Le Petit Matin
- イギリスの炭鉱地区、政府提案を4対1で拒否
- ポルトガルによるアンゴラのイタリアへの割譲、否定される
- 恐るべき地震、カラチを襲う
この日の一面は、イギリスの炭鉱争議を大きく伝えた。ロンドン発の記事は、炭鉱地区が政府提案を4対1で拒否し、賃金と労働時間を審理する全国審判所の問題が決着したと報じた。同じ記事は、事態を憂慮した政府が鉄道会社に輸送量をほぼ半分に減らすよう求めたと伝えた。ジュネーブ発の記事は、ブリアンとシュトレーゼマンが12月の国際連盟理事会でザール問題を独仏の専門家に付託する意向だと報じた。記事はその論点として、2,000人のフランス軍部隊の撤退、1927年の住民投票の取りやめ、約2億5,000万マルクと見積もられた炭鉱の買い戻しを挙げた。同じ欄は1,700の職を廃止する計画にも触れた。短信は、ボンベイからの情報として、地震とサイクロンがカラチ地方を襲い、2,500万ルピーの損害が出たと伝えた。その直前の記事は、職場に戻った坑夫の家の窓が割られ、警察が投石を受けたと報じた。一面にはポルトガルがアンゴラをイタリアに割譲したという話を否定する見出しも並んだ。この読み取りは、その見出しの記事本文を含まない。
この読み取りは一面の三つの部分を扱う。対象はロンドン発の炭鉱地区の投票の記事、1,700の職の廃止とザール問題を扱う欄の断片、坑夫をめぐる記事の末尾とそれに続くカラチの記事である。本文の大部分は文字が小さく不鮮明なため書き起こせず、[?]は文が途切れる箇所を示す。アンゴラの見出しの下で書き起こした本文は否定の記事そのものを含まないため、誰が割譲を否定したかはこの読み取りからはわからない。一面のほかの部分にある為替相場表、住所、金額は書き起こしていない。
翻訳
イギリスの炭鉱地区、政府提案を4対1で拒否
イギリスの炭鉱地区、政府提案を4対1で拒否
政府は事態を憂慮し、鉄道会社に輸送量をほぼ半分に減らすよう求める
ロンドン、10月7日発――炭鉱地区は4対1の多数で政府提案を拒否することを決めた。この決定により、周知のとおり賃金と労働時間をめぐる紛争を審理することになっていた全国審判所の問題は最終的に決着する。明日開かれる代議員会議は、各地区の投票を追認するだけにとどまると信じるに足る十分な理由がある。決議はおそらく[?]
ポルトガルによるアンゴラのイタリアへの割譲、否定される
……税の正規の徴収と……。現在準備中の、業務の運営に関する一連の内部措置と合わせることで、これらの措置によって1,700の職の廃止が可能になる。すでに決定済みのこの廃止は、既得権の尊重に伴うあらゆる配慮をもって、欠員と退職の進み具合が許す限り速やかに実施される。なお、この廃止は、1927年度予算案ですでに言及された508の職に関する廃止とは別のものである。
国際連盟の次期会期
ジュネーブ、10月7日発――当地では、ブリアン氏とシュトレーゼマン氏が、来る12月の国際連盟理事会の会合で、まずザール問題を独仏の専門家に付託する意向だと言われている。この問題は三つの点を含む。第一は、鉄道を警備するために同地域に駐留している2,000人のフランス軍部隊の撤退である。第二は1927年の住民投票の取りやめである。第三はドイツの銀行家と実業家の連合による炭鉱の買い戻しであり、その額はおよそ2億5,000万マルクと見積もられている。ダリアック氏の提案は真剣なものとは受け止められていない。同氏が望んでいるのは[?]
