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· アルジェ(アルジェリア) · フランス語

L’Écho d’Alger

1926年10月6日付のレコー・ダルジェ紙は、海軍大臣ジョルジュ・レイグがル・ジュルナル紙のインタビューでフランス海軍の最新艦艇を称賛したことを一面で伝えた。レイグは、大戦の経験は大型の主力艦より軽快で高速の艦艇のほうが必要であることを示したと語った。同じ面は、ノイシュタットのレストランでフランス人軍曹が刺されたと訴えた夜の出来事について、ヴォルフ通信社が配信したドイツ側の公式発表を報じた。その発表は、誰もナイフを見ておらず、のちに私服のフランス人が口外しないよう求めたと述べていた。紙面はさらに、ドイツの新聞がゲルマースハイム事件を占領終結の必要を示す証拠とみなしたことに触れ、ムッソリーニがペルージャで「海の上の古代ローマ」と題して講演し、約5万人の黒シャツ隊と労働者組合を閲兵した様子を伝えた。判読できたのは見出しと各記事の冒頭部分だけだった。

この版はレコー・ダルジェ紙1926年10月6日付一面から三つの抜粋を扱う。対象はレイグの海軍インタビュー、ノイシュタット事件に関するドイツ側の公式発表、ムッソリーニの講演記事であり、ゲルマースハイム事件に触れた記事の末尾も含む。判読できたのは見出しと小見出し、各記事の冒頭部分だけで、どの抜粋も文の途中で切れている。「ルネ・ベナール氏」の行は隣の記事に属し、その本文は読み取れない。ノイシュタット事件のフランス側の説明とムッソリーニの講演の中身は判読できた本文に含まれず、参照した資料にも記録がないため、この版はどちらも解説していない。

翻訳

わが海軍

25サンチーム

わが海軍

レイグ氏、これを大いに称賛

パリ、10月5日発 海軍大臣ジョルジュ・レイグ氏は、ル・ジュルナル紙記者とのインタビューの中で、フランス海軍の最新の艦艇を大いに称賛した。

レイグ氏はとりわけ次のように述べた。「大戦の経験が示したのは、われわれには大型の主力艦よりも、軽快で高速の艦艇のほうが必要だということである。

「わが造船所から送り出される艦艇は」とレイグ氏はさらに述べた。「新型の巡洋艦であれ、その型――

ノイシュタット事件

ルネ・ベナール氏

ノイシュタット事件

ドイツ側の公式発表

ベルリン、10月5日発 ヴォルフ通信社は、ノイシュタット事件に関するドイツ側の公式発表を公表した。この発表によれば、日曜から月曜にかけての夜、ドイツ人クラウトルと、うち一人が私服姿のフランス人二人があるレストランに入り、そこで熱のこもった会話を続けた。そのドイツ人は戦争中に頭部を負傷しており、酒を飲んでいた。突然、フランス人の軍曹が立ち上がり、胸を刺されたと言った。誰もナイフを見ていないため、どのようにしてそうなったのかはわからない。そこで二人のフランス人は店を出た。しかし半時間後、私服のフランス人が戻ってきて、この件を騒ぎ立ててはならず、被害者のほうもこの事故を問題にするつもりはないと言った。ところが月曜の晩、フランスの連絡将校がノイシュタット警察を訪れてこの件について話し、犯人を捜した。この件は心理的にはまだ解明されてい――

講演者ムッソリーニ氏

ゲルマースハイム事件をめぐる騒ぎ……公式声明を掲載するだけにとどめている。新聞全般は、そこに占領を終わらせる必要があることの新たな証拠を見いだしている。

講演者ムッソリーニ氏

ペルージャ大学で大聴衆を前に講演

ペルージャ、10月5日発 ムッソリーニ氏は本日午後、ペルージャ外国人大学で「海の上の古代ローマ」と題する講演を行った。この催しのために、イタリア各地の都市から多くの名士がペルージャに集まり、大群衆も押し寄せた。イタリア首相は今朝10時に到着し、大きな熱狂をもって迎えられた。県庁での歓迎会の後、ムッソリーニ氏は練兵場広場に赴き、ウンブリアの黒シャツ隊と労働者組合、およそ50,000人を閲兵した。テルニの工場からは黒シャツ姿の労働者5,000人が到着し、彼らもまた

解説

海軍大臣レイグと海軍のための主張

ジョルジュ・レイグは海軍大臣を務めた政治家で、1920年から1921年には首相にあたる閣僚評議会議長も務めた。紙面によれば、レイグは海軍大臣としてル・ジュルナル紙のインタビューに応じ、大戦の経験は大型の主力艦より軽快で高速の艦艇のほうが必要であることを示したと述べ、フランスの造船所から送り出される艦艇を称賛した。レイグは海軍大臣として、マジノ線のような陸軍の再軍備よりも海軍の再軍備を政府予算で優先させようと試みたが、この試みは成功しなかった。マジノ線はこのインタビューより後の時期の計画であり、記事も予算をめぐる争いには触れていない。それでも最新の艦艇を公の場で称えるレイグの発言は、艦隊に予算と関心を向けさせようとした彼の姿勢と一致している。

