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· ジュネーヴ(スイス) · フランス語

Journal de Genève

1926年10月9日付のこの1面には、スイスの国内政治と国際連盟時代の外交をめぐる記事が並んだ。J. M.の署名がある論説は、12月5日に国民投票にかけられる連邦の小麦専売制がパンを議会の争いの種にし、真っ先に農民を苦しめると警告した。論説はまた、専売制が社会党にブルジョワ秩序への突破口を与え、さらなる専売制を呼び込むと論じた。アメリカ駐在通信員の記事は、クーリッジ大統領が国際司法裁判所加盟をめぐる上院の第5留保についてジュネーヴの妥協案を拒んだと伝えた。大統領は、連盟理事会が過半数で勧告的意見を求められるようになる事態を懸念していた。ローマで開かれた第四回国際道徳教育会議の記事は、教皇が会議を非難し、公教育省の代表がカトリックのキリスト教こそイタリアの道徳律だと演説したことを報じた。それでも記事は、ベロ氏の合理主義に反対したのはオランダのプロテスタントただ一人だったと伝えた。

翻訳

官吏の権力

……生産者と消費者の相反する利害が、両院でパンの問題をめぐってぶつかり合う。議会での選挙目当ての競り上げという杯をあふれさせるのに、これ以上何が必要だというのか。パンは、わが国では[?]食生活の基本である。政治家たちに両院でパンを論じさせ、自分たちの意思を押し通そうとする機会を与えることは、激しい争いへと意図して自ら向かっていくことであり、その争いで真っ先に犠牲になるのは、疑いなく農民である。そして社会党が12月5日の投票にこれほどの重要性を認めるのも、まさにこの理由による。彼らにとって、小麦専売制はブルジョワ秩序の城塞に大きく開いた突破口である。この突破口から彼らは城内に入り込み、もはや誰も彼らを追い出せなくなるだろう。その直接の帰結として、この専売制は別の専売制を次々と生み出すことになる。大規模な経済措置においては、すべてがつながっている。一部の人々に輸入制限の制度が認められるやいなや、ほかの人々もその恩恵にあずかろうとした。そして人々は、それらを……した者たちが……するという、当惑させる光景を目にしたのだった……

クーリッジ氏と第5留保

アメリカ駐在の本紙通信員は次のように書いてきた。「アメリカ政府は、合衆国の国際司法裁判所への加盟に付した留保について、ますます歩み寄りを見せなくなっている。伝えられるところでは、クーリッジ氏は、ジュネーヴで提案された妥協案、すなわち合衆国を国際連盟加盟国と同等の立場に置くという案に反対している。大統領は第5留保に固執しており、これを修正するつもりはない。9月20日の公式声明によれば、大統領はこの留保を『アメリカの利益を守るために必要である。(ジュネーヴの)対案は第5留保に合致しない。国際連盟理事会が、加盟国の過半数によって勧告的意見を求めることを可能にする手続きを採用しうるからである』と考えている。しかしクーリッジ氏は依然として確信している。……の加盟国が……するときには……」

第四回国際道徳教育会議

[?]完全に自由な精神で議論する。確かに、教皇はこの会議を公然と非難し、新聞はほとんど取り上げず、『コリエレ・ディタリア』紙はこれをさんざん笑いものにした。また公教育省の代表は、カンピドリオでの開会式で、イタリアは道徳律を「探し求める」必要はない、「なぜならイタリアは二千年来それを持っているからである。すなわち、カトリック教会が与えた形でのキリスト教の律法である」と述べた。それでもなお、ベロ氏の合理主義に反対したただ一人の人物がオランダのプロテスタントだったことに変わりはない。それどころか、『メッサジェーロ』紙と『インペロ』紙――後者はムス氏の個人的な新聞である――

解説

1926年12月5日の穀物供給国民投票の内容と結果

J. M.の論説が言う「12月5日の投票」は、国家による穀物供給を定める第23条の2をスイス連邦憲法に加えることの是非を問う国民投票だった。この案は憲法を改正するため義務的国民投票にかけられ、可決には国民の過半数と州の過半数という二重の多数が必要だった。12月5日、有権者は国民の票でも州の数でも過半数に届かない形でこの案を否決した。J. M.の論説は、最終的に勝った反対派の立場から書かれている。社会党が専売制をブルジョワ秩序の城塞への突破口とみなしているという描写や、パンをめぐる政争で農民が最初の犠牲者になるという予測は、筆者が選挙運動のために示した主張である。各政党が実際にどう賛否を分けたかを確かめた事実として、これらを読むことはできない。

第5留保についてジュネーヴ会議が示した妥協案

記事が言う「ジュネーヴで提案された妥協案」は、常設国際司法裁判所の議定書に署名した諸国が1926年9月にジュネーヴで開いた会議から出たものである。この会議は9月23日に最終議定書と議定書草案を採択した。署名国は米上院が付けた5つの留保のうち最初の4つを受け入れたが、第5留保は全面的には受け入れなかった。争点となった第5留保の後半は、合衆国が利害を主張する紛争や問題に関わる勧告的意見の要請を、合衆国の同意なしに裁判所が受理することを禁じていた。会議は、この留保が連盟理事会や総会による要請には全会一致が必要だという前提に立っており、その前提はまだ確立していないと答えた。そのうえで署名国は、加盟国が要請を阻止できる場合には合衆国にも同じ権利を認めるという形で、合衆国に対等な立場を保証すると申し出た。通信員が伝える、クーリッジが拒んだ「連盟加盟国と同等の立場」とは、この申し出のことである。

