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· オスロ(ノルウェー) · ノルウェー語

Aftenposten

アフテンポステン紙は、学芸員エイヴィン・クヴォーレンの署名記事として、セーテスダールとスルダールの間の高山で重要な古代遺物が見つかったと伝えた。クヴォーレンは、1921年の旅で老人タルゲイル・クヌートソン・ホヴデンからスカールとクヌート・ロウペダーレンの伝承集で知られるストールヘッデルの岩陰にある動物の絵の話を聞いたが、ホヴデン本人もほかの誰もそこへ案内できなかったと書いた。続く部分でクヴォーレンは、岩陰に火薬入れの角を掛ける穴があり、熊や動物の線刻と古い名前も残っていると述べた。クヴォーレンはさらに、グスタヴ・ストルムら「批判的」研究者ならこれを詩的に脚色された伝説として退けただろうと皮肉った。

この読みは、エイヴィン・クヴォーレンの記事のうち三つの断片を扱う。断片は段の境目にまたがり、見出しの語が紛れ込んでいる箇所があり、その一部を [?] で示している。[…] は段の境目で切れた語を示す。題字欄の購読料の小さな文字は一部しか読めず、フェレスバンケンのロゴの下の一行は判読できない。紙面の下半分は絵で、この版では訳していない。

翻訳

セーテスダールとスルダールの間の高山で重要な古代遺物を発見

重要な [?] 1921年にセーテスダールを旅した際、私はこの機会に、年配の人々にルーン文字や古代の遺物、古い言い伝えについて尋ねてみた。ビュークレ(ビュークロム)のいちばん奥で、私はタルゲイル・クヌートソン・ホヴデンから、若いころ家畜の群れの番をしていたときに石に描かれた動物の絵を見たことがある、という話を聞いた。その場所がどこにあるのかを私が知りたがると、彼は「ストールヘッデル」だと答えた。そこは、スカールやクヌート・ロウペダーレンの収集を見ればわかるとおり、言い伝えがさかんに取り上げてきた場所である。ストールヘッデルという地名は、この放牧地が、その中にある岩陰にちなんで名づけられたに違いないことを、ただちに私たちに教えてくれる。私がタルゲイルに、彼が

何世紀にもわたる祖先の狩猟生活をそこで研究できる

祖先たちの この岩陰を知っているかと尋ねると、彼は、動物の絵が見つかるのはまさにこの岩陰だと答えた。しかし彼はそのころにはもう老人で、長い道のりを一緒に行くことはできなかった。そのうえ彼は岩陰がどこにあるかを忘れており、自分ではそれを見つけられないと考えていた。ほかに岩陰のことを知っている者は一人もいなかった。私はあらゆる場所でストールヘッデルのことを尋ねたが、だれもそこを知らず、そのときはこの問いをそれ以上進めることができなかった。セーテスダールを通る旅で

ほかの謎の解明にも寄与

[?] そこで研究できる。[…]、岩陰はまるで小屋の部屋のようで、中の岩には火薬入れの角を掛けておくための穴まであるのだ! 熊や動物の線刻、それにごく古い名前まであるということも、これらすべてがどれほど具体的であろうと、事態を少しもよくはしない。グスタヴ・ストルムのような人々や、いわゆる「近代的」で「批判的」な研究者たちにとっては、これらすべては伝説やおとぎ話に見えたことだろう。その場所は存在せず、話には中身がなく、詩的に脚色されている、と言われたことだろう。

解説

後のルーン銘文記録に見るストールヘッデル

クヴォーレンの記事は、牧人タルゲイル・クヌートソン・ホヴデンの証言をもとに、ビュークレ奥のストールヘッデルの岩陰に動物の絵があると伝え、三つ目の断片では熊や動物の線刻とごく古い名前にも触れている。ルーン文字データベースのルンダータは、旧アウスト・アグデル県ビュークレ自治体のストールヘッデルにある岩の表面の銘文を登録している。ルンダータは、そのうちのN 194を「kuni」と翻字し、人名グンニと読んでいる。ルンダータは、この銘文の年代を疑問符付きで中世としている。ルンダータは同じ場所の別の銘文N 196も登録しており、その翻字で読めるルーン文字はわずかである。ルンダータの二つの項目は、どちらも『ノルウェーの新ルーン銘文集』第3巻と、アンネシュ・ハーゲンとアスラク・リーエストールが1947年に雑誌『ヴァイキング』に書いたストールヘッデルの論文を典拠に挙げている。これらの記録は、クヴォーレンが描いた岩陰に、記事から20年ほど後に研究者が論文で取り上げたルーン文字の名前が残っていることを裏づける。これらの記録は動物の絵の年代について何も示していないので、何世紀にもわたる狩猟生活をそこで研究できるという見出しの主張はクヴォーレン自身の解釈である。

