新聞を読み込んでいます… / Loading the edition…

· モンゴメリー(アメリカ) · 英語

The Montgomery Advertiser

1926年10月8日付の1面は、ニューヨークで進むハリー・M・ドハティ元司法長官とトーマス・W・ミラー元外国人財産管理官の共謀罪裁判の最終弁論をトップで伝えた。ドハティの弁護人マックス・D・スチューアーは、ドハティが銀行記録を焼いたのは「狂気の瞬間」の行為であり、目的はハーディングの選挙資金の記録を処分することでアメリカン・メタル事件の収賄を隠すことではなかったと陪審に訴えた。地元の話題として、同紙は綿花保有運動がアラバマ州の鉄道による綿花輸送を減らしていると報じ、10月12日にモンゴメリーで開かれる地域農業会議への関心を伝えた。AP電は、イリノイ川の洪水で30時間孤立したイリノイ州ビアズタウンで、フェリーが目抜き通りを行き来した様子を伝えた。ドハティ記事の欄には、リチャード・E・バード中佐の商業航空振興の巡回飛行を報じる記事の冒頭も載った。

翻訳

選挙資金を守るために記録を焼いたと陪審に説明

ハリー・M・ドハティの弁護人、元司法長官は狂気の瞬間に行動したと主張

依頼人が非常に愚かな行為をしたことは認める

政府側、共謀事件の証拠を抹消する企てがあったと告発

ニューヨーク発、10月7日(AP)――ハリー・M・ドハティが銀行記録を焼いたのは「狂気の瞬間」のことだった、と彼の[?]護人は本日、連邦裁判[?]で陪審に語った。政府は、その記録があれば、ドハティが自ら仕えた国家に対する共謀者であったことが証明されると考えている。ドハティの目的はハーディングの[?]資金の記録を[?]棄することであり、アメリカン・メタル事件で賄賂を受け取ったという[?]を消し去ることではなかった、と弁護[?]は述べた。ドハティ[?]はハーディング[?]内閣の司法長官であり、トーマス・W・ミラ[?]は同じ[?]時期に外国人財産管理官であった。両名は、自らの職務を通じて同金属会社の差し押さえ資産700万ドルの返還を許したことにより、政府から彼らの[?]職務を奪う共謀[?]の罪で裁判にかけられている。

ミラーの弁護人ウィリアム・ランドが今朝、最終弁論を終え、続いてドハティの弁護人マックス・D・スチューアーが5時間半にわたって最終弁論を行った。スチューアーが本日中に弁論を終えられるよう、法廷は午後6時30分まで開廷された。

スチューアーは、ハリーの兄弟マル・S・ドハティの証言を検討した。その証言によれば、ハリーは、マルの銀行にあった兄弟たちの口座と、元司法長官の政治的な使い走りであったジェス・W・スミスの口座を記録した元帳の用紙を焼いたと認めていたという。

「それらの記録の焼却は」(8面に続く)

バード、航空振興の飛行を開始

北極探検隊の指揮官、巡回飛行でミッチェル飛行場に到着

ミッチェル飛行場(ニューヨーク州)発、10月7日(AP)――リチャード・E・バード中佐が北極上空を飛んだ強力なフォッカー機は本日、商業航空への国民の関心を高めるために予定された全国巡回飛行の第1区間を終えた。

11人を乗せ、その中には[?]