ワシントンが妥協案を退けた理由と、その後も続いた対立

本紙によれば、クーリッジの9月20日の声明は、連盟理事会が過半数で勧告的意見を求める手続きを採用すれば合衆国の拒否権が意味を失うと反論した。米政府はこの疑念をその後も何年も持ち続けた。1929年2月、ケロッグ国務長官は署名国政府に書簡を送り、24か国政府が第5留保について示した議定書では合衆国を十分に守れないと伝えた。ケロッグはその理由の一つとして、理事会の権限と手続きは連盟規約に基づいており、規約はいつでも改正されうる点を挙げた。これは、1926年に通信員が引用した過半数による手続きへの懸念と同じものである。この記事が伝えた行き詰まりは1926年秋を過ぎても続き、合衆国は2年以上たってもジュネーヴの条件で裁判所に加盟していなかった。

国際道徳教育会議の成り立ちとローマ大会

ローマから報じられた会議は、国際倫理協会連合の提唱で始まった連続会議の一つである。1912年のハーグ大会は、いかなる団体や党派の見解も擁護しないと表明し、宗教や倫理の信条を問わず、すべての人に等しく発言の機会を与えるとした。第4回大会は1926年9月28日から10月2日までローマで開かれ、フランチェスコ・オレスターノが会長を務めた。本紙が描いた場面では、この多元的な原則がイタリアの公式の立場とぶつかっている。教皇が公然と非難したこと、公教育省の代表がイタリアはすでにカトリックのキリスト教という道徳律を持っていると述べたこと、『コリエレ・ディタリア』紙が会議を嘲笑したことは、いずれも本紙の記事が伝えた内容である。ベロ氏の合理主義に反対したのはオランダのプロテスタント1人だけだったという皮肉な結論は、記事の書き手自身が議論をどう見たかを示している。

原文

La puissance du fonctionnaire

divergents des producteurs et des consommateurs s'affrontant, dans les Conseils, sur la question du pain: que veut-on de plus pour faire déborder la coupe de la surenchère électorale au Parlement? Le pain, chez nous [?] est la base de l'alimentation; donner, aux politiciens, la possibilité d'en discuter dans les Conseils et de chercher à faire prévaloir leur volonté, c'est aller, de propos délibéré, au-devant de luttes violentes dont, à n'en pas douter, les agriculteurs seront les premières victimes. Et c'est bien pour cette raison que les socialistes attribuent une telle importance au scrutin du 5 décembre. Pour eux, le monopole du blé est une brèche largement ouverte dans la citadelle de l'ordre bourgeois: par cette brèche ils entreront dans la place et on ne pourra plus les en déloger. Par voie de conséquence directe, ce monopole en appellera d'autres à l'existence. Tout se tient dans les grandes mesures d'ordre économique: dès qu'on admit, pour les uns, le système des restrictions d'importation, les autres voulurent en profiter; et l'on eut le spectacle déconcertant de voir ceux qui les

M. Coolidge et la Vme Réserve

Notre correspondant d'Amérique nous écrit: «Le gouvernement américain se montre de moins en moins conciliant au suiet de ses réserves à l'adhésion des Etats-Unis à la Cour de justice internationale. M. Coolidge est, diton, opposé au compromis suggéré à Genève, suivant lequel les Etats-Unis seraient placés sur le même pied que les membres de la S. d. N. Le président tient à la 5e réserve, et ne la modifiera pas. Il la croit, dit la déclaration officielle du 20 septembre, «nécessaire à la protection des intérêts américains: la contreproposition (de Genève) ne correspond pas à la 5e réserve, puisque le Conseil de la S. d. N. pourrait adopter une procédure lui permettant de demander des avis consultatifs à la majorité de ses membres». Mais M. Coolidge reste persuadé que lorsque les membres de

Le IVe congrès international d'éducation morale

[?] discuter avec une parfaite liberté d'esprit. Il est vrai que le pape avait publiquement désapprouvé le congrès, que les journaux l'ont à peine mentionné, que le Corriere d'Italia s'en est fait les gorges chaudes et que le représentant du ministère de l'instruction publique a déclaré, à la séance inaugurale, au Capitole, que l'Italie n'avait pas à «chercher» un code de morale, «attendu qu'elle en a un depuis deux mille ans: la loi du christianisme, sous la forme que lui a donnée l'Eglise catholique»; il n'en reste pas moins que le seul opposant au rationalisme de M. Bélot fut un protestant hollandais. Bien mieux: le Messaggero et l'Impero - ce dernier est le journal personnel de M. Mus -

紙面の出典:Source: Le Temps archives / Journal de Geneve

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