クヴォーレンが手がかりにしたスカールの伝承集

クヴォーレンは、ストールヘッデルが言い伝えにさかんに登場する場所であることを、スカールとクヌート・ロウペダーレンの収集を根拠に示している。記事が名を挙げるスカールは、ノルウェーの民間伝承収集家ヨハネス・スカールを指すと考えられる。ヨハネス・スカールは、クヴォーレンが旅したこの谷の伝承をまとめた『ガマルト・オール・セーテスダール』を全8巻で刊行した。スカールは1903年に第1巻を自費で出版し、残りの7巻はオーラフ・ノルリ社が出版した。ノルウェー大百科事典は、この著作の目的が主に学術ではなく、セーテスダールの人々などに古い民間伝承の価値を示すことにあったと説明している。この事情は記事を読むうえで意味を持つ。クヴォーレンは、学術よりも文化の継承を目的に編まれた伝承集の話を、実在する場所を探す手がかりとして扱っている。クヴォーレンはそれに牧人の目撃の記憶を重ね、言い伝えには現実の場所が対応していると主張している。

クヴォーレンが皮肉ったグスタヴ・ストルムの史料批判

クヴォーレンは三つ目の断片で、グスタヴ・ストルムといわゆる「近代的」「批判的」研究者なら、ストールヘッデルの話を存在しない場所についての脚色された伝説として退けただろうと皮肉っている。ノルウェー大百科事典は、ストルムをノルウェー史学で最も重要な史料批判の研究者の一人と位置づけている。同事典によれば、ストルムの研究計画は、決まった方法の規則に従って史料を「批判的に検証」することにあった。ストルムは、史料の混乱や矛盾の背後にある確かなデータを探し、誤って形づくられた伝承を解きほぐそうとした。ストルムは1903年2月に死去しているので、クヴォーレンの「〜だっただろう」という仮定の言い方は、存命の論敵ではなく、ストルムが残した学問的態度に向けられている。同事典は、ストルムがノルマンディーを征服したガンゲ・ロルヴについてノルド語伝承の信頼性を精力的に擁護したことも伝えている。クヴォーレンは実在の場所や火薬入れの穴、線刻を批判派の懐疑に対置しているが、記事のストルム像は論争のために単純化されたものである。

原文

Betydningsfuldt oldfund i høifjeldet mellem Sætesdal og Suldal.

Betydnings [?] Paa en reise i Sætesdal i 1921 benyttet jeg anledningen til at spørre ældre folk efter runer, oldfund og gamle sagn. Øverst i Bykle (Byklom) fik jeg høre av Targeir Knutsson Hovden, at han hadde set tegninger av dyr paa en sten en gang han gjette drift i sine yngre aar. Da jeg vilde vite hvor stedet laa, svarte han, at det var i» Storhedder «, et sted sagnet har hat det travelt med, som man kan se av Skars og Knut Loupedalens samlinger. Stedsnavnet Storhedder sier os med en gang at dette driftebeite maa ha faat sit navn av en heller inden beitet. Da jeg spurte Targeir om han

Vore forfædres jægerliv gjennem aarhundreder kan der studeres.

Vore forfædres viste om denne heller, svarte han, at det var netop i denne heller dyretegningene var at finde. Men han var da en gammel mand, og ute av stand til at bli med den lange vei. Han hadde desuten glemt hvor helleren laa, og mente sig ikke istand til at finde den. Nogen anden fandtes ikke som viste om helleren. Jeg kom ikke længere med spørsmaalet den gang, enda jeg spurte efter Storhedder alle steder, ingen kjendte den. Paa en reise gjennem Sætesdal

Bidrag ogsaa til løsning av andre gaader.

[?] der studeres. melig, helleren er som en stoge, der er et hul i fjeldet inde i den til at hænge kruthornet i! At der ogsaa findes indrisset bjørner og dyr samt utgamle navn gjør ikke saken bedre, hvor konkret end alt dette er. For folk som Gustav Storm og de saakaldte» moderne «,» kritiske «granskere vilde alt dette fortonet sig som sagn og eventyr, stedet findes ikke og fortællingen er stofløs, dikterisk utsmykket, vilde det hett.

紙面の出典:Source: Nasjonalbiblioteket (nb.no)

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