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· ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl

Politika

1926年9月29日付『ポリティカ』の掲載記事は、家計の預金保護から国際外交、婚姻制度の改革へと話題を広げた。パヴリッチ博士は、預金者を守るため、金融機関による共同監査と経営難に陥った機関への支援を提案した。アヴェレスクはイタリアとの友好関係を擁護し、政治的関係を将来の通商条約に結びつけるとともに、ベッサラビアに対するルーマニアの権利を主張した。ケマルとラティフェの記事は、トルコ女性の地位向上を称賛する一方で、離婚の原因を妻の激しい愛に求める物語を伝えた。

本版は、1926年9月29日付『ポリティカ』から提供された3か所の抜粋のみを扱います。2種類のOCR候補はいずれも記事本文の信頼できる読み取りには使えず、抜粋は画像で判読できる箇所から転記し、行末の分綴をつなげたものです。預金者保護とベッサラビアの記事は、文の途中から始まり、文の途中で終わっています。ケマルの記事は、ラティフェの教育を比較する文の途中で切れています。英訳では文末の途切れを残し、和訳では日本語の語順に合わせて、対応する欠落箇所を「…」で示しています。教育についての文では、欠けている比較対象の位置にこの記号を置いています。欠けた続きは補っていません。

翻訳

わが国の預金者保護

パヴリッチ博士

そうすれば、誰もが手元や自宅には、日々の暮らしにどうしても必要なだけの現金を置くようになるだろう。国家の行政機構は動きが鈍すぎて、預金を受け入れる諸機関をうまく組織できないため、これらの機関は特別法に基づいて自ら組織をつくる必要がある。この法律は、金融機関中央会のすべての義務と、その権利および特典を定めるものでなければならない。その義務には、特別の監査機関を通じて全加盟機関を監督することが含まれるだろう。監査の結果は、監査を受けた機関だけに通知され、債権者と預金者の利益が危険にさらされた場合に限り、中央会には、その保護のためにあらゆる措置を講じる義務が生じる。その場合、中央会は、有利な条件での融資、あるいはほかの堅実な金融…との合併によって、経営の傾いた機関の再建計画を策定しなければならない。

ベッサラビア問題

イタリアだけを満足させ、ルーマニアの利益には合致しない。しかし、この主張は事実に反する。「われわれは友好条約を結んだだけです」とアヴェレスク氏は言う。「それ以上のことは何もしていません」。ローマ条約には議定書が付され、政治的関係の必然的な帰結として通商条約が調印されることを定めている。首相は続いてベッサラビア問題について語った。ベッサラビアは事実上も、権利の上でもルーマニアに属すると宣言した。ベッサラ…に対するわが国の権利

ケマル・パシャの恋物語

イスタンブール、9月。新生トルコの創造者として名高いケマル・パシャが、妻のラティフェ・ハヌムと離婚した。トルコではつい最近まで、夫は妻と離婚する必要さえなかった。ただ妻を通りへ追い出せば、それで済んだのである。ケマルはトルコ女性の権利を、ヨーロッパ女性の婚姻上の権利とほぼ肩を並べるまでに高めた。トルコの女性たちは、暮らしがよくなったことについて、すべてのトルコ人が自由を得たことを感謝するその人に、感謝すべきなのである。ところが、トルコの女性すべてを幸福にしたケマルは、自分の妻、美しいラティフェを不幸にした。もっとも、トルコの新聞は、この離婚についてトルコの支配者の責任を否定している。悪いのはラティフェ自身、正確には、夫に対する彼女の際限のない、熱狂的な愛なのだ。ラティフェ・ハヌムの一件は、女性が心から愛することによって、愛する相手をどれほど遠ざけてしまうものかを示す、たぐいまれな例である。美しいラティフェは、スミルナに住んでいた裕福な両親の娘である。若いころには、…よりもはるかに充実した、はるかに自由な教育を受けていた。

解説

銀行への信頼と共同介入

パヴリッチの提案は、貯蓄の保護を、それを預かる金融機関の健全性に結びつけている。監査結果は非公開とする一方、債権者と預金者に危険が及べば、有利な融資や合併による共同介入に移るという仕組みである。地域の銀行史を見ると、この提案が扱う問題の重みが分かる。1925年の有力なクロアチアの銀行の清算は、スロベニアの銀行と住民にも影響し、銀行は再編や回収不能な投資の償却を迫られた。ラザレヴィッチはさらに、スロベニアの銀行部門が細分化され、資本も不足していたことや、1920年代に政府がユーゴスラビアの銀行市場全体で統合を促そうとしていたことを説明している。こうした状況に照らすと、パヴリッチの中央会構想は、加盟機関を監督し、個別の機関が経営難に陥った際に救済を調整する仕組みとして理解できる。国家の行政機構は鈍重だという批判が、その役割を特別法の下で金融機関自身に担わせる理由となっている。この箇所での保護は機関の再建を通じて行うもので、個々の預金者に対する一定額の補償は定められていない。

