London Evening Advertiser
- 連邦補欠選挙、11月に実施へ
- バイング卿「選挙の勝因は予算」
- 新ダム建設案、支持広がる
1926年10月6日付のロンドン・イブニング・アドバタイザーは、国政と帝国の話題に地元の市民運動の話題を並べた。同紙のオタワ特派員は、マッケンジー・キング新内閣の閣僚11人が11月9日に補欠選挙に臨み、候補者指名日はその1週間前になると伝え、対象の選挙区を列挙した。AP通信の記事は、総督の任期を終えたバイング卿夫妻がサウサンプトンに到着した様子を報じた。同じ記事によると、バイング卿は総督の憲法上の権限についての質問を笑って受け流し、この問題が再び出るとすれば帝国会議の場だと語った。同紙は地元の話題として、ロンドン市の公益事業委員会と市民団体がスプリングバンク公園のダム建設案を後押ししていると報じた。
この読み取りは一面の抜粋3本を対象とし、OCRの文字化けがひどいため紙面画像から書き起こしている。補欠選挙の記事は、11選挙区のうち8つを挙げたところで途切れている。バイング卿の記事は小見出しの途中から始まり、見出しにある予算についての発言に至る前に文の途中で終わっている。ダムの記事は単語の途中で途切れている。オンタリオ禁酒法(O.T.A.)とロードハウスに関する記事、西部の洪水の記事、ピーチズ・ブラウニングの記事、マギル大学の学位の記事などは画像の端で切れているため、翻訳の対象から外している。一部の写真説明も中ほどが欠けている。参照した資料は、一部の閣僚の選挙区が後回しにされた理由と、1926年12月のダム条例の投票結果を示していない。
翻訳
連邦補欠選挙、11月に実施へ
本紙特派員発。オタワ、10月6日――本日当地で行われた発表によると、閣僚の補欠選挙11件が11月9日火曜日に実施される。候補者指名日はその1週間前となる。選挙令状は本日[?][?]された。対象となる選挙区は次のとおりである。エドモントン・ウエスト――チャールズ・スチュワート閣下。レジャイナ――チャールズ・ダニング閣下。ブランドン――ロバート・フォーク閣下。ミドルセックス・ウエスト――J・C・エリオット閣下。ノース・ウォータールー――W・O・オイラー閣下。シャトーゲー=ハンティンドン――J・A・ロブ閣下。ドーチェスター――リュシアン・カノン閣下。サン・ジャック――フェルナン・ルフレ閣下。
バイング卿「選挙の勝因は予算」
……的な問題。AP通信発。サウサンプトン、10月6日――バイング卿夫妻は本日、旗布で華やかに飾られたエンプレス・オブ・フランス号でサウサンプトンに到着した。前カナダ総督と夫人は市長と執行官から公式の歓迎を受け、その後、卿は大勢の新聞記者と会見した。報道陣がバイング卿に最初に尋ねたことの一つは、総督としての憲法上の権限についてであり、この問題は最近、オタワの政局に関連して持ち上がったものだった。「その件には触れないでおいたほうがよいでしょう」とバイング卿は笑いながら言った。「すべては非常に満足のいく結果に終わりました。この問題が再び取り上げられることがあるとすれば、それは帝国会議の場でしょうが、現時点では何も申し上げられることはありません。申し上げたとおり、すべては
新ダム建設案、支持広がる
商工会議所、奉仕クラブ、建設業者協会、労働評議会が参加。公益事業委員会の委員たちは、委員会としても個人としても、来年スプリングバンク公園にダムを建設する案を心から支持している。J・M・ムーア市長の提案により、委員会の全員が市議会のスプリングバンク・ダム広報委員会の委員に任命された。同委員会にはキワニス、ロータリー、ライオンズの各クラブのほか、商工会議所、職業・労働評議会、建設業者協……からそれぞれ2名ずつの代表が加わる
解説
キング新内閣の閣僚が11月に再び選挙に臨んだ理由
オタワ発の記事は、現在では存在しない慣行を反映している。1926年当時、下院議員が閣僚に任命されると、その議員は議席を辞して補欠選挙で再選を求める義務を負っていた。マッケンジー・キングは9月14日の総選挙を経て首相に復帰した。そのため、記事に名前の挙がったチャールズ・ダニングやJ・A・ロブら新内閣の閣僚は、地元の選挙区で改めて選挙を受ける必要があった。同紙は、選挙令状が10月6日に発行され、投票日が11月9日と定められたと伝えている。この慣行は同年夏の政治危機にも影響を与えた。アーサー・ミーアンは不安定な議会で政権を組んだ際、再選を必要としない無任所大臣を任命して閣僚補欠選挙を避けた。閣僚補欠選挙がミーアンの立場を弱めた経験は、R・B・ベネット率いる保守党が1931年にこの制度を廃止する一因となった。
バイング卿が語らなかった憲法問題
サウサンプトンの記者団は、キング=バイング事件について質問していた。1926年6月、総督だったバイング卿は、議会を解散して総選挙を行うというマッケンジー・キング首相の要請を拒否した。キングは決定の前に英国政府と協議するよう求めたが、バイング卿は、この問題はロンドンに頼らずカナダで解決すべきだとして、その求めも拒んだ。その後ミーアンが短期間政権を担い、9月14日の総選挙の後にキングが再び首相に就いた。バイング卿が記者団に「すべては非常に満足のいく結果に終わった」と語った時点で、卿が助言を退けた相手のキングは政権に復帰していた。バイング卿は1926年9月30日に、両国で深い敬意を受ける人物としてカナダを離れた。この記事は、その6日後に英国へ到着したバイング卿の様子を記録している。
1926年帝国会議が総督の役割に加えた変更
バイング卿は、総督の権限の問題が再び取り上げられるとすれば帝国会議の場になると予想した。その帝国会議はバルフォア宣言をまとめ、各自治領と英国の首相たちは1926年11月15日にこれを全会一致で承認した。この宣言を最初に提案したのは、南アフリカのJ・B・M・ヘルツォーク首相と、バイング卿に要請を拒まれたカナダのマッケンジー・キング首相である。宣言は、各自治領で国王を代表する総督が、もはや自動的に英国政府の代表を兼ねるべきではないと勧告した。この勧告は総督職と英国政府の結びつきを変えた。キングは6月に、まさにこの結びつきを根拠として、バイング卿にロンドンとの協議を求めていたのである。
