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この日に発行された世界の新聞18紙の一面を、翻訳と解説で読めます。

Evening Star

ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語

1926年10月7日付のイブニング・スター紙は、セントルイスで行われたワールドシリーズ第5戦の経過をAP電で1球ずつ伝えた。ヤンキースのペノックとカージナルスのシャーデルはともに左腕で投げ合い、試合は4回に入っても0-0のままだった。同紙によると、観衆は3日連続の入場者記録を狙っていた。同紙は、元司法長官ハリー・M・ドーティと元外国人財産管理官トーマス・W・ミラーの共謀裁判で弁護側が最終弁論に入ったことも報じた。この裁判は、アメリカン・メタル社の差し押さえ資産700万ドルの返還をめぐるもので、ミラーの弁護人はリッツ・カールトンでの小切手の受け渡しと自由公債の追跡証拠を退けた。さらに同紙は、ワシントンの5000万ドルの連邦庁舎計画で最初の2件の契約が発注されたと伝えた。工事は内国歳入庁用地の一部の取り壊しと自由公債ビルの2階分の増築であり、商務省庁舎の場所はまだ決まっていなかった。

The Montgomery Advertiser

モンゴメリー(アメリカ) · 英語

1926年10月7日付のモンゴメリー・アドバタイザー紙は、AP通信のアラン・J・グールド記者によるワールドシリーズ第4戦の記事を1面の先頭に載せた。記事は、ベーブ・ルースが本塁打3本を放ち、ヤンキースが記録的な観衆の前でカーディナルスを10対5で破ったと伝えた。記事によれば、この勝利でシリーズは2勝2敗となり、ワールドシリーズ記録7つが塗り替えられた。同じ面は、ドイツのフォン・ゼークト将軍が国防軍総司令官の辞表を提出したことも報じた。記事によれば、将軍は旧皇太子の長男ヴィルヘルム王子をゲスラー国防相に相談せずに演習へ参加させ、共和派の抗議を招いた。ニューオーリンズの連邦中間信用銀行は、アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナの綿花農家に6000万ドルを提供すると表明した。紙面は、銀行が協同組合か農業信用団体を通じてのみ資金を貸し、大豊作による投げ売りを防ごうとしたと伝えた。ノバスコシアの帆船の船長が米国の禁酒取締船を沈めようとした容疑で拘束されたという短信も載った。

London Evening Advertiser

ロンドン(カナダ・オンタリオ州) · 英語

ロンドン・イブニング・アドバタイザーの1926年10月7日付紙面は、英国ロンドン発の電報で、炭鉱夫連盟の代議員会議が政府の最新の解決案を拒否したうえで、炭鉱から保安要員を引き揚げる南ウェールズ提出の決議を594,000対194,000で可決したと伝えた。紙面はこの採決を、政府の最後通牒への明確な回答として報じた。紙面はまた、工場経営の草分けで17年間市議を務めたウィリアム・ゲリー氏が、85歳を目前にクレイグ通りの自宅で亡くなったと伝えた。同じ欄には、トロントの1社が牛の輸出取引を握っているという農家の訴えと、オンタリオの牛がデトロイトで多くの賞を得たという短信が続いた。ベルリン発の記事は、プロイセン内閣とホーエンツォレルン家が旧王家の財産請求をめぐる妥協協定に署名し、多くの政党が批准を支持するか少なくとも反対しない見通しだと報じた。

Vossische Zeitung

ベルリン(ドイツ) · ドイツ語

フォス新聞の1926年10月7日号は、陸軍統帥部長官ハンス・フォン・ゼークト上級大将の辞任を大きく報じた。同紙は、このような逸脱行為を許可したことが高度に政治的な行為であり、ゼークトがそれをゲスラー国防相の頭越しに決めたと非難した。同紙によれば、ゲスラーはゼークトに二人のどちらかが職を去るべきだと告げ、ヒンデンブルク大統領に報告した。同紙は、ある閣僚が仲介を試みたものの、大統領は当初から政治的対立を許さず結論を出す構えだったようだと伝えた。同じ紙面は、国旗団がベルリンのヴィルヘルム街で退任するプロイセン内相カール・ゼーフェリングのために集会と松明行列を催し、ジャンダルメンマルクトに大勢の警察が出動したことも報じた。マックス・ライナーのコラムは、ドイツ国家人民党員がゼーフェリングに語りかける演説の形をとり、六年間の在任を断罪する義務を硬直した党規律のせいにする皮肉を載せた。