恐るべき地震、カラチを襲う
……職場に戻る坑夫が坑内に降りるのを阻むため。投石を受けた警察は群衆を解散させた。仕事に戻った坑夫たちの家の窓ガラスが割られた。
恐るべき地震、カラチを襲う
パリ、10月7日発――『ル・マタン』紙がボンベイから得た情報によると、サイクロンを伴う恐るべき地震がカラチ地方を荒廃させた。損害額は2,500万ルピーにのぼる。多くの住民が家を失っている。
解説
1926年の炭鉱ロックアウトの発端
ロンドン発の記事が扱う争議は、1926年3月に出たサミュエル委員会の報告から始まった。報告は石炭産業の再編を勧告し、国有化を退け、政府補助金の打ち切りと賃金の引き下げを求めた。炭鉱主側はこれを受けて、全国一律の協定から地区ごとの協定への切り替え、13%の賃下げ、5月1日からの8時間労働を要求した。政府の補助金は4月30日に終わり、その夜の零時に100万人を超える坑夫が職場から締め出された。全国一律の交渉か地区ごとの交渉かという対立を知ると、この記事の意味がわかる。本紙は、各地区が4対1で政府提案を拒否したことで、賃金と労働時間を全国単位で審理する審判所の問題が最終的に決着したと伝えた。
1926年10月の炭鉱争議の局面
本紙の記事が出た時点で、ロックアウトは6か月目に入っており、まだ終わっていなかった。政府と坑夫連盟の交渉が再開したのは11月5日で、このときロックアウトは7か月目に入っていた。11月12日、坑夫側の指導者は合意に達し、労働日を7時間から8時間に延ばすことを含めて炭鉱主の要求をほぼ受け入れた。その時点で、すでに約30万人の坑夫が地域ごとの合意を通じて職場に戻っていた。本紙の一面にも、坑夫が職場に戻っていく動きが表れている。カラチの記事の直前の断片は、群衆が復帰する坑夫の入坑を阻もうとし、警察が投石を受け、復帰した坑夫の家の窓が割られたと伝えた。政府が鉄道会社に輸送量をほぼ半分に減らすよう求めたという話は、本紙のロンドン電が伝えたものである。
ポルトガル領アンゴラとイタリアのアフリカへの野心
アンゴラは、1575年にポルトガルがルアンダを建設して以来のポルトガル植民地だった。アンゴラの境界は世紀の変わり目前後の条約と裁定で定まり、バロツェランドとの境界は1891年の英葡条約と、1905年にイタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が下した仲裁裁定で決まった。イタリアはアフリカをめぐって不満を抱えていた。イタリアは大戦後の講和でアフリカに領土を得る望みを断たれ、ムッソリーニは1922年に、イタリアのかつての力とローマ帝国の栄光を取り戻すと約束して政権に就いた。マルシア・ゴンサルヴェスは植民地再分配の研究で、ポルトガル植民地の売却や租借をめぐるうわさが1930年代初めから欧米と南アフリカの新聞に現れたことをたどっている。同じ研究によれば、サラザールは1937年に、ポルトガルは植民地を売らず、賃貸せず、貸与せず、分け合わないと声明した。本紙の見出しは、アンゴラのイタリアへの譲渡を否定する話が1926年10月の時点ですでに報じられていたことを示している。これは、その研究が扱ったうわさより数年早い。
カラチとアラビア海のサイクロンの季節
10月初めは、アラビア海北部でサイクロン性の嵐が発生しうるモンスーン後の時期にあたり、この時期はおよそ9月15日から12月15日までである。ただし、この海域の嵐の多くはインドのグジャラート州の方へ向かう。ある推計は、嵐がグジャラートへ向かう確率を98%としている。現代のパキスタンのサイクロン一覧は、1926年9月3日に嵐がグジャラートからパキスタン側へ移ったと記録している。同じ一覧は、サイクロン性の嵐が海岸を襲った年として1895年、1902年、1907年、1944年、1948年、1964年、1985年、1999年、2007年、2010年を挙げており、1926年は含まれていない。したがって、地震と2,500万ルピーという損害額、多くの住民が家を失ったという話は、ここでは『ル・マタン』がボンベイから得て本紙が伝えた情報によってのみ知られる。
原文
Les districts miniers anglais repoussent par 4 contre 1 les propositions du Gouvernement
Les districts miniers anglais repoussent par 4 contre 1 les propositions du Gouvernement Celui-ci s'alarme de la situation et demande aux compagnies du rail de diminuer leur trafic de presque la moitié LONDRES, 7 octobre. - Les districts miniers ont décidé, par une majorité de 4 à 1, de repousser les propositions gouvernementales. Cette décision tranche définitivement la question du tribunal national appelé comme on le sait, à connaître des difficultés relatives aux salaires et aux heures de travail. On a tout lieu de croire que la conférence des délégués, qui doit se tenir demain, se bornera à entériner le vote des districts. Il est probable que la résolution sera [?]
On dément la cession d'Angola à l'Italie par le Portugal
ble avec la régulière perception de l'impôt. Complétée par un certain nombre de mesures d'ordre intérieur en cours de préparation et visant le fonctionnement des services, elles rendent possible la suppression de 1. 700 emplois. Ces suppressions d'ores et déjà arrêtées vont être réalisées avec tous les ménagements que comporte le respect des droits acquis, aussi rapidement que permettra le jeu des vacances et des retraites. Elles sont d'ailleurs indépendantes de celles portant sur les 508 emplois dont il fut déjà fait état dans le projet de budget de 1927. La prochaine session de la S. d. N. GENEVE, 7 octobre. - On dit ici que l'intention de M. Briand et de M. Stresemann est de soumettre d'abord aux experts allemands et français la question de la Sarre à la réunion du Conseil de la Société des Nations en décembre prochain. Cette question comporte trois points, dont le premier a trait à l'évacuation des 2. 000 hommes de troupes françaises qui stationnent dans les bassin pour garder les chemins de fer; le second, l'abandon d'un plébiscite en 1927; le troisième, le rachat des mines grâce à la combinaison de banquiers et d'industriels allemands, rachat estimé à environ 250 millions de marks. On ne considère pas comme sérieuse la suggestion de M. Dariac qui voudrait que [?]
Un terrible séisme ravage Karachi
pour empêcher la descente des mineurs reprenant le travail. La police, assaillie à coups de pierres, a dispersé la foule. Les fenêtres des maisons des mineurs qui ont repris le travail ont été brisées. Un terrible séisme ravage Karachi PARIS, 7 octobre. - Le «Matin» apprend de Bombay qu'un terrible séisme accompagné d'un cyclone a ravagé la région de Karachi. Il y a pour 25 millions de roupies de dégâts. De nombreux habitants sont sans abri.