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· ロンドン(カナダ・オンタリオ州) · 英語

London Evening Advertiser

1926年10月2日付のこのオンタリオ州ロンドンの夕刊は、新総督ウィリングドン卿夫妻がケベックに到着したことを伝えた。霧の中、緋色の軍服の行列がロウアー・タウンから議事堂へ進み、正午に就任式が行われた様子を描き、カナダを二つの民族の伝統を受け継ぐ国であると同時に偉大な帝国の一部として位置づけた。地元面では、ベル電話会社が深夜に新しいフェアモント交換局へ切り替え、15,820の番号が移行し、茶色の旧電話帳が青い新電話帳に替わることを報じた。さらに、R・B・ベネットが約束した1トン7ドルのアルバータ炭輸送が中止されたのは政治的理由ではなく鉄道運賃の問題のためだったとする地元石炭業者の見解を載せた。

本版は部分的な読解である。OCRの文字化けがひどく、無関係な段が混在しているため、紙面画像で判読できた3本の記事のみを訳している。ケベック発記事は末尾の判読が不確かで[?]を付している。電話と石炭の記事は、判読できる範囲の端で文の途中で途切れている。フェアモント交換局の地域史や1926年の石炭の鉄道運賃については確認できる資料が得られなかったため、解説では扱っていない。

翻訳

古都ケベックの式典に華やかな光景

総督夫妻、明日オタワで歓迎へ。

ケベック発、10月2日――カナダは本日、新しい総督とその夫人を迎えた。ウィリングドン卿夫妻は、一つの大陸の命運を決した戦いの舞台であるケベックに上陸し、二つの民族の三百年を超える伝統を背負い、偉大な帝国の一部である国の威厳をもって、そして、より大きな運命を見据える若い国の温かい心をもって迎えられた。

天候には恵まれなかった。市街は濃い霧に包まれていた。しかしその霧の中から、場にふさわしい儀礼の光景が浮かび上がった。軍服の緋色、羽根飾りを付け磨き上げられたヘルメット。総督一行は護衛されながらケベックの歴史ある街路を進み、ロウアー・タウンからマウンテン通りを上り、さらにアッパー・タウンの広い大通りを抜けて州議会議事堂へ向かった。就任式は正午、同議事堂の立法評議会議場で行われた。[?]

電話の「切り替え」準備完了

新フェアモント交換局の設置に数か月の作業が必要だった。

クラレンス通りのベル電話会社の建物は、今夜のフェアモント交換局への切り替えに備え、本日はまさに蜂の巣のような忙しさに包まれている。切り替えは深夜0時ごろに行われる予定で、交換業務部門は、火災など、接続をそのまま維持する必要が生じる事態が起きた場合について注意を促している。通話量が平常に戻ると、この設備を設置したノーザン・エレクトリック社の作業員が、加入者を旧交換台につないでいる線を切断し、代わりにフェアモント交換局の新しい接続を残す。

同社の1日の平均通話数は約9万件で、切り替えは電話1台につき1秒で完了する。これは何か月にもわたる作業の集大成であり、同社は設置作業の効率の良さについて称賛に値する。

今夜、15,820の個別の電話番号がそれまでの姿を失い、新しい交換局の一員となる。古い茶色の電話帳は用済みとなり、新しい青い電話帳が市の公式電話帳となる。利用者が長年慣れ親しんできた番号は置き換えられ

石炭措置は場当たり的だったと主張

発表前に十分な調査をしていなかった、と同氏は主張する。

先のミーエン政権で財務相を務めたカルガリーのR・B・ベネット氏が約束した、1トン7ドルのアルバータ炭の第2・第3列車分の取り消しは、非難されているように、キング政権が政治的理由から行ったものではない。地元の石炭業者ウィリアム・ブキャナン氏によれば、むしろそれは、ベネット氏が鉄道会社からその低運賃の確約を得ないまま場当たり的に約束したためであり、実際に到着した1列車分については連邦政府が差額の負担を余儀なくされた。その列車のうち4両は、地元での販売用にブキャナン氏が確保したものだった。

ブキャナン氏によれば、政府がさらに2列車分について同様の負担を引き受けることを拒んだのは当然である。カナディアン・ナショナル鉄道(C.N.R.)もカナディアン・パシフィック鉄道(C.P.R.)も、依然として1トン9ドルを最低輸送運賃として提示しているからだ。

申し出は変わらず

ブキャナン氏は、昨年初めに行った申し出、すなわち50〜55両編成の列車1本につき1万4000ドルで、アルバータ炭を週に1列車分引き取るという申し出を今も撤回していない。これは1トン当たり約7ドルに相当するが、鉄道会社にも利益が生じ

解説

ウィリングドン卿は誰が選び、どこで就任したのか

紙面のケベック発記事は、総督夫妻の上陸と、州議会議事堂の立法評議会議場で正午に行われた就任式を伝えている。後年の記録でも日付と場所は一致する。ウィリングドンは1926年10月2日、ケベック議事堂の「サロン・ルージュ」で総督に就任し、その後、副見出しが予告したとおりオタワへ向かってリドー・ホールに居を構えた。任命が発表されたのは1926年8月5日で、国王ジョージ5世が英国首相スタンリー・ボールドウィンの推薦を承認した形だった。その推薦に至る経緯は珍しいものだった。英国内閣は当初彼を候補と考えていなかったが、国王自らがカナダに送る候補者名簿に彼の名を加え、マッケンジー・キング首相がその名を希望として選んだ。「偉大な帝国の一部」でありながら「若い国」でもあるという記事の描き方は、この任命の仕組みそのものに合っている。任命は英国側の助言に基づいて国王が行ったが、その前にカナダ首相による名前の選択を経ていたのである。