友好、通商、そして別途残された承認問題

イタリアとの友好を擁護するアヴェレスクの説明には、政治的な協定、将来の通商条約、ベッサラビアに対するルーマニアの権利主張という三つの外交問題が重なっている。1926年9月の訪問時、イタリアは交換書簡でベッサラビアに関する1920年のパリ条約の批准を約束したが、直ちには実行しなかった。オトゥは、この遅れを、モスクワとの関係を維持し、ルーマニアへの影響力を保とうとするムッソリーニの意向から説明している。この経緯を踏まえると、記事が友好と通商から領土上の権利へと話題を移す意味が分かる。友好的な協定を結んでも、約束された批准はまだ得られていなかったのである。1927年1月にはミハイル・マノイレスクが通商交渉のためにイタリアを訪れ、批准も引き続き働きかけた。イタリアの批准は3月に行われた。したがって、ベッサラビアは事実上も権利の上でもルーマニアに属するというアヴェレスクの宣言は、重要な外交上の約束が未履行の段階で、同国政府の立場を表明したものだった。

婚姻制度改革を夫婦の悲劇として描く

記事は女性の地位向上をケマル個人の功績とし、その公的な成果とラティフェの不幸を対比している。さらに、トルコの新聞の説明も引きながら、妻の激しすぎる愛を原因とすることで、離婚の責任を妻に向ける道徳的な筋書きをつくっている。時系列で見ると、この夫婦の悲劇と、それより後の法制度改革が並べられている。結婚は1925年8月5日に終わり、民法が成立したのは1926年2月17日、施行は本紙発行の5日後に当たる10月4日だった。つまり記事は、以前の離婚を当時進行していた改革の物語に取り込んでいる。トルコ女性全体の幸福とケマル自身の妻の不幸を対比することで、改革者の家庭生活を記事の中心的な主題としており、ラティフェの動機についての説明も、その人物描写の一部となっている。

原文

Заштита улагача код нас

па, тако да ће свако држати код себе односно код куће само толико новца, колико му је неопходно потребно за дневни живот. Пошто је државна управа сувише трома да би могла успешно организовати депозитне установе, потребно је да се оне саме организују на основу нарочитог закона, који има да пропише све дужности Централе Новчаних Завода, а и њена права и повластице. Међу њене дужности спадао би надзор над свим члановима, који би се вршио путем нарочитих ревизијских органа. О резултатима ревизије обавештавао би се само ревидирани завод, и једино ако би били у опасности интереси поверилаца и улагача, онда би наступила дужност Централе, да предузме све мере за њихову заштиту. У том би случају Централа имала израдити план о санацији посрнуле установе или помоћу повољних кредита, или фузијом са другим солидним нов -

Питање Бесарабије

задовољава само Италију а није у сагласности са интересима Румуније. Ово тврђење међутим не одговара исти ни Ми смо само један пријатељски уговор закључили, каже г. Авереску, и ништа друго. Римском уговору придодат је један протокол који предвиђа да ће политички односи донети као неопходну последицу потписивање једног трговинског уговора. Председник владе говорио је затим о бесарабијском питању. Изјавио је да Бесарабија припада Румунији фактично и по праву. Наша права на Бесара -

Љубавни роман Кемал-паше

Стамбул, септембра Творац нове Турске, чувени Кемал Паша развео се од своје жене Латифе ханум. У Турској, доскора, муж од жене није морао да се разводи. Довољно му је било само да је избаци на улицу. Кемал је права турске жене подигао скоро на висину брачних права једне Европејке. За свој бољи живот Туркиње има да буду захвалне човеку коме сви Турци захваљују за слободу. Али Кемал, који је све Туркиње усрећио, унесрећио је своју жену, дивну Латифу. Турске новине истина за развод скидају одговорност са господара Турске. Крива је сама Латифа, управо њена безгранична фанатична љубав према мужу. Случај Латифа ханум је јединствен случај колико жена искреном љубављу може од себе да одбије онога кога љуби. Лепа Латифа је ћерка богатих родитеља који су живели у Смирни. У младости је добила васпитање, много веће и много слободније него што га

紙面の出典:Source: Narodna biblioteka Srbije / Digitalna NBS

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