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· ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl

Politika

1926年10月8日付の『ポリティカ』は、ブルガリアの軍備縮小を論じる社説を載せた。社説の筆者は、ルーマニアが国際連盟理事会に入ったことで、セルブ・クロアート・スロヴェーン王国が理事会の調査委員会の席を失うと論じた。この委員会は、連合国間の管理が終わった後もヌイイ条約に基づくブルガリアの軍縮の監視を続けるために、二年前に理事会が設けたものだった。別の記事は、筆者が「第二のセルビアの首都」と呼んだツェティニェを、すぐ目に付く見どころのない小さな町として描いた。「イビス」の署名がある短い記事は、ある建設課長が受け取った15,000ディナールの前払金から、引っ越し費用の総額が22,500ディナールになると計算した。

この版は紙面から三つの箇所を訳している。ブルガリアの軍備縮小に関する社説は文の途中から始まり、ヌイイ条約に触れる箇所で途切れている。ツェティニェの記事は読み取りの確度が低い短い断片で、前後が欠けている。紙面の右端が切れているため、いくつかの段の末尾が失われている。社説の署名と、批准を待つ協定を題材にした風刺画の説明文は一部しか読めず、この版では訳していない。

翻訳

ブルガリアの軍備縮小

[?]今後はルーマニアの政治家と専門家の戸口の前でも。これまでチェコスロヴァキアの介入に対して払ってきた代価、それも必ずしも道義上のものだけではない代価を、今後はルーマニアの介入に対しても払うことになる。ところがルーマニアの場合、国際連盟理事会入りには別の結果も伴い、それがセルブ・クロアート・スロヴェーン王国にどこまで及ぶのかは、今の時点ではまだ十分に見積もりがたい。それでも察しはつく。ルーマニアの理事会入りによって、セルブ・クロアート・スロヴェーン王国は、理事会が二年前に組織した調査委員会での委員の地位を失う。この委員会は、連合国間の管理が廃止された後に、ブルガリアの軍縮に対する管理を引き継いで続けることを任務としており、その管理はヌイ―

忘れられたツェティニェ

[?]そのそばに。牧歌的とは言えない第二のセルビアの首都は、戦前のセルビアの郡庁所在地のいくつか、あるいは西ヨーロッパのやや大きな村ほどの大きさにも、ほとんど届かない。最初の瞬間からすぐに目に留まるような見どころを、ツェティニェは持っていない。そしてツェティニェの最初の、ただし最大ではない興味深さは、まさにその点にある。しかし、人間の仕事の境界が[?]

世間では何が語られているか

世間では何が語られているか。ある建設課の課長が、引っ越し費用の前払金として15,000ディナールを受け取った。前払金は引っ越し費用の請求総額の三分の二について支払われるものだと知っていれば、この上級官吏の引っ越し費用は22,500ディナールに上ることになる。イビス。

解説

1926年のルーマニアの理事会入りが持った意味

国際連盟は1926年に理事会を組み替え、この社説の懸念はその変化から生まれたものである。理事会の非常任理事国を選ぶのは総会であり、総会はこの年に非常任理事国の数を9に増やした。総会は1926年9月8日の決議でドイツを常任理事国に加えた。社説は、理事会の議席がブルガリアに関する調査委員会の席と結びついているとみて、ルーマニアの理事会入りによってセルブ・クロアート・スロヴェーン王国がこの委員会から外れると論じた。理事会の議席と委員会の席を結びつけるこの見方は、新聞自身の説明である。筆者はまた、誰のことかを名指しせずに、チェコスロヴァキアの介入に払ってきた「必ずしも道義上のものだけではない」代価を、今後はルーマニアの介入に対しても払うことになると書いた。

ブルガリアに対する連合国の管理とその終わり

第一次世界大戦後の講和条約は、ブルガリアを含む敗戦国の軍備縮小の実施を、連合国軍事管理委員会に委ねた。1926年10月に『ポリティカ』がこの社説を載せた時点で、ブルガリアではこの管理委員会がまだ活動していた。社説は、連盟の調査委員会を、連合国間の管理が廃止された後に管理を引き継ぐ機関として描いている。管理委員会の活動は翌1927年に終わった。管理委員会はドイツでは1927年2月28日、ハンガリーでは3月31日、ブルガリアでは6月1日に活動を止めた。社説の説明によれば、その時点から連盟の調査委員会が管理を引き継ぐはずであり、ベオグラードはその委員会に加わらないことになっていた。

国際連盟総会の議長を務めたユーゴスラヴィアの政治家

モムチロ・ニンチッチは、1926年から1927年にかけて国際連盟総会の議長を務めた。ニンチッチは1912年以降、人民急進党の一員として数々の大臣職に就いた人物である。総会は理事会の非常任理事国を選ぶ機関であり、社説が惜しんだ理事会の再編は、同じ王国の政治家がジュネーヴで総会を率いていた時期に進んだ。社説の抜粋はニンチッチの名を挙げていない。ベオグラードがブルガリアに関する委員会の席を失うという社説の嘆きは、ユーゴスラヴィアの外交が連盟で最も目立つ役職の一つを占めていた時期に書かれたものである。

原文

Бугарско разоружање

[?] од сад још и пред вратима државника и експерата Румуније. Цену, не увек само моралну, коју су до сад пла ћали за интервенцију Чехословачке, плаћаће од сад и за интервенцију Румуније. У случају Румуније пак улазак у Савет Лиге Народа има и друге последице чији се домашај по Краљевину Срба, Хрвата и Словенаца тешко даје у потпуној мери још сад оценити. Даје се пак наслутити. Уласком Румуније у Савет, Краљевина Срба, Хрвата и Словенаца губи чланство у Истражној Комисији коју је Савет организовао пре две године са задатком да по укидању међусавезничке контроле продужи контролу над бугарским разоружањем, предвиђену Неј -

Заборављено Цетиње

[?] род њега. Неидилна друга српска престоница једва да достиже величину појединих окружних вароши предратне Србије или нешто већих села Европског Запада. Тих интересантности које би се одмах, од првог тренутка, запазиле, Цетиње нема. И његова прва, не и највећа занимљивост и јесте баш у томе. Али, ако границе људских посло - [?]

Шта се говори?

Шта се говори? Један шеф грађевинске секције узео је 15. 000 динара аконто селидбених трошкова. Кад се зна да се аконтација даје за две трећине од целокупног рачуна селидбених трошкова, онда значи да селидбени трошкови овога вишег државног чиновника износе 22. 500 динара. Ибис.

紙面の出典:Source: Narodna biblioteka Srbije / Digitalna NBS

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