The Montgomery Advertiser
- 6つの大競技、フリー・フォー・オール戦に賞金1,500ドル
- 陪審、オクラホマのオセージ族インディアン殺害で2人に有罪評決
- 殺人罪で訴追へ
1926年10月30日付のモンゴメリー・アドバタイザー紙は、アラバマ州品評会の地元記事を載せた。記事は、金曜日が黒人学童のための日に充てられたと伝えた。同紙は、人出が記録的だった木曜日に見劣りせず、黒人館が黒人の出品作を見る客で終日混み合い、約5,000人の黒人学童が来場したと報じた。オクラホマシティ発のAP電は、連邦陪審が牧畜業者ウィリアム・K・ヘイルとカウボーイで農夫のジョン・ラムジーに、オセージ族のヘンリー・ローンを25,000ドルの保険金目当てに殺害した罪で有罪を評決し、終身刑を科したと報じた。同じAP電は、世界で最も裕福な先住民とされたオセージ族が相次ぐ死に恐怖したことも伝えた。オマハ発の短いAP電は、ハロウィーンのいたずらをしていた16歳の少年を射殺した52歳の男が、第一級殺人罪に問われる見通しだと報じた。
翻訳
6つの大競技、フリー・フォー・オール戦に賞金1,500ドル
金曜日も、大勢の人々が品評会場の門から途切れることなく流れ込んだ。人出は、品評会の過去の入場者記録がことごとく塗り替えられた木曜日に十分見合うものだった。金曜日の来場者のかなりの割合は黒人だった。金曜日はこの人種の学童のための日に充てられていたからである。黒人館は一日中、館内の各ブースに展示された黒人の手による作品の数々を見に来た見物人で混み合った。昨夜の公式発表によると、昨日は約5,000人の黒人学童が州品評会を訪れた。……
陪審、オクラホマのオセージ族インディアン殺害で2人に有罪評決
オクラホマ州オクラホマシティ発、10月29日(AP)数カ月にわたり数千ドルを費やした捜査の末、政府は本日、オクラホマ州北部の牧畜業者で、数年前にオセージ族インディアンを恐怖に陥れた殺人共謀の首謀者とされるウィリアム・K・ヘイルの有罪を勝ち取った。「オセージ丘陵の王」として知られるヘイルと、カウボーイで農夫のジョン・ラムジーは、連邦裁判所で陪審により、オセージ族のヘンリー・ローンを殺害した罪で有罪と評決された。政府の主張によれば、ローンは、ヘイルがこのインディアンの命に掛けていた25,000ドルの保険金を受け取れるよう射殺されたのである。陪審は終身刑を科した。オセージ郡では2年のうちに二十人近くが非業の死を遂げた。死が死に続くなか、世界で最も裕福な先住民であるオセージ族は恐怖に陥った。夜間、身を守るために家の周りに電灯を張り巡らせた者もいた。
殺人罪で訴追へ
ネブラスカ州オマハ発、10月29日(AP)52歳のトーマス・セロバックは、16歳のエリック・カルビクを射殺したことで第一級殺人罪に問われる見通しである。カルビクは、昨夜ハロウィーンのいたずらとして[?]の敷地にある離れ小屋を押し倒そうとしていた近所の少年たちの一人だった。セロバックは警察に対し、少年たちを脅かそうとしただけだと語った。少年たちは警察に、セロバックが棍棒を投げつけてカルビク少年に当て、それからリボルバーを発砲したと話した。
解説
ヘイル事件が連邦裁判所で裁かれた理由
AP電はヘイルとラムジーが「連邦裁判所」で有罪とされたと伝えており、この裁判地は法廷での争いを経て決まったものである。合衆国対ラムジー事件の解説によると、2人は1926年にオクラホマ州ガスリーの州裁判所でローン殺害の罪で裁かれたが、陪審の評決がまとまらず審理無効となった。その後、連邦検事は事件をオクラホマシティに移し、連邦の土地での殺人として2人を起訴した。被告側は連邦政府に裁判権はないと主張し、連邦地裁はこの主張を認めた。上訴を受けた連邦最高裁は地裁の判断を覆し、オセージ族の土地はインディアン・カントリーにあたるため連邦政府に裁判権があると判断した。オセージ族は地元の警察からほとんど助けを得られず、その警察は自分たちの利益のために動く有力な白人に支配されていた。この記事が伝えた連邦の評決は、殺人事件を解決できなかった地元当局の外で下されたのである。
連邦捜査官によるヘイル立件の経緯
AP電が伝えた「数カ月にわたり数千ドルを費やした」捜査は、実際には数年前に始まっていた。FBIの沿革によると、オセージ族の部族評議会が連邦政府に捜査官の派遣を求め、新設の捜査局が1923年4月にその請願を受けて捜査官を事件に充てた。この捜査局は、のちのFBIである。トム・ホワイトは4人の捜査官を率い、捜査官たちは保険外交員、牛の買い付け人、石油探鉱者、薬草医に扮して潜入捜査を行った。やがてヘイルのおいが供述を始め、ほかの者も自白した。捜査官たちは、ヘイルが石油の権利を相続するためにアナ・ブラウンとその家族を殺させ、保険金のためにアナのいとこヘンリー・ローンを殺させたことを立証した。捜査局はヘイルがローンに25,000ドルの保険を掛けていたことも突き止めており、この額はAP電が政府の主張する動機として伝えた金額と一致する。
1926年の有罪評決とその後の再審
この記事が伝えた終身刑の評決は最初の連邦評決であり、事件はのちに改めて審理された。事件の経緯をまとめた解説によると、被告らは有罪となって終身刑を言い渡され、ヘイルとラムジーは数日のうちに控訴した。控訴裁判所は、スミス家爆破事件に関する証言がローン殺害とは関係がなく、ヘイルに不当な偏見を与えるものだと判断した。ヘイルとラムジーは1929年にこの殺人の罪で改めて裁かれ、FBIの沿革はヘイルが1929年1月に有罪となって刑務所に送られたと記している。記事の「政府は本日有罪を勝ち取った」という一文は、連邦での審理の最初の段階を伝えたものである。
オセージ族の石油収入と殺害の規模
AP電はオセージ族を「世界で最も裕福な先住民」と呼んでおり、その富は石油から得られたものだった。部族の各成員は共有地の鉱物権に対する受益権を持っていた。部族は1923年の1年間だけで3,000万ドルを超える収入を得た。記事は2年のうちに「二十人近く」が非業の死を遂げたと伝えたが、後の集計はこれよりはるかに多い。後の集計によると、1918年から1931年までに少なくとも60人の裕福な純血のオセージ族が殺害されたと報告されている。AP電の数字は当時の新聞による集計であり、後の集計はより長い期間を対象として犠牲者をおよそ3倍としている。
アラバマ州品評会の黒人館と黒人の日