綿花保有運動、州全域で広がる

建設的、恐れず、独立
14ページ 定価5セント

鉄道当局者、運動の効果が同期間の綿花出荷量に表れていると報告

連邦政府の代表が会議に出席へ

モンゴメリーの綿花入荷・出荷、週間で増加

綿花価格の下落を食い止め、価格を正常な水準に戻すために始まった綿花保有運動の効果は、すでに表れつつある。木曜日に鉄道当局者から得た情報によるものである。

この地域で運行するアラバマ州の各鉄道路線による綿花の輸送は、現在、限られている。鉄道側によれば、通常であれば、現時点の綿花輸送量は前年同期の記録を大きく上回るはずだという。

しかしモンゴメリー綿花取引所は木曜日、直近の会計週の綿花の入荷と出荷が1925年の同じ週よりもはるかに多かったと報告した。

この地域における綿花価格の見通しへの関心は現在、来週モンゴメリーで開かれる地域農業会議に集まっている。W・M・ジャーディン農務長官は出席できない旨を電報で伝えたが、農務省の別の当局者が会議に出席する可能性を示している。

ファームビューロー会長のエドワード・A・オニールはジャーディン長官に電報を送って会議に招待した。F・M・ラッセル次官補によれば、その電報を受け取ったジャーディン長官は、10月12日にモンゴメリーでの会議に出席する米国商工会議所の当局者と連絡を取り、「そして[?]に派遣した」という。

洪水に襲われた町、目抜き通りでフェリーを使用

……米国のどの郡で記録されたものと比べても、ほぼ最低の水準であることが確認された。

ビアズタウン、30時間孤立、住民は調理しない食べ物を口に、水位は低下中、新聞は休刊

ビアズタウン(イリノイ州)発、10月7日(AP)――イリノイ川とロスト・クリークの洪水によって30時間孤立したビアズタウンでは、本日、住民が調理していない食べ物を口にし、フェリーで目抜き通りを行き来し、島と化した町から2マイル手前で止められた列車によって外部との連絡を取るため、ボートで出かけた。

洪水は本日25.8フィートの最高水位に達した後、今夜までに0.4フィート引いた。しかし水位がわずかに下がるとともに流れが速さを増し、漂流物が住宅や商業ビルの窓にぶつかって、板で守られていない窓ガラスを割り、それまで浸水を免れていた屋内に水が入り込んだ。

ビアズタウンに電気とガスを供給する公益事業会社は、町の明かりを保つため、百五十人の追加要員を作業に就かせた。町から出る最も高い地点でも水深は10インチに達しているが、電話による通信は維持された。

暖房炉は水没し、熱源は即席のストーブだけである。湿気が寒さの苦しみを増し、多くの住民は乾いた服がなかった。

本日、手こぎボートが町から列車の停まる地点まで行き来し、困窮する人々に物資が運ばれている。

ビアズタウンのある新聞は、印刷部門が4フィートの水に沈んだため、本日、洪水が続く間の発行を取りやめた。

平時にはイリノイ川を渡っていたフェリーが本日駆り出され、急用のある人々を乗せて主要な通りを運んだ。水位は

解説

差し押さえたドイツ株がアメリカン・メタル事件になった経緯

ドハティ記事にある「同金属会社の差し押さえ資産700万ドル」は、アメリカン・メタル社の株式のうちドイツ側が保有していた49%分を指す。米政府は第1次世界大戦中、1917年の対敵通商法に基づいてこの株式を差し押さえた。同法は、敵国民が米国内に持つ財産を保管させるため、大統領が外国人財産管理官を任命すると定めていた。管理官A・ミッチェル・パーマーは、この700万ドル分の株式を受託者として保管した。戦後、ドイツの金属業界の実業家リヒャルト・メルトンがその返還を求めた。検察側は、ジェス・スミスがメルトンを当時の管理官ミラーに引き合わせ、ミラーが72時間で返還を処理したと主張した。メルトンは、1921年に44万1000ドル分の債券を仲介者ジョン・T・キングに渡したと述べた。政府側は、その金の一部がミラーとドハティに渡ったと主張した。モンゴメリー・アドバタイザー紙が伝えた共謀の罪状は、資産の返還を許したことで2人の当局者が政府から彼らの職務を詐取したというものである。

