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Il Piccolo

1926年9月30日付のイル・ピッコロは、ファシスト政権の農業宣伝、占領下ラインラントでの発砲事件、取引所からの不安の声を並べて伝えた。記事は、ムッソリーニがペリオン次官と常設小麦委員会の小麦栽培集約化計画について協議し、10月10日に全国小麦コンクールの入賞者を自ら表彰すると報じ、農業者がローマへ来られるようチャーノ通信相が通例の鉄道運賃割引を認めたことも伝えた。小麦の記事の直前には、先行する記事の末尾として、モデナのファシストを称え、黒シャツ隊員の資質として勇気・労働・無私の三つを挙げたムッソリーニの言葉が載っていた。ベルリン発の記事は、ゲルマースハイムでの発砲についてドイツ側の公式説明とアヴァス通信の正当防衛説を対比し、フランス軍少尉ルージエが収監され、所属する砲兵連隊が町から移されると報じ、群衆が彼に「人殺し、盗賊」と叫んだ様子も描いた。取引所仲買人の声明の断片は、他人の破綻の責任を保証金と全財産と自らの名で負わされることへの懸念を訴えていた。

本稿は紙面の部分的な読み取りで、三つの抜粋を扱う。画像の分割境界、折り目、印刷のかすれ、紙面下部の損傷で語句が判読できない箇所があり、OCRも段を混在させ、人名や数字を損なっている。不確かな部分は[?]で示し、復元していない。最初の抜粋は、ムッソリーニがモデナのファシストを称えた先行記事の末尾から始まる。その発言の場面は判読できず、小麦の記事そのものは独自の見出しから始まる。ゲルマースハイムの記事は文の途中で途切れており、判読できる本文には見出しにある仏独交渉の内容は含まれない。取引所仲買人の声明は末尾の一文しか判読できず、その発表の経緯や署名者は確認できない。

翻訳

小麦コンクールの表彰

[?] ムッソリーニ議員は執行部とモデナのファシズムを大いに称賛し、黒シャツ隊員一人ひとりに特有の資質は勇気、労働、無私の三つでなければならないと述べて締めくくった。

小麦コンクールの表彰

政府首班は本日午後、国民経済省次官ペリオン議員を引見し、イタリアにおける小麦栽培の集約化に向けた重要な計画の実施を準備している常設小麦委員会の作業について協議した。

一方、伝えられるところでは、国内の小麦生産の増大を目指す省の施策に協力した人々に対し、国民政府の感謝を目に見える形で示すため、ムッソリーニ議員は10月10日、全国小麦コンクールの入賞者を表彰する。この行事に一層の荘厳さを添え、多数のイタリアの農業者がローマを訪れて祝典に参加できるよう、通信大臣チャーノ議員は政府首班と協議のうえ、参加者が通例の鉄道運賃割引を受けられるよう措置した。[?]

ゲルマースハイム事件と仏独交渉

[?] ベルリン、29日発 ゲルマースハイムの悲劇的な出来事は、今日もなお報道と政治的議論の的となっている。フランス人将校のブローニング拳銃で撃たれたドイツ人たちにはいかなる挑発もなかったとするドイツ側の公式説明に対し、アヴァス通信はただちに、将校は正当防衛で発砲したとする別の説明を突きつけた。

将校が釈放されたとの報は事実ではない。少尉はむしろ獄中にあり、フランスの所管当局は、ルージエが所属する砲兵連隊全体を明日までにゲルマースハイムから移すよう命じた。このことから、フランスが事件の再発を避け、常に極度にいら立っている地元ドイツ住民を納得させようとしていることがうかがえる。

群衆の敵対的示威

昨日、取り調べを受けていたフランス軍司令部からルージエが出てきたとき、建物の周りに集まった群衆は「人殺し、盗賊」と叫んで彼を迎え、その間、一人の

取引所仲買人の声明

[?] の [?] [?] 証券、彼らにとっては、他人の破綻が生じた場合に自らの高額な保証金、自らの全財産、そして自らの名をもって責任を負わねばならないために、とりわけ彼らに降りかかる莫大な損害を恐れるほかないのである」。[?]

解説

ムッソリーニはなぜ小麦農家を自ら表彰したのか

ここで予告された表彰式は、ムッソリーニが1925年に始めた宣伝キャンペーン「小麦戦争」の一環だった。その目的はイタリアを小麦で自給させ、政権の言葉でいう「外国のパンへの隷属」から解き放つことにあった。記事からはこのキャンペーンの仕組みが見て取れる。栽培の集約化を計画する常設小麦委員会、生産性の高い農業者を競わせる全国コンクール、そして10月10日に政府首班自らが行う表彰である。紙面によれば、チャーノが手配した鉄道運賃割引は、多くの農業者をローマに集めて式典に「一層の荘厳さ」を添えるためのもので、農業政策を公的な見世物へと変えるものだった。紙面は、国内生産増大の施策に協力した人々への感謝という政府自身の言葉でこれを伝えている。後世の評価も小麦の生産高が実際に増えたことは認めているが、それは多角化を犠牲にしたもので、他の作物を育てていた多くの農家が小麦栽培のために土地を切り替えざるを得なかったと指摘している。