品評会の記事にある「黒人館」と、黒人学童のために「充てられた」金曜日は、モンゴメリーの品評会で以前から続いていた人種別の仕組みを示している。アラバマ農業協会は、1906年のアラバマ州品評会までに黒人の出品を促し始めていた。この年の黒人館はL字形の建物で、タスキーギ学院の建築家ウォルター・トーマス・ベイリーがブッカー・T・ワシントンの指導の下で設計した。主催者は1906年10月27日を「黒人の日」と定め、ワシントンの演説、競馬、パレードを催した。白人も約1,000人がこの建物を訪れ、建物は品評会の終了後に撤去された。1906年の記録は別棟と別の日を設けた先例を示しており、混み合ったブースや約5,000人の学童という1926年の様子は、公式発表に基づく同紙自身の報道である。
ハロウィーンの離れ小屋倒しと死に至った対応
オマハの少年たちは、古くから続くハロウィーンのいたずらをしようとしていた。20世紀以前の米国とカナダでは、ハロウィーンのいたずらは10月31日に行われ、屋外便所を倒す、農家の門を外す、家に卵を投げつけるといったものだった。歴史家によると、1920年代から30年代には祝い方が騒がしい街頭の宴会に近くなり、破壊行為もより深刻になった。のちに心配した親や町の指導者たちは、子どもたちに菓子を与えて破壊行為を抑えようとし、仮装して菓子をもらう習慣を奨励した。オマハの記事は、ある家の持ち主の対応が死を招いた例を伝えている。記事の中で当事者の説明は食い違っており、セロバックは少年たちを脅かすつもりだっただけだと述べ、少年たちはセロバックが棍棒をカルビクに当ててから発砲したと警察に話した。
原文
SIX GREAT EVENTS WITH $1,500 PURSE FOR FREE-FOR-ALL
Throngs of people continued to pour through the gates of the fair grounds Friday. The crowd was in good proportion to that of Thursday, when all previous records for attendance at the fair were shattered. A large percentage of the visitors at the fair Friday were negroes, Friday having been set apart for the school children of that race. At all hours of the day the negro building was crowded with spectators who came to view examples of the work done by negroes displayed in the booths of their building. It was officially announced last night that about 5, 000 negro school children attended the state fair yesterday. It
JURY CONVICTS TWO FOR OSAGE INDIANS' DEATH IN OKLAHOMA
OKLAHOMA CITY, OKLA.. Oct. 29 - (AP) - After months of work in which thousands of dollars was spent, the government today convicted William K. Hale, northern Oklahoma cattle man and alleged leader of a murder conspiracy that struck terror into the Osage tribe of Indians several years ago. Hale, known as the " king of the Osage Hills, " and John Ramsey, a cowboy farmer, were found guilty by a jury in federal court on a charge of slaying Henry Roan, an Osage, who was shot to death, the government charged, so that Hale could collect $ 25, 000 insurance which he carried on the Indian's life. The jury imposed life sentences. Nearly a score of persons met violent deaths in the Osage county within the space of two years. As death followed death, the Osages, the richest aboriginal people in the world, became terrorized. Some strung electric lights about their homes at night for protection.
FACES MURDER CHARGE
OMAHA, NEB., Oct. 29. - (AP) - Thomas Cerovac, 52, will be charged with first degree murder as the result of shooting to death Erik Kallvik, 16, one of a group of neighbor boys who were attempting to push over an outbuilding on the [?] premises last night as a Halloween joke. Cerovac told the police he was only attempting to scare the boys. The boys told police Cerovac threw a club that struck young Kallvik, then fired his revolver.
紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料