Aftenposten
- アメリカの選挙
- デンマークの音楽
- トローネ農場の火災
1926年11月3日のアフテンポステン紙1面は、アメリカの選挙を論じる社説を冒頭に載せた。社説は、アメリカがウィルソン大統領のもとで参戦したころの理想主義が物質主義に置き換わり、人々が好景気を称えてヨーロッパ政治から距離を置こうとしていると論じ、その原因を講和がもたらした失望に求めた。同じ面にはデンマークの作曲家カール・ニールセンが署名入りの寄稿を寄せ、デンマークの音楽はヨーロッパの音楽文化のなかで際立った位置を占めておらず、民俗音楽に深く根ざしてもいなければ芸術音楽の頂点にも達していないと書いた。特電は、トローネ農場の離れ家がマンダルの消防巡査の監督のもとで意図的に焼き払われて灰の山だけが残り、防火シートで守られた母屋は無事だったと伝えた。
翻訳
アメリカの選挙
選挙に関連していま書かれ、語られてきたあらゆるもののなかに、ウィルソン大統領の指導のもとでアメリカが戦争に加わったころにはあれほどアメリカらしかった理想主義を探しても、むなしく終わるだろう。理想主義は物質主義に取って代わられた。至るところで人々は好景気を声高に称え、ヨーロッパ政治という名の蜂の巣に再び巻き込まれずにすむよう願っている。この根本的な変化の原因は、講和がアメリカ人にもたらした数々の失望に求めなければならない。
デンマークの音楽
いまヨーロッパの音楽文化をいわば一望してみるなら、デンマークの音楽が全体としてとくに際立った位置を占めていないという点で、われわれはきっと意見が一致するだろう。デンマークの音楽は民俗音楽やデンマークの民謡に強く根ざしているわけでもなく、芸術音楽の文化の最高段階に達しているわけでもない。
トローネ農場の火災
トローネの離れ家はこれで焼き払われた。火はマンダルから来た消防巡査の監督のもと12時ごろに放たれ、数時間のうちにすべてが終わった。いまは灰の山が残るだけである。風の具合は非常に好都合で、防火シートで守られていた母屋は一瞬たりとも危険にさらされなかった。
解説
1926年の中間選挙と共和党の上院多数の縮小
この社説は、1926年11月に行われたアメリカの中間選挙を受けて書かれた。この選挙は共和党のカルビン・クーリッジ大統領の2期目の半ばに実施され、上院では共和党の多数が7議席減った。共和党は議席を減らしたものの、上院の多数派の地位は保った。抜粋したアフテンポステン紙の社説の一節は議席数に触れず、選挙戦で語られた言葉の調子を論じた。社説は、ウィルソン大統領のもとでアメリカが参戦したころの理想主義と、好景気を称えてヨーロッパの問題から離れていたいと願う当時の世論とを比べた。アメリカ人が講和に失望して内向きになったという見方は、同紙自身の解釈である。資料で確かめられる事実は、クーリッジ大統領の共和党が上院で議席を失いながらも多数派を守ったという点である。
カール・ニールセンとフルート協奏曲のオスロ公演
デンマーク音楽論を寄稿したカール・ニールセンは、この紙面が出た5日後にオスロで自作の新しいフルート協奏曲を指揮した。ニールセンはこの協奏曲を1926年に、コペンハーゲン木管五重奏団でパウル・ハーゲマンの後を継いだフルート奏者ホルガー・ギルベア=イェスパセンのために書いた。協奏曲は1926年10月のパリ初演でおおむね好評を得たが、ニールセンは作曲を期限までに終えられず、仮の終結部をつけて初演に出した。11月8日のオスロ公演では再びギルベア=イェスパセンが独奏を務め、ニールセン本人が指揮を引き継いだ。ニールセンはこの時点でもまだ本来の終結部を書いていなかった。完全な版は1927年1月25日にコペンハーゲンの音楽協会で初めて演奏された。この寄稿は、最新作をノルウェーの聴衆に示そうとしていた作曲家が書いた文章である。デンマークの音楽がヨーロッパで際立った位置を占めていないという評価は、ニールセン自身がアフテンポステン紙の読者に向けて述べた見解である。
ノルウェー初の口蹄疫流行とトローネ農場の焼却
トローネ農場の特電は、建物を計画的に焼き払った様子を伝えている。ノルウェー南岸の町マンダルから来た消防巡査が焼却を監督し、火は12時ごろに放たれ、母屋は防火シートで守られた。抜粋は焼却の理由を記していないが、時期はノルウェーで初めての口蹄疫の流行と重なる。ストーレ・ノルスケ百科事典によれば、ノルウェーの最初の流行は1926年秋にセールランデ地方で起こり、当局が効果的に抑え、流行は1928年春に終わった。同事典は、ノルウェーのように長く口蹄疫のない国では、感染した家畜群を殺処分し、消毒と封鎖を組み合わせると、現在の手法として説明している。ノルウェー語版ウィキペディアによれば、口蹄疫のウイルスは飼料や周囲の環境で1か月ほど感染力を保ち、寒い環境ではさらに長く感染力を保つ。こうしたウイルスの性質を考えると、1926年の当局が汚染された建物を清掃するだけでなく焼却を選んだ理由は理解しやすい。トローネ農場を口蹄疫の流行と結びつける見方は、時期と場所から導いた推定である。抜粋そのものは、監督のもとで行われた焼却だけを記録している。
原文
De amerikanske valg.
Blandt alt hvad der nu har været skrevet og talt i forbindelse med valgene vil man forgjæves søke efter noget av den idealisme, som var saa karakteristisk for Amerika, da det gik med i krigen under præsident Wilsons førerskap. Idealismen er blit erstattet av materialisme. Overalt priser man i høie toner de gode tider og ber sig bevaret for atter at bli blandet ind i det hvepsebol, som heter europæisk politik. Aarsaken til denne radikale forandring maa søkes i de mange skuffelser, som freden bragte amerikanerne.
Dansk musik.
Hvis vi nu likesom tår et overblik over den europæiske musikkultur, kan vi sikkert bli enige om, at i det store og hele har den danske musik ikke nogen særlig markert plas. Den er hverken kraftig betinget av folkemusikken eller de danske folkeviser, ei heller har den naad den kunstmusikalske kulturs øverste trin.
Traanegaardens brand.
Uthuset paa Traane er nu brændt. Ilden blev sat paa ved 12tiden under kontrol av en brandkonstabel fra Mandal, og i løpet av et par timer var det hele gjort. Der er nu bare en askehaug tilbake. Vindforholdene var meget gunstige, og vaaningshuset, som var beskyttet av et brandseil, var ikke et øieblik truet.