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時報

『時報』一九二六年九月二十七日号は、江西への急な部隊派遣と、和平か戦闘かがなお定まらない武昌の情勢を伝えた。蒋介石が第二軍の教導師団に江西へ急行して右翼の作戦に加わるよう命じたと報じた。武昌では商人や住民が再び請願に赴き、六人の代表が唐生智に面会したと伝えた。唐は攻城準備が整ったと述べ、相手側に誠意がなければただちに総攻撃を開始し、数日ほどで必ず決着をつけられるとの見通しを示したと報じた。

本版は『時報』一九二六年九月二十七日紙面から提供された二つの抜粋を扱います。小さな文字、薄い印刷、画像タイルの境界で分断された段組みのため、ほかの複数の記事は連続した本文を確実に翻刻できません。提供されたOCRには、広告や無関係な記事の段も混在しています。

翻訳

蒋介石、江西へ部隊を増派

蒋介石は第二軍の教導師団に対し、ただちに江西へ入り、右翼の作戦に加わるよう電報で命じた。

和平か戦闘か、なお定まらぬ武昌

武昌の商人や住民は二十三日午後二時、再び西園へ請願に赴き、六人の代表を選んで唐生智に面会した。唐は代表らを引見した後、攻城の準備はすでに整っており、相手側に誠意がなければただちに総攻撃を開始し、数日ほどで必ず決着をつけられると述べた。

解説

江西への増派と右翼の役割

一九二六年八月の作戦計画では、右翼は孫伝芳軍を監視し、武漢へ進む中路軍の右側面と後方を守る役割を担った。八月末に江西から始まった孫軍の攻撃は、その後方を脅かし、武昌の包囲を解くことを狙っていた。九月初めには、第二軍を含む国民革命軍の諸部隊が江西での作戦へ転じた。記事にある教導師団の派遣は、こうした側面での作戦拡大の一環と理解できる。江西での戦闘は、武漢へ進む部隊の安全にもかかわっていた。

降伏交渉を仲介した商業団体

商業団体は、包囲する側と守備側の間で交渉案を取り次ぐことができた。王晨光の研究は、武昌商会が守備側指揮官の生命の保障を求め、商会の資金による部隊解散を提案し、三日間の攻撃停止を要請した交渉を記している。これらの提案は、商人が身の安全と部隊解散の費用の双方に働きかけ、降伏を実行に移すための条件を整えようとしたことを示す。こうした役割から、住民が唐に面会できたことの意味も理解できる。ただし、『時報』に登場する商人や住民の代表六人が、この研究に記された商会の交渉団と同一かどうかは明らかでない。

請願者が唐生智に面会した理由

唐生智は第八軍長であり、一九二六年八月の作戦計画では、第四・第七・第八軍からなる中路軍の総司令も務めた。中路軍には武昌へ進撃して武漢を占領する任務が与えられており、唐は請願者にかかわる攻勢を直接指揮する立場にあった。記事にある唐の返答は、交渉と軍事的圧力を結びつけている。攻城準備は整っており、相手側に誠意がなければ総攻撃に移るというのである。数日ほどで決着をつけられるとの自信は、この条件付きの威嚇に切迫感を加えていた。

原文

蔣介石增調軍隊入贛

蔣介石電調第二軍教導師迅即
入贛、加入右翼作戰

和戰未定之武昌

武昌商民二十三日下午二時、二
次至西園請願、推代表六人、見唐生
智、唐接見後、謂攻城已準備妥當
、如彼無誠意、即行總攻、大約三數
日定可解決

紙面の出典:Source: Internet Archive / eastasia-periodicals

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