デュゲ=トルーアン級軽巡洋艦という新しい艦艇

1926年秋の時点でフランス海軍が手にしつつあった最も新しい大型艦は、デュゲ=トルーアン級軽巡洋艦だった。この級は、第一次世界大戦後にフランスが建造した最初の主要な軍艦である。1番艦デュゲ=トルーアンは1926年11月2日に完成しており、このインタビューのおよそ1か月後にあたる。同級の3隻はいずれも試運転で33ノットを記録し、就役後も30ノットを容易に維持できた。この性能は、レイグが大戦の教訓として挙げた軽快で高速の艦艇という表現によく合う。記事の引用は新型巡洋艦の型名の途中で切れているため、レイグがどの型を挙げたのかはこの読み取りから確認できない。デュゲ=トルーアン級との結びつきは時期と性能から導いた推定であり、紙面が述べた事実ではない。

競争相手イタリアとフランスの巡洋艦、ムッソリーニの海のローマ

デュゲ=トルーアン級につながるフランスの巡洋艦設計は1919年半ばに始まり、フランス海軍は当初からイタリアを想定される敵とみなしていた。同じ紙面は、ムッソリーニがペルージャ外国人大学で「海の上の古代ローマ」と題して講演したことを伝えた。記事によれば、ムッソリーニは講演に先立ってウンブリアの黒シャツ隊と労働者組合の約5万人を閲兵し、テルニの工場からも黒シャツ姿の労働者5,000人が加わった。これらの人数は、ファシストの閲兵行事について紙面が伝えた数字である。読み取れる範囲の記事は講演の中身を伝えておらず、紙面も二つの記事を結びつけて論じてはいない。それでも二つの記事を並べて読むと、もともとイタリアを念頭に計画された高速巡洋艦をフランスの大臣が称え、その隣でイタリアの指導者がローマの海の過去を公に誇っていたことがわかる。

ラインラント占領下の摩擦とノイシュタット、ゲルマースハイム

ノイシュタット事件は、フランスの占領兵とドイツ人のあいだに起きた摩擦の一つとして、ゲルマースハイム事件に触れた記事の末尾と同じ段に載った。紙面が掲載したのはヴォルフ通信社が配信したドイツ側の公式発表で、フランス人軍曹が刺されたと訴えたものの誰もナイフを見ておらず、のちに私服のフランス人が口外しないよう求めたという内容である。フランス側の説明は読み取れる本文に含まれていないため、この読み取りでは両者の説明を比べることができない。ゲルマースハイムでは、ヴェルサイユ条約の結果として1921年から1922年に要塞が取り壊された。この町は大戦後のラインラント占領期に、フランス軍とドイツの退役軍人団体のあいだで何度か衝突が起きた場所でもあった。紙面は、新聞全般がゲルマースハイム事件を占領終結の必要を示す新たな証拠とみなしたと伝えており、こうした事件がドイツ側の撤兵要求を強めていたことがわかる。ヴォルフ通信社の発表がナイフの不在や口止めの申し出を強調している点も、この論調と重なっている。

原文

Notre marine de guerre

25 CENTIMES Notre marine de guerre M. LEYGUES EN FAIT UN VIF ELOGE Paris, 5 octobre. - M. Georges Leygues, ministre de la Marine, au cours d'une interview avec un rédacteur du Journal, a fait un vif éloge des unités les plus récentes de la marine française. «L'expérience de la grande guerre, a déclaré notamment M. Leygues, a démontré que nous avons moins besoin des vaisseaux de haut bord que des unités légères et rapides. «Les unités qui sortent de nos chantiers, a dit encore M. Leygues, qu'il s'agisse de croiseurs nouveaux du ty -

L'incident de Neustadt

M. René BESNARD L'incident de Neustadt LA VERSION OFFICIELLE ALLEMANDE Berlin, 5 octobre. - L'agence Wolff publie la version officielle allemande de l'incident de Neustadt. D'après cette version, dans la nuit de dimanche à lundi, l'Allemand Krautor et deux Français, dont un en civil, entrèrent dans un restaurant où ils poursuivirent une vive conversation. L'Allemand, qui a été blessé à la tête pendant la guerre, avait bu. Tout à coup, le sergent français se leva en disant qu'il avait été poignardé à la poitrine. On ne sait pas comment cela s'est produit, car on ne vit pas de couteau. Là-dessus, les deux Français quittèrent le local; mais, une demi-heure après, le Français en civil revint, disant qu'il ne fallait pas ébruiter l'affaire, et que la victime n'avait pas non plus l'intention de donner suite à l'accident. Cependant, un officier français de liaison vint, lundi soir, entretenir la police de Neustadt de l'affaire, et rechercher le coupable. Le cas n'est pas éclairci psychologi -

M. Mussolini conférencier

de bruit autour de l'affaire de Germersheim, se bornent à publier un communiqué officiel. La presse en général y trouve une nouvelle preuve de la nécessité de mettre fin à l'occupation. M. Mussolini conférencier IL PARLE A L'UNIVERSITE DE PEROUSE DEVANT UNE ASSISTANCE ENORME Pérouse, 5 octobre. - M. Mussolini a fait cet après-midi, à l'université des étrangers de Pérouse, une conférence sur le thème «Rome ancienne sur la Mer». L'événement a amené à Pérouse de nombreuses personnalités venant de toutes les villes de l'Italie et une foule énorme. Le premier ministre italien est arrivé ce matin à dix heures accueilli avec un grand enthousiasme. Après une réception à la préfecture, M. Mussolini s'est rendu sur la place d'Armes où il a passé en revue les chemises noires et les syndicats ouvriers de l'Ombrie, au nombre d'environ 50. 000. Des usines de Terni sont arrivés 5. 000 ouvriers en chemises noires qui ont participé aussi au

紙面の出典:Source: Bibliothèque nationale de France / Gallica

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