Politika
- 経済危機と貯蓄預金
- ギリシャの第一次革命
『ポリティカ』の経済論説は、労働力への支出削減は労働者の購買力も低下させ、経済に悪影響を及ぼさずに節約できるのは生活費が下がる範囲に限られると論じた。そのため、まず債権者が負うリスクを減らし、資本の費用を引き下げるよう求めた。ギリシャを振り返る記事は、ヴェニゼロスのカネア到着を取り上げ、彼が3万人を超える義勇軍を組織したと伝えた。また、クンドゥリオティス提督、ダングリス将軍とともに臨時政府を成立させた経緯を報じた。
本版は、1926年9月27日付『ポリティカ』から提供された2つの抜粋を訳しています。画像の全12区画に読める内容がありますが、行の切れ、右下部分の印刷の劣化、不確かなOCRのため、扱う範囲は限られています。この抜粋だけでは、預金保護や外国資本への依存軽減についてのパヴリチ博士の具体策、また回顧記事全体がアテネと連合国の政策をどう描いたかは明らかになりません。ギリシャの記事の抜粋では、「彼」が誰を指すかは示されていません。
翻訳
経済危機と貯蓄預金
労働力への支出を減らすことは、労働者の購買力を減らすことでもある。したがって、経済に悪影響を及ぼさずに労働費用を節約できるのは、生活費が下がる範囲に限られる。それゆえ、われわれはまず、経済活動に用いられる資本の費用を減らすよう努めなければならない。わが国の資本が高くつくのは、わが国での融資に大きなリスクが伴い、そのリスクが経済活動において高い金利という形で表れるからである。したがって何よりもまず、債権者が負うリスクをできる限り小さくする必要がある。そうすれば資本の費用も下がるだろう。
ギリシャの第一次革命
その地カネアで、彼はヴェニゼロスと会う。ヴェニゼロスは9月12(25)日にカネアに到着し、すでに3万人を超える兵士からなる一大義勇軍を組織していた。その時、9月13(26)日に、カネアで「ギリシャ王国臨時政府」が成立し、ヴェニゼロス、クンドゥリオティス提督、ダングリス将軍がこれに加わった。
解説
通貨安定後も資本の費用が高かった理由
セルビア国立銀行の沿革によれば、ディナールは1925年5月から安定していた。新聞の議論が指摘するのは、融資のリスクがなお国内資本の費用を高くしているという別の障害である。両者を合わせて読むと、通貨の安定だけでは、ここで論じられた資金調達の問題は解決しなかったと考えられる。記事が改善の対象としたのは、債権者が負うリスクと、それが金利に反映される仕組みだった。
労働者の購買力を守ろうとする理由
この議論が問題にするのは、個々の雇用主の支出だけではない。本文は労働者を消費者としても捉え、その購買力の低下が経済全体に害を及ぼしうると考えている。労働費用を節約してもその害を避けられるのは、生活費が下がる範囲に限られるという条件も明確である。この論理では、債権者が負うリスクを減らすことが、労働者の購買力を保ちながら事業費用を下げる手段となる。資本の費用削減を優先する議論は、このように生産費用と、生産物を買う人々の購買力を結び付けている。
戦時下のギリシャ分裂と臨時政府
回顧記事は、義勇兵の動員と3人の指導者による政府樹立を前面に出している。その背景には大戦でどちらの陣営に立つかという対立があり、国王コンスタンティノス1世はドイツとオーストリアに共感し、ヴェニゼロスは連合国を支持していた。ヴェニゼロス派の将校は1916年8月にアテネの王国政府に対して蜂起し、別個に成立した国防臨時政府は同年11月に連合国側で参戦した。この背景を踏まえると、3人の登場は軍事行動であると同時に、既存政府と競合する政治権力の主張でもあったと読める。
原文
Привредна криза и улози на штедњу
Умањење расхода на радну снагу значи и умањење потрошачке способности радника, па се стога може на њима постићи уштеда, без лоших последица за привреду, само у толико, у колико појевтини живот. Стога морамо у првом реду настојати, да умањимо расходе на капитал, који служи привреди. Наш капитал је скуп, јер је кредитирање скопчано код нас са великим ризиком, који ризик долази у привреди до изражаја у повећаној каматној стопи. Потребно је стога пре свега, да се што више умањи ризик поверилаца, па ће и капитал појевтинити.
Прва револуција у Грчкој
Ту, у Канеји, он се састаје са Венизелосом, који је у Канеју стигао 12 (25) септембра и већ организовао читаву добровољачку армију од преко тридесет хиљада војника. У Канеји је тада, 13 (26) септембра, образована „Провизорна влада краљевине Грчке“ у коју уђоше: Венизелос, адмирал Кондуриотис и генерал Данглис.