Le Figaro

パリ(フランス) · フランス語

1926年10月7日付のフィガロ紙1面は、10月19日にロンドンで始まる帝国会議を取り上げた。アルフレッド・マレは署名入りのコラムで、人口4000万の小さな島が地表の5分の1を占める帝国をどう保っているのかを問うた。マレは、アイルランドがワシントンに公使館を設けカナダも続こうとしていることや、南アフリカの旗の要求など、自治領の自立の動きを並べ、王室への忠誠、経済的な連帯、艦隊と各地の基地が帝国の結束を支えていると論じた。ベルリン発の記事は、前皇帝の孫が国防軍の演習に参加したあと、ゼークト将軍がヒンデンブルク大統領に辞表を出したと伝え、独仏接近の時期の大きな失策だと評した。アンリ・ヴォノヴァンの論説は、外国人の政治扇動を取り締まるアルベール・サロー内相の通達を支持し、外国語ポスターにフランス語訳を付ける規則にも触れた。

Neue Freie Presse

ウィーン(オーストリア) · ドイツ語

ウィーンのこの新聞は、ベルリン発の電報で、ドイツ陸軍統帥部長官ゼークト上級大将が辞職願を出したと伝えた。紙面によると、ゼークトは皇太子の長男がヴュルテンベルクの国防軍演習に参加することを、ゲスラー国防相に知らせずに認めていた。ゲスラーはその後、議会の前でゼークトをかばえないと述べた。巻頭の社説は、ラメク首相が給与要求の検討にあと4日を求めたことだけを理由にストライキをしないよう、オーストリアの官吏に求めた。社説は、ストライキが政府に宣伝の材料を与えると警告しつつ、24ドルに相当するとした最低俸給の要求には共感を示した。文芸欄には、ノルマンディーとブルターニュ、そして大聖堂のある小さな町ドルを描いたエルヴィン・リーガーの紀行文が載った。

L’Écho d’Alger

アルジェ(アルジェリア) · フランス語

1926年10月7日付『レコー・ダルジェ』の一面は、前日付のパリ発の記事を載せた。紙面は、ポアンカレが財務省で主宰した閣議が日常案件と両院再開の段取りを話し合い、生活費高騰、とりわけ小麦の価格を取り上げたと伝えた。記事は、両院再開の日取りが決まらなかったことも報じた。紙面は内務大臣が各県知事に送った通達も載せた。通達は、外国人がフランスの自由を理由に母国の政治対立を持ち込み、公の秩序を乱すことは許されないと強調した。論評欄は『ル・コティディアン』紙の記事を引用し、ポアンカレが前文を付けて対米債務協定を批准し、移転と債務の商業化について合衆国から追加の約束を引き出そうとする手続きを紹介した。

La Tribune de Madagascar

Madagascar · フランス語

1926年10月7日付のラ・トリビューン・ド・マダガスカル紙は、1面に3本の記事を載せた。上院議員モーリス・オルディネールが署名したコラムは、自身の上院報告に基づくとみられ、フランスの植民地無線網を論じた。コラムによれば、この通信網は1911年に計画され、1917年にタナナリヴを含む4か所の大規模局の工事が始まったが、戦後の資材不足で遅れた。タナナリヴ局の運用開始は1925年にずれ込み、約4000万を費やした後もブラザヴィル局は動いていなかった。別の記事は、廃止された1916年の不法値上げ取締法を修正して復活させる動きと、刑法第419条の改正案を伝え、慎重な対応を求めた。シリアからの報告は、植民地の読者に届く情報が手直しされていたと批判し、ダマスカス、ドゥルーズ山、ハマでの反乱を描いた。報告によれば、ヨーロッパ人は銃火の中で退去し、旅客列車も襲撃された。

L’Écho annamite

サイゴン(現ベトナム) · フランス語

この日のレコー・アンナミット紙の一面は、大半がコーチシナ植民地評議会選挙の運動文書で占められた。ブイ・クアン・チエウを筆頭とする10人のベトナム人候補は連名の声明を載せ、敬意を払いつつも毅然としたフランス・アンナン協力によってアンナン人民の正当な願いを実現すると訴えた。候補者らはフランスの主権に敵対する考えを否定し、ヴァレンヌ総督に提出した『請願書』を自らの綱領として掲げた。署名者には同紙のグエン・ファン・ロンも加わった。ブイ・クアン・チエウはトラヴィン・ベンチェ・ヴィンロン・ゴーコン選挙区の有権者に宛てた声明で、29年間の官歴と早期退職、ファン・チャウ・チンの亡骸の前で立てた誓いを語った。同じ声明は、グエン・ヴァン・フオットが1922年に不正のため議席を得られなかったと主張し、各選挙区の同志候補の名を挙げた。紙面はまた、ポアンカレがワシントン債務協定を修正せずに批准し、移転・保護条項についての留保を前文に盛り込む方針だと報じた。

