから予算の歳入側を組むというリュッケ首相の方針を擁護した。社説はまた、モーヴィンケルが条約交渉の最中に禁酒の法制化を支持したことを屈辱的な退却と呼んで皮肉った。
翻訳
レランデル大統領、オスロに別れ
昨日午後6時ごろ、カール・ヨハン通りには数千人が集まり、東駅へ向かうレランデル大統領に別れを告げた。ホーコン国王、オーラヴ皇太子、大統領は無蓋馬車で王宮から駅へ向かった。馬車が進むところではどこでも、群衆から万歳の声が上がった。東駅での段取りは到着時とほぼ同じだったが、軍の儀仗兵がいなかった点だけが異なった。参集した紳士たちの中には、リュッ―首相をはじめとする政府閣僚の姿が見られ……
クラーヴェネス銀行の清算
来週金曜に株主総会。任意清算を選ぶ理由。
クラーヴェネス銀行は昨日午後、議長である船主A・F・クラーヴェネス氏の司会のもとで代表委員会を開いた。会議は来週金曜日に株主総会を招集することを決めた。株主総会は銀行の解散について決議し、清算委員会を選出することになる。今後、任意清算を選ぶことについて債権者の同意を順次取り付けていく。これは債権者の利益になると考えられている。今回の場合、管理下での清算は費用がかさみ、目的にそぐわない仕組みを動かすことになるからである。多くは外国の債権者がどのような態度をとるかにかかっている。財務状況については、現時点で確かなことは何も言えない。最終的な結果は、もちろん、産業関連の投資をどれだけうまく現金化できるかに大きく左右される。このような清算には5年ほどかかるだろう。小口の預金者には全額が支払われると発表されている。本紙の聞くところでは、銀行にはこの区分に当たる預金者が二千人ほどいる。
またもモーヴィンケル
トロンヘイムでモーヴィンケル氏は、リュッケ首相が、政府は禁酒投票の結果を見るまで次期会計年度の予算を組まないと述べたことに、不快の念を覚えたという。言い換えれば、政府は予算の歳入側を組む前に、当てにできる金額を見ておきたいというのである。恥ずべきことだ!モーヴィンケル氏が商務大臣だったころには、正しい判断を下すのに何ひとつ見る必要などなかった。氏は条約交渉がどうなるかを見届けるまでもなく、禁酒の法制化に加わった。それどころか、禁酒を法律で定めることは条約交渉を強めるものだと考えていた。そう、モーヴィンケル氏は正しい判断を下したのだ。その結果は周知のとおり、屈辱的な退却となった。現政府は、いかなる形であれ、その二の舞を演じる気にはならない。政府は結果を見てから、それを当てにするつもりである。モーヴィンケル流の愚行を繰り返すつもりはない。このことに、いまモーヴィンケル氏は不快の念を覚えているのである。
解説
1926年10月に禁酒が国民投票にかけられた理由
ノルウェーは1926年10月18日に、禁酒を続けるかどうかを問う諮問型の国民投票を行った。この社説は、その投票の11日前に掲載された。ノルウェーでは1917年から部分的な禁酒が実施されており、1919年の国民投票の後には蒸留酒とデザートワインも禁止された。アルコール飲料の輸出が落ち込んだフランスが圧力をかけたことは、国民投票が組織された理由の一つだった。社説はこの経緯を使ってモーヴィンケルを攻撃している。社説によれば、モーヴィンケルは商務大臣として条約交渉の行方を見ないまま禁酒の法制化を支持し、その結果は屈辱的な退却になった。社説は交渉相手国の名を挙げていない。独立した記録が裏づけるのはフランスによる通商上の圧力であり、モーヴィンケル個人の役割をめぐる評価はアフテンポステン紙の党派的な見方である。
国民投票の結果と予算を待たせた理由
有権者は国民投票で禁酒の継続を否決した。オスロとその周辺、さらにベルゲンなどの都市部では反対が圧倒的に多かった。この結果を受けてノルウェーは禁酒法を廃止し、禁酒の時代は終わった。社説は、投票結果を見てから予算の歳入側を組むというリュッケ政府の方針を、当然の慎重さとして擁護している。社説の論理では、政府は当てにできる金額を確かめてから予算を立てるのであり、先に法律を作って後から結果に向き合ったモーヴィンケルのやり方とは正反対である。社説が印刷された時点では、投票の結果はまだ分かっていなかった。政府が待つと決めた数字は、11日後の投票によって初めて定まった。
クラーヴェネス銀行と1920年代ノルウェーの銀行危機
ノルウェーでは1847年から1928年まで、ほぼ10年ごとに銀行危機が起きた。その最後の危機は1920年から1928年まで続き、ノルウェーがそれまでに経験した中で最も大規模な銀行危機になった。こうした危機の原因は一般に好況期に生まれ、危機そのものはたいてい不況期に起きた。国会ストーティングは1923年に管理法を可決し、銀行が公的管理下に入る道を開いた。この法律が成立してから1928年までに、47の商業銀行と19の貯蓄銀行が公的管理下に置かれた。クラーヴェネス銀行の記事が費用がかさみ目的にそぐわないとして退けた管理下での清算は、この手続きを指している。記事は銀行が行き詰まった原因を説明していない。記事は最終的な結果を産業関連の投資の現金化と結びつけ、外国の債権者の態度に多くがかかっていると述べている。
レランデル大統領とはだれで、なぜ外遊していたのか
ラウリ・クリスティアン・レランデルは1925年から1931年までフィンランド大統領を務めた。レランデルは農民同盟の有力な党員で、国会議員と国会議長を経て大統領に選ばれた。フィンランドはレランデルの在任中も外交上の孤立政策を続けたが、レランデルは北欧諸国をはじめとする近隣国と元首レベルの関係を築いた。レランデルは1926年にラトビアも公式訪問した。度重なる国賓訪問や旅行は批判を招き、人々はレランデルを旅するラッセという意味のレイッス・ラッセというあだ名で呼んだ。アフテンポステンの記事は、この外交に対するノルウェー側の応対を伝えている。記事によれば、国王と皇太子が無蓋馬車で大統領に同行し、カール・ヨハン通りでは数千人が大統領を見送った。
原文
Præsident Relanders avsked med Oslo.