スプリングバンク公園に新しいダムが求められた理由
記事が伝えた運動は、公園から9年間失われていたダムを再建することを目指していた。スプリングバンクのテムズ川には以前にもダムがあり、そのダムは南側の丘の上にある貯水池へ水を揚げるための動力を得る目的で建設された。この経緯は、公益事業委員会がダム計画に関心を寄せた背景の一つと考えられる。旧ダムは1883年、1899年、1917年に流失し、1917年以降、この場所にダムは存在しなかった。同紙は、公益事業委員会とJ・M・ムーア市長の広報委員会が翌1927年の建設を目指していた様子を伝えている。アッパー・テムズ川保全機構によると、現在のスプリングバンク・ダムは旧ダムの少し下流に1929年に建設された。完成は記事が見込んだ時期より2年遅かったことになる。ロンドン市議会は2018年1月にこのダムの廃止を決めた。
原文
FEDERAL CONTESTS ARE SLATED FOR NOVEMBER
By a Staff Correspondent. Ottawa, Oct. 6. - Eleven ministerial by-elections will be held Tuesday, Nov. 9, according to an announcement made here today. Nomination day will be one week earlier. Writs were i [?] [?] ued today. The seats affected are: Edmonton West-Hon. Charles Stewart. Regina-Hon. Charles Dunning. Brandon-Hon. Robert Forke. Middlesex West-Hon. J. C. Elliott. North Waterloo-Hon. W. O. Euler. Chateauguay-Huntingdon-Hon. J. A. Robb. Dorchester-Hon. Lucien Cannon. St. James - - Hon. Fernand Refret.
BYNG SAYS BUDGET WON THE ELECTION
tional Issue. Associated Press Despatch. Southampton, Oct. 6. - Lord and Lady Byng arrived at Southampton today on board the Empress of France, which was gaily decorated with bunting. The former governo-general of Canada and Lady Byng were officially welcomed by the mayor and sheriff, and then his lordship received a large group of newspapermen. One of the first inquiries put to Lord Byng by the press representatives was with regard to his constitutional powers as governor-general, which question was raised recently in connection with the political situation at Ottawa. " I think we had better leave that alone, " said Lord Byng with a laugh. " Everything turned out very satisfactorily. If the question is raised at all again it will be at the Imperial Conference, but at the present moment there is nothing one can say about it. As I say, it all
PROPOSED NEW DAM WINNING SUPPORT
Chamber of Commerce, Service Clubs, Builders ' Exchange, Labor Council Represented. Collectively and individually the members of the Public Utitlities Commission are heartily behind the proposal to build a dam at Springbank Park next year. At the suggestion of Mayor J. M. Moore, the entire commission has been named to the City Council Springbank Dam Publicity Committee, together with Kiwanis, Rotary and Lions Clubs, two representatives each from the Chamber of Commerce, Trades and Labor Council and the Builders ' Ex -
紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料