Prager Tagblatt

Czechia · ドイツ語

プラハのドイツ語日刊紙プラーガー・ターグブラットは、1926年10月7日の1面で、ドイツ陸軍統帥部長官ゼークト上級大将の失脚を大きく報じた。同紙のベルリン電によれば、ゼークトは前皇太子の長男がヴュルテンベルクで国防軍の演習に参加することを国防相ゲスラーに知らせずに許可し、ゲスラーとの激しい言い争いの末に辞職願を出した。論説「感傷」は、この事件をプロイセン内相ゼーフェリングの辞任やホーエンツォレルン家との財産協定と結びつけ、旧王家に感謝する市民層と君主主義的な将校団を皮肉った。別のベルリン電は、協定が旧王家に250,000モルゲンの土地と現金1500万マルクを与え、プロイセン州議会の承認を条件とすることを伝えた。

Journal de Genève

ジュネーヴ(スイス) · フランス語

1926年10月7日付のジュルナル・ド・ジュネーヴは、ウィーンで開かれた汎ヨーロッパ会議を論じる署名入りの論説を1面に掲げた。筆者は、ヨーロッパがアメリカとの競争に備えて団結し、関税障壁と道徳上の障壁を引き下げるという経済面の主張を自由貿易の再来として歓迎した。同時に筆者は、ヨーロッパ最強の産業国イギリスを締め出し、経済の構想を大陸同士を引き離す政治運動にしたことを誤りだと批判した。紙面にはロベルト・グリムの立候補を扱う見出しも並んだ。この読み取りでその見出しの下に置いた本文は汎ヨーロッパ論説の続きであり、グリムの記事そのものの本文は含まない。ベルギー通信員は、10月10日の市町村議会選挙を前に選挙運動が熱を帯びていると伝え、この選挙が地方の争いを超える特徴を持つと報じた。

Politika

ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl

1926年10月7日付『ポリティカ』は、ここで部分的に読む三つの記事を載せた。その年の国際連盟総会で第三委員会と総会の仕事に当たったラザル・マルコヴィチ博士は、9月26日の社説「ジュネーヴの収支」の訂正を求める書簡を編集長に送り、自分の働きについての記述に限って反論すると述べた。同紙は、ジュネーヴの収支はなお否定的だと応じた。続く記事は、ブルガリアのマケドニア亡命者の週刊紙「独立マケドニア」が10月11日から日刊になると伝え、これを国際連盟が後押ししたブルガリア難民借款の最初の帰結と呼んだ。「イビス」の署名コラムは、クルシェヴァツのジュパ地方で結婚して異動を拒んだクロアチア人の若い教員たちを紹介し、セルビア人とクロアチア人を別の民族とするクロアチアの政治家たちを皮肉った。

Aftenposten

オスロ(ノルウェー) · ノルウェー語

1926年10月7日のアフテンポステン朝刊は、フィンランドのレランデル大統領がオスロを去る場面を伝えた。記事によると、ホーコン国王とオーラヴ皇太子が無蓋馬車で大統領を王宮から東駅まで送り、カール・ヨハン通りに集まった数千人が歓声を送った。同じ紙面は、クラーヴェネス銀行が来週金曜の株主総会で解散と任意清算を諮る予定だと報じた。記事は、清算に5年ほどかかる見通しと、小口預金者には全額が支払われることも伝えた。社説「またもモーヴィンケル」は、禁酒の国民投票の結果を見てから予算の歳入側を組むというリュッケ首相の方針を擁護した。社説はまた、モーヴィンケルが条約交渉の最中に禁酒の法制化を支持したことを屈辱的な退却と呼んで皮肉った。