til staværende get sikt vil jo av, hvor sationen ter. En 5 aar. dre indEfter en ha et ori. paa er slike opbevaKong Haakon og pra Ved seks-tiden igaar eftermiddag var tusener samlet paa Karl Johan for at by præsident Relander farvel, idet præsidenten kjørte til Østbanestationen. Kong Haakon, kronprins Olav og præsidenten kjørte fra Slottet til stationen i aapen vogn. Overalt hvor vognen kjørte frem lød hurraene fra folkemassen. Paa Østbanestationen var arrangementet omtrent det samme som ved ankomsten, dog med undtagelse av at der ikke var nogen militær honnørvakt. De fremmøtte herrer, hvoriblandt saaes regjeringens medlemmer med statsminister Lyk -
Avviklingen av Klaveness Bank.
træffe det rette. Han behøvet ikke at se, hvorleOver dette føler nu hr. Mowinckel sig ubehagelig berørt. Avviklingen av Klaveness Bank. Generalforsamling næste fredag. Hvorfor man vil vælge frivillig likvidation. Der holdtes repræsentantskapsmøte i Klaveness Bank igaar eftermiddag under ledelse av ordføreren, skibsreder A. F. Klaveness. Der besluttedes at indkalde til generalforsamling næste fredag. Generalforsamlingen vil faa at fatte beslutning om bankens opløsning og at vælge likvidationsstyre. Man vil nu efterhvert indhente kreditorenes samtykke til, at der vælges frivillig avvikling, hvad man mener er i kreditorenes interesse, da en avvikling under administration vil være et kostbart og uhensiktsmæssig apparat at sætte igang i dette tilfælde. Meget avhænger av, hvordan de utenlandske kreditorer stiller sig. Med hensyn til status er det paa det nuværende tidspunkt umulig at si noget sikkert. Det endelige resultat vil jo i væsentlig grad avhænge av, hvor heldig man er med realisationen av sine industriengagementer. En slik likvidation vil ta sine 5 aar. Det er meddelt, at de mindre indskytere vil faa sit helt ut. Efter hvad vi erfarer skal banken ha et par tusen inden den kategori. Store sprit-fangster. 90 ti-literskander og endel [?] paa Ved dag va Johan lande ten kj Kor Olav Slottet Ove frem l sen. Paa rangem
Mowinckel igjen.
Nr 506 Morgennr Abonnem. pris: indenbys...... "...... Mowinckel igjen. I Trondhjem har hr. Mowinckel følt sig ubehagelig berørt over, at statsminister Lykke har uttalt, at Regjeringen ikke vil sætte op budgettet for kommende termin, før den har set resultatet av forbudsavstemningen. At Regjeringen med andre ord vil se de beløp, den kan regne med, før den sætter op budgettets indtæktsside. Skammelig! Da hr. Mowinckel var handelsminister behøvet han saamen ikke at se nogetsomhelst for at træffe det rette. Han behøvet ikke at se, hvorledes det gik med traktatforhandlingene, før han var med paa at lovfæste forbudet. Han ansaa tvertimot en lovfæstelse av forbudet som en styrkelse av traktatforhandlingene. Jo, hr. Mowinckel traf det rette. Det blev som bekjendt et ydmygende tilbaketog. Det frister ikke den nuværende regjering til gjentagelse i nogen form. Den vil se resultatet, før den regner med det. Den vil ikke gjøre de Mowinckel'ske dumheter op igjen. Over dette føler nu hr. Mowinckel sig ubehagelig berørt. Avviklingen av Klaveness Bank. Pr L