ジェス・スミスの人物像と事件での役割

モンゴメリー・アドバタイザー紙はジェス・W・スミスを元司法長官の「政治的な使い走り」と呼び、検察側も同じ人物像を示した。検察側は冒頭陳述で、スミスは司法省の職に任命されたことがないのに、ドハティの部屋から数部屋先に執務室を持っていたと陪審に述べた。検察側は、メルトンをミラーに引き合わせたのもスミスだったと主張した。スミス本人は法廷で弁明できなかった。スミスは、事件の報道が世間に広まり始めたころ、ワシントンのウォードマン・パーク・ホテルで自殺していたからである。スチューアー弁護人が最終弁論で取り上げたマル・ドハティの証言は、マルの銀行にあったスミスの口座の元帳も焼かれたという内容だった。このため、焼却された記録をめぐる争いでは、死亡したスミスの金の流れが中心的な問題になっていた。

焼かれた銀行記録が検察側にとって重要だった理由

スチューアー弁護人の「狂気の瞬間」という弁論は、政府側がドハティに対して示した最も不利な証拠に答えるものだった。タイム誌は1926年10月初め、1921年10月13日と14日の銀行記録が失われ、ハリーとマルのドハティ兄弟およびジェス・スミスの口座も見つからないと報じた。モンゴメリー・アドバタイザー紙は、これらの口座がマルの銀行にあったと伝えている。続いてマル・ドハティは、兄弟のハリーが失われた記録を焼いたと証言した。メルトンは、1921年に44万1000ドルをジョン・T・キングに渡したと述べていた。エモリー・R・バックナー検事は債券と書類を通じてその金の行方をたどり、すでに4万9000ドルをミラーまで追跡していた。同紙によれば、スチューアー弁護人は焼却を非常に愚かな行為として認めつつ、目的はハーディングの選挙資金の記録を処分することだったと主張した。この動機は弁護側の説明であり、同紙はそれを伝えただけで裏付けてはいない。

トーマス・W・ミラーのその後

ミラーは1921年から1925年まで外国人財産管理官を務めた人物であり、この記事が伝える日の朝には弁護人ウィリアム・ランドが最終弁論を終えていた。ミラーは、この最終弁論の翌年にあたる1927年に、米政府に対する詐欺の共謀2件で有罪となった。ミラーは18カ月服役し、1929年に仮釈放され、1933年にハーバート・フーバー大統領から恩赦を受けた。1926年の公判で、検察側はその金のうち4万9000ドルをミラーまで追跡していた。タイム誌は10月初めの時点で、ミラーに対する政府側の立証はほぼ完了したと伝え、バックナー検事はその後ドハティの追及に移った。

原文

RECORDS BURNED TO PROTECT CAMPAIGN FUND JURY IS TOLD

RECORDS BURNED TO PROTECT CAMPAIGN FUND JURY IS TOLD Attorney For Harry M. Daugh-erty Asserts Former Attorney General Acted in Moment of Madness ADMITS CLIENT GUILTY OF VERY FOOLISH DEED Government Charges Effort Made to Obliterate Evidence in Conspiracy Case NEW YORK, Oct. 7. - (AP) - It was " in a moment of madness " that Harry M. Daugherty burned bank records which the government believes would prove him a conspirator against the nation he served, his [?] sel told a jury in federal cou [?] y. Daugh-erty's purpose wa [?] troy records of the Harding c [?] fund and not to wipe out any [?] ion that he had been bribed [?] American Metal case, his cou [?] ed. Daughert [?] was attorney gen-eral in th [?] g cabinet, and Thos. W. Mill [?] en property custodian at the [?] time, are on trial for consp [?] defraud the government of thei [?] vice in permitting release through their offices of $ 7, 000, 000 im-pounded assets of the metal company. William Rand, counsel for Miller, com-pleted his summation this morning and Max D. Steuer, Daugherty's counsel, then summed up for five hours and a half court being kept in session until 6: 30 in order to permit him to com-plete argument today. Steuer reviewed testimony of Mal S. Daugherty. Harry's brother, that Harry had admitted burning ledger sheets recording bank accounts to the brothers and of Jess W. Smith, the former attorney general's political handyman in Mal's bank. " The burning of those records, " (Continued on Page Eight) BYRD BEGINS FLIGHT TO BOOST AVIATION Commander of North Pole Ex-pedition Arrives at Mitchell Field on Tour MITCHEL FIELD, N. Y., Oct. 7. - (AP) - The powerful Fokker airplane in which Commander Richard E. Byrd flew over the north pole, today com-pleted the first leg of its scheduled country-wide tour to promote public interest in commercial aviation. Carrying eleven persons, including [?]