1926年のゲルマースハイムになぜフランス軍がいたのか

記事がゲルマースハイムに駐留していたと伝えるフランス砲兵連隊は、連合国によるラインラント占領の一部だった。この占領は1918年12月1日に始まり、休戦協定、ヴェルサイユ条約、およびそれと並行して結ばれたラインラント協定によって課され、規定されていた。同協定の下でドイツは民事・刑事の裁判権を保持したが、占領軍に対する犯罪は連合国の軍事裁判権に属した。ゲルマースハイムの事件はその逆で、ドイツ人を撃ったとされたのはフランス人将校だった。記事からは、この件が占領軍の内部で扱われたことがわかる。ルージエ少尉はフランス軍司令部で取り調べを受け、フランス当局によって収監された。その一方で、ベルリンとアヴァス通信はそれぞれ食い違う説明を発表した。占領軍と住民の関係はしばしば緊張しており、とりわけフランスとベルギーの占領地区では英米の地区よりも険悪だった。「人殺し、盗賊」と叫ぶ敵対的な群衆は、その典型といえる。時期も事件の重みを増した。ロカルノ条約の後、1926年1月にはケルン周辺の北部地区から撤兵が行われており、見出しはこの発砲事件を仏独交渉と並べている。紙面は、フランスが砲兵連隊全体を速やかに移したことを地元の怒りを鎮める努力と解釈している。残る地区の占領はその後も数年続き、1930年6月30日に終わった。それはヴェルサイユ条約が当初定めた期限より5年早い終結だった。

取引所仲買人の訴えの背後にあった金融情勢とは

この仲買人の声明は、ムッソリーニがリラ切り上げの運動を始めてから6週間後に掲載された。1926年8月18日、彼はペーザロでの演説で、のちに「クオータ90」と呼ばれる政策を発表し、リラを1英ポンド=92.46リラに固定することを目指した。そこには経済だけでなく政治の命運もかかっていた。ムッソリーニは財務相ジュゼッペ・ヴォルピへの書簡で「政権の命運はリラと結びついている」と書いたが、ヴォルピ自身はこの目標を極端な過大評価と見ていた。残った声明の一節は、職業上の具体的な不満を示している。高額な個人保証金、全財産、そして自らの名に縛られた仲買人たちは、他人の破綻の責任まで負わされることを恐れていた。判読できる部分はリラにも切り上げにも触れておらず、両者の結びつきは時期の一致にとどまる。仲買人自身の言葉は債務不履行に対する自らの責任に焦点を当てており、この声明は切り上げ政策への明示的な論評というより、その背景の中で読むのが適切である。

原文

La premiazione del concorso pel grano

[?] L'on. Mussolini ha vivamente elogiato il Direttorio e il Fascismo modenese e ha concluso dicendo che le doti caratteristiche di ogni camicia nera devono essere tre: coraggio, lavoro, disinteresse. La premiazione del concorso pel grano Il Capo del Governo ha ricevuto nel pomeriggio di oggi il sottosegretario di Stato all'Economia Nazionale on. Peglion, con il quale ha conferito in merito ai lavori del Comitato permanente per il grano, che si prepara a svolgere un importante programma per la intensificazione della cultura granaria in Italia. Si apprende intanto che, allo scopo di esprimere tangibilmente la riconoscenza del Governo Nazionale a coloro che hanno fiancheggiato l'azione ministeriale, intesa ad aumentare la produzione granaria nazionale, l'on. Mussolini premierà, il 10 ottobre, i vincitori del concorso nazionale per il grano. Alo scopo di dare maggiore solennità all'avvenimento e di permettere a numerosi agricoltori italiani di venire a Roma per partecipare a tale festa, il ministro delle Comunicazioni on. Ciano, d'accordo con il Capo del Governo, ha disposto che i partecipanti fruiscano della consueta riduzione ferroviaria. [?]

L'incidente di Germersheim e le trattative franco-tedesche

[?] BERLINO, 29 Il tragico episodio di Germersheim è anche oggi argomento di cronache e di argomenti politici. Alla versione ufficiale tedesca dell'accaduto, che tende a scagionare da ogni provocazione i tedeschi colpiti dalla browning dell'ufficiale francese, l'Agenzia Havas ha subito contrapposto un'altra versione secondo cui l'ufficiale ha sparato per legittima difesa. Non risponde a verità la notizia che l'ufficiale sia stato rimesso in libertà. Il sottotenente, invece, si trova in carcere, e le autorità competenti francesi hanno anche disposto che l'intero Reggimento d'artiglieria cui appartiene il Rouzier, sia allontanato da Germersheim entro domani. Da qui si vede che la Francia vuole evitare il ripetersi di incidenti e dare soddisfazione alla popolazione tedesca locale sempre estremamente irritata. Dimostrazione ostile della folla Ieri, quando il Rouzier uscì dal comando francese, dov'era stato interrogato, fu accolto dalla folla adunata intorno all'edificio al grido di «assassino e bandito», mentre un

Un comunicato degli agenti di cambio

[?] di [?] i [?] titoli, essi non hanno che da temere gli enormi danni che a loro più specialmente derivano, per dover rispondere degli eventuali dissesti altrui con una propria elevata cauzione, con tutto il proprio patrimonio e con il proprio nome». [?]

紙面の出典:Source: Internet Archive

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