Leidsch Dagblad

ライデン(オランダ) · オランダ語

1926年10月7日付のライツ・ダッハブラット紙1面は、市営発電所の故障でライデンと周辺自治体の電動工場がすべて止まった事件を市内ニュースの冒頭で伝えた。同紙によれば、所長は1基の発電機が巻き直しで止まっていたところへ別の1基が短絡し、さらに3基目が過負荷で止まったと説明した。同紙は、正午過ぎに機械が再び動き出したものの12時半には再び止まったと報じた。海外概観は、ゼークト将軍の辞任をシュトレーゼマンの対仏接近政策と結びつけ、軍事管理の継続を求めたフランスの「マタン」紙の見方を紹介した。同じ欄は、ウィーンの汎ヨーロッパ会議で仏独の代表が友好を示した様子も伝えた。短信は、全国仲裁裁判所の設置案を受け入れるか拒否するかを炭鉱労働者に迫り、答えがなければ撤回するとしたボールドウィンの書簡を報じた。

Le Petit Matin

チュニス(チュニジア) · フランス語

1926年10月7日付のチュニスの日刊紙『ル・プティ・マタン』は、シャルル・アレクサンドルの論説を一面の先頭に置いた。論説は、デストゥールの活動家がカイド管区や南部を回って資金を集めていると訴えた。論説はそのうち一人が敵対的な公証人の助けで2万5000フラン以上を集めたと主張し、宮廷の陰謀や外国勢力との接触に警戒するよう保護国当局に求めた。レーモン・コルラのパリ通信は、かつて非難した戦債決済案を採用したポワンカレ内閣の崩れかけた連立を皮肉った。紙面は、外国人団体と外国語新聞の扇動を取り締まるよう各県知事に命じたアルベール・サロー内相の通達を全文で載せた。短信は、プロイセン内相ゼーフェリンクの辞任、ヴェニゼロスの政界引退、イギリス炭鉱労働者によるボールドウィン案の否決、ドイツの銀行家による鉄道債券流動化の主張を伝えた。

時報

上海(中国) · 中国語

時報のこの紙面は、華中の戦争を伝える三本の記事を載せた。鄂東の戦況をまとめた電報群は、大冶からの撤退、命令を受けて九江へ戻る東軍、鉄山や黄石港、瑞昌県境に現れた南軍の部隊を報じ、総司令部に前線の戦報が届いていないことも伝えた。同じ記事の安徽の短信は、南陵県で警察官が赤化宣伝を理由に銃殺されたこと、合肥と六安で集めた新兵三百名が蕪湖経由で前線へ送られたこと、高世読が陳調元の電報を受けて各県に税金の送付を督促したことを伝えた。九江発の記事は、前線に大きな変化がないなかで特別戒厳令が突然出され、周鳳岐が軍事会議に加わったと報じた。漢口発のロイター電は、包囲された武昌から約二千人の市民が退去を許され、城門で女性一人が踏まれて死亡し、城内で餓死者が多数出ていると伝えた。

Crítica

ブエノスアイレス(アルゼンチン) · スペイン語

1926年10月7日付のクリティカ紙は、ビセンテ・ロペスの邸宅で医師カルロス・ライが殺害された事件を大きく扱った。同紙は、ブエノスアイレス州警察がフランシスコ・アルバレス、通称エル・ピベ・アルバレージョスの率いる一味を犯人とみていると伝え、アルバレージョスの拘束と帽子の発見を報じた。同紙は前日の特報が正確だったと強調し、ロドリゲス署長の黙認のもとで強盗を重ねた4人組のうち2人が邸内で盗みと殺害を実行し、2人が通りで見張ったと書いた。別の記事は、シウダデラの騎馬警官がサン・ミゲルの少年たちの証言したビセンテ・ロペス登録765番のフォード車を追跡し、ロシア人行商人2人を拘束した経緯を伝えた。

Il Piccolo

Italy · イタリア語

1926年10月7日付のイル・ピッコロは、ブルガリアのブロフ外相がローマのキージ宮でムッソリーニと長時間会談したことを、公式声明の全文とともに伝えた。紙面は、伊希新通商条約の残る争点を詰めるためにギリシャ代表団がローマに着いたことも報じた。記事によれば、旧条約の延長は9月10日に切れており、両政府はその日に暫定協定を結んでいた。チューリヒ発の記事は、国際連盟の混合委員会が化学戦や細菌戦の準備を犯罪とみなす提案を受け入れたと報じた。ローマ発の党発表は、ファシスト党全国指導部がムッソリーニの主宰で会合し、翌晩のファシズム大評議会の議題を検討したと伝えた。本稿の読み取りは一面の一部に限られ、ゼークトの辞任やイギリス炭鉱ストの記事は断片しか残らない。

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