COTTON HOLDING GAINING GROUND THROUGHOUT STATE

Constructive Fearless Independent 14 PAGES Price 5 Cents COTTON HOLDING GAINING GROUND THROUGHOUT STATE Railroad Officials Report Effect of Move Noted in Volume of Staple Shipments For Period FEDERAL REPRESENTATIVE TO ATTEND CONFERENCE Receipts and Shipments Show Gain in Montgomery For Week Effect of the movement launched for the holding of cot-ton in an effort to check the slump in the price of the staple and re-store the price to a normal level, is already becoming manifest, ac-cording to information Thursday from railroad officials. The movement of cotton over the lines of the various Alabama carriers operating in this section, at the present time, is limited. Normal-ly, they claim, the movement of cotton now should greatly exceed that recorded for the same period a year ago. The Montgomery cotton exchange, re-ported Thursday, however much heav-ier receipts and shipments of cotton for the past fiscal week than during the same week in 1925. Interest in this section concerning cotton price prospects, is now centered in the forth-coming regional agricultural confer-ence, which will convene in Montgom-ery next week. Secretary of Agricul-ture, W. M. Jardine has wired he will be unable to attend, but indicates that another department official may at-tend the meeting. Edward A. O'Neal, president of the Farm Bureau, wired Secretary Jardine inviting him to the conference and upon receipt of that wire, F. M. Rus-sell, assistant secretary, stated Sec-retary Jardine got in touch with of-ficials of the United States Chamber of Commerce who will attend the con-ference in Montgomery on October 12, " and detailed to [?]

FERRY BOATS USED IN MAIN STREET OF FLOOD SWEPT TOWN

about as low a minimum as is re-corded for any county in the United States, it was ascertained. FERRY BOATS USED IN MAIN STREET OF FLOOD SWEPT TOWN Beardstown Isolated For Thirty Hours; Eat Food Uncooked; Waters Receding; News-papers Suspend BEARDSTOWN, ILL., Oct. 7. - (AP) Isolated for thirty hours by the flood waters of Illinois river and Lost Creek, Beardstown ate uncooked food today, used a ferry to get up and down the main streets and went by boat to es-tablish contact with the outside world by trains which were halted two miles from the island city. The flood, after reaching a crest of 25. 8 feet today, had receded four tenths of a foot tonight, but with the slight wane of the waters came an increasing swiftness of the current, which carried jetsam against windows of residence and business blocks and broke panes not barricaded, admitting water to interiors previously kept dry. One hundred and fifty extra men were put to work by the public utility company which furnishes Beardstown with electricity and gas, to keep the town lighted. Telephoning communi-cation was maintained despite the high waters, which stand ten inches deep at the highest point of egress from the town. Furnaces are flooded and the only heat is provided by improvised stoves. The dampness has added to the suf-fering from cold, and many of the in-habitants were without dry clothes. Row boats plied today from the town to the points where trains stop and supplies are being brought to the need-ed. A Beardstown newspaper abandoned publication today for the duration of the flood when its mechanical depart-ment was submerged in four feet of water. The ferry which plied across the Illi-nois river in normal times was prsesed into service today for carrying up the principal streets those bound on ur-gent business. The stage of the water

紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料

万国一面について →

本日の新聞一覧

街を巡る ↑
100%
原紙を拡大して読む

つまんで拡大 · 指で紙を動かす