新聞を読み込んでいます… / Loading the edition…

· ジュネーヴ(スイス) · フランス語

Journal de Genève

1926年10月30日付のジュルナル・ド・ジュネーヴは、ベルンの社会主義指導者ロベルト・グリムへの反論を一面に載せた。J. M.の署名入り論説は、編集部員がレジオン・ドヌール勲章の略綬を持っているとするグリムの記述を誤りだと退け、国民議会議長へのグリムの立候補に反対する権利を主張した。V. B.の署名入りコラムは、間近に迫った宗教改革記念祭がジュネーヴのプロテスタントにとって持つ意味を論じた。無署名の記事は、国際連盟事務局があらゆる問題を実務的かつ技術的に扱う姿勢を評価し、連盟と新聞の関係を取り上げた。

翻訳

離縁

グリム氏の我々に対する激昂はすさまじく、彼は自身の『ベルナー・タークヴァハト』紙で、わずか数行のうちに言葉の数と同じだけの誤りを積み重ねている。一例だけ挙げれば、彼はジュルナル・ド・ジュネーヴの編集部にフランスのレジオン・ドヌール勲章の略綬を気前よく配っているが、我々のうち誰一人としてそれを持っておらず、それを得ようという野心を抱く者もいない。しかも、この架空の略綬を理由に、彼は我々が国民議会議長への彼の立候補に反対する権利を否定するのである!

宗教改革記念日に寄せて

改革派の諸教会は宗教改革記念祭を祝う準備を進めている。今日のジュネーヴのプロテスタントにとって、この毎年の記念行事は、彼らの信仰上の祖先が成し遂げた力強い努力を思い起こさせる。祖先たちは、旧来の教会に入り込んでいた悪弊と決別し、ヴェールのように福音を覆っていた「作り話やその他の人間の作り事」を取り除いて、その福音を礼拝の基礎に据え直した。そして、新しい翻訳によって万人の手に届くものとなったこの福音の掟のもとで生きることを誓ったのである。

国際連盟と新聞

国際連盟事務局は、純粋に学術的な作業を本能的に嫌う。事務局の手にかかると、あらゆる問題が実務的かつ技術的な様相を帯びる。国際連盟の反対者たちがこれまで連盟に向けてきた非難のうち、最も不当なのは間違いなく、連盟が現実を顧みず理論に浸っているとする非難である。

解説

ロベルト・グリムとベルナー・タークヴァハト紙、1918年のゼネスト

論説「離縁」が相手にしたロベルト・グリムは、スイス労働運動で最も重要な人物の一人とされる。グリムは1909年に『ベルナー・タークヴァハト』の編集長となり、同紙を労働者階級の闘争紙に変えた。ジュルナル・ド・ジュネーヴによれば、グリムはこの新聞でジュネーヴの編集部を攻撃した。グリムは1918年にオルテン行動委員会の委員長を務め、1918年11月12日から14日までの全国ゼネストを組織する原動力となった。ボリシェヴィキの影響も政府転覆の計画も委員会について立証されなかったが、裁判所はグリムと委員会の仲間2人に、反乱扇動の罪でそれぞれ6か月の禁錮刑を言い渡した。ジュルナル・ド・ジュネーヴがグリムの国民議会議長への立候補に反対する権利を主張した背景には、こうした経歴があった。

フランス語圏スイスから見たゼネスト

1918年11月のゼネストは近代スイス連邦国家の最大の危機とされ、その意味づけは当初から争われた。フランス語圏スイスの疑念はストライキの前から始まっていた。ロマンディの新聞は1918年春の時点で、オルテン行動委員会をすでに「オルテンのソヴィエト」と呼んでいた。ジュルナル・ド・ジュネーヴの1926年の論説も、ブルジョワ層がグリムに抱いたこの不信の流れに属している。ただし、抜粋の中で同紙が主張している内容はもっと限られている。同紙は、編集部員がフランスの勲章を持っているというグリムの具体的な非難を退け、グリムの立候補に反対する権利を主張している。

1926年、グリムの国民議会議長就任に反対した運動

グリムが1926年に初めて国民議会議長に立候補すると、右派勢力はグリムに対して大規模な反対運動を起こした。この運動から生まれた長く影響を残した文書の一つが、軍事評論家ポール・ド・ヴァリエールの小冊子『1916年から1919年のスイスにおける革命騒擾』である。この小冊子は、グリムの選出を阻むための運動に関連して、1926年に初めて刊行された。10月30日付のジュルナル・ド・ジュネーヴの論説はこうした空気の中で書かれた。同紙の記述によれば、グリムは公然と自分に反対する新聞に怒りを向けたのである。グリムはこのとき議長の座に就かなかった。グリムが国民議会議長になったのは1946年であり、そのときには右派の多くもグリムに票を投じた。

国際連盟事務局とジュネーヴの記者たち

無署名の記事は国際連盟事務局を理論より実務を重んじる組織として描いており、連盟自身が1920年代に作った広報資料からは、それが新聞にとって何を意味したかがわかる。事務局の情報部は、ジュネーヴに常駐する約100人の国際記者と、特別会合のたびに訪れる300人から400人の記者が毎日使えるように、コミュニケや声明、議題の要約を発行していた。この記事が出た翌年の1927年、連盟理事会はジャーナリスト団体と協議したうえで新聞専門家会議を招集し、国際的な関心を集める新聞の技術的問題を討議させた。1927年8月のこの会議には122人の専門家が参加した。事務局を称賛しているのは記事自身の判断である。一方で、この会議は、連盟がその後実際に新聞の要望を国際協力の技術的な課題として扱ったことを示している。

原文

Un divorce

La fureur de M. Grimm contre nous est telle qu'il accumule en quelques lignes, dans sa Berner Tagwacht, autant d'erreurs que de mots. Pour ne citer qu'un exemple, il fait, à la rédaction du Journal de Genève, une ample distribution de rubans de la Légion d'honneur française, alors que pas un seul d'entre nous ne le possède et qu'aucun n'a l'ambition de l'obtenir. Et, à cause de ces rubans imaginaires, il nous dénie le droit de combattre sa candidature à la présidence du Conseil national!

A propos de l'anniversaire de la Réformation

Les Eglises réformées s'apprêtent à célébrer la Fête de la Réformation Aux protestants genevois d'aujourd'hui, cette commémoration annuelle rappelle l'effort puissant que leurs ancêtres religieux ont accompli en rompant avec les abus qui s'étaient introduits dans l'ancienne Eglise, en replaçant à la base du culte l'Evangile, débarrassé des «fables et autres inventions humaines» qui l'enveloppaient comme d'un voile, et en s'engageant à vivre sous la loi de cet Evangile, que des traductions récentes avaient mis à la portée de tous.

La Société des Nations et la presse

Le secrétariat de la Société des nations a une horreur instinctive pour le travail purement académique. Entre ses mains, toutes les questions prennent un aspect pratique et technique. Parmi tous les reproches qu'ont faits à la Société des nations ses adversaires, le plus injuste est certainement celui qui consiste à dire qu'elle méconnaît les réalités et se complaît dans la théorie.

紙面の出典:Source: Le Temps archives / Journal de Geneve

万国一面について →

本日の新聞一覧

街を巡る ↑
100%
原紙を拡大して読む

つまんで拡大 · 指で紙を動かす