なぜ1926年秋に新総督が着任したのか

ウィリングドンの前任者はバイング・オブ・ヴィミー卿で、その任期の終盤は同年夏の憲政危機で揺れた。1926年6月、バイングはマッケンジー・キング首相による議会解散の要請を拒んだ。キングは辞任し、バイングはアーサー・ミーエン率いる保守党に組閣を求めた。ミーエン政権は7月2日に不信任決議で敗れた。9月14日の総選挙後、キングが首相に返り咲き、バイングは9月30日にカナダを離れた。ここで報じられた式典のわずか数日前のことである。記事はこの論争に一言も触れていない。それでも、威厳と儀礼を強調するその筆致は、総督の政治的役割が激しく争われた直後に書かれたものだった。

式典の背後にある帝国との関係はどう変わろうとしていたのか

この就任式の数週間後、ロンドンの帝国会議でバルフォア宣言がまとめられ、1926年11月15日に各自治領の首相が全会一致で承認した。宣言は英国と各自治領を「地位において対等」な自治共同体と位置づけ、総督が英国と各自治領との外交関係において自動的に英国政府の代表を兼ねることをやめるよう勧告した。こうしてウィリングドンの任命は、君主が英国の君主として行った最後のカナダ総督任命となった。カナダを「偉大な帝国の一部」とする紙面の描き方は、まさに帝国との結びつきが定義し直されようとしていた時期に印刷されたことになる。この会議の結論は、後に1931年12月のウェストミンスター憲章に盛り込まれた。

石炭の約束をした「先のミーエン政権」とは

石炭記事は、R・B・ベネットを「先のミーエン政権で財務相」を務めた人物として紹介している。この政権は1926年の夏の間しか続かなかった。当時、下院から任命された閣僚は任命と同時に議席を辞し、補欠選挙で再選を果たさなければならなかった。ミーエンはこれを避けるため、無任所大臣を代行閣僚として任命した。自由党と進歩党はこれに反発し、政権は1926年7月2日の不信任決議にわずか1票差で敗れた。9月の総選挙を経てキングが政権に復帰した。短命に終わった政権の閣僚が出した格安石炭の約束は、後を継いだキング政権が守るか取り下げるかを迫られることになった。中止が政治的動機によるものだと非難され得たのはそのためであり、石炭業者はその非難を否定している。ただし、その反論はすべてウィリアム・ブキャナン氏の言い分によるものである。同氏は、到着した1列車のうち4両を自ら確保した地元業者であり、週に1列車分を引き取るという自身の申し出を今も掲げていた。取り上げた記事部分には、鉄道会社や政府の反応は引用されていない。

原文

BRILLIANT SCENES ATTEND CEREMONY AT OLD QUEBEC

Governor-General and Consort Will Be Received At Ottawa Tomorrow. Quebec, Oct. 2. - Canada today received a new governor-general and his consort. Lord and Lady Willingdon landed at Quebec, scene of the struggles which decided the fate of a continent, and were welcomed with the dignity of a country with more than three hundred years of the traditions of two races behind it and a part of a great empire; with the warm-heartedness of a country in its youth looking forward to its greater destiny. The weather was unkind. The city was shrouded in heavy mist. But through it loomed the befitting display of ceremony, the scarlet of military uniforms, plumed and polished helmets, as the vice-regal party were escorted through the historic streets of Quebec, up Mountain street from Lower Town and then through the broader avenues of Upper Town to the Provincial Parliament Buildings, where the installation took place in the Legislative Council chamber at noon. [?]

All Ready For Phone ‘Cut Over’

Months of Work Necessary To Install New Fairmont Exchange. The Bell Telephone Company's building on Clarence street is a veritable hive of activity today in preparation for the cutting over of the Fairmont exchange tonight. The cut-over will take place around midnight, the traffic department warning if there be any fires or other occurrences that will make necessary keeping the connections intact. When the traffic becomes normal men of the Northern Electric Company, who installed the system, will cut the wires connecting the subscribers to the old boards, leaving the new connections for the Fairmont exchange in their stead. An average day's calls for the company is around 90, 000 and the cut-over will be completed in the space of a second for each phone. It is the culmination of many month's work and the company are to be congratulated upon the efficiency of the installation. Tonight 15, 820 individual telephone numbers will lose their identity and become members of the new exchange. The old brown directory will be obsolete and the new blue one will be the official city directory. Numbers familiar to their users for years will be replaced

Claims Coal Move Was Haphazard

Did Not Sufficiently Investigate Matter Before Making Announcement, He Claims. Cancellation of the second and third trainloads of Alberta coal at $ 7 per ton, promised by Hon. R. B. Bennett, Calgary, minister of finance in the late Meighen government, was not carried out by the King government on political grounds, as has been charged. Rather was it done, according to Wm. Buchanan, local coal dealer, because Mr. Bennett made his promise haphazardly without securing from the railways that low rate, and the Federal government was forced to pay the difference on the one trainload that came through, four cars of which were secured by Mr. Buchanan for local distribution. The government, naturally, Mr. Buchanan says, refused to assume similar responsibility for two further trainloads, since both the C. N. R. and C. P. R. still quote $ 9 per ton as their lowest transportation figure. Stands by Offer. Mr. Buchanan still stands by his offer, made the first of last year, to take one trainload of Alberta coal a week at $ 14, 000 for a train of 50 to 55 cars. This amounts to about $ 7 per ton, but the railroads would benefit in the ex -

紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料

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