新聞を読み込んでいます… / Loading the edition…

· ジュネーヴ(スイス) · フランス語

Journal de Genève

1926年10月28日付のジュルナル・ド・ジュネーヴ第1面は、W. M.の署名入り論説で中国の内戦をヨーロッパの読者に説明しようとした。論説は、中国の領土が五つの軍と五人の将軍に分かれていると述べ、軍はいくつかの地点を占めるだけで、将軍たちは徴発と課税と略式の裁きのほかはほとんど統治していないと論じた。R. P.の署名がある記事は、連邦の財政をなお楽観できるとする一方で、理事会が連邦鉄道の状況をきわめて深刻と判断し、ハープ氏の予測を裏づけたと伝えた。スペイン発の通信員の手紙は、検閲とうわさが報道を難しくし、とりわけ砲兵たちの動き以来うわさ話と地下のビラが世間の好奇心をあおり、民衆が政府の否定発表をかえって確認と受け取っていると報じた。

翻訳

中国の諸軍

中国の情勢は、込み入ってはいるものの、ヨーロッパ人の頭が単音節の言葉を受けつけず、われわれの耳が中国の名前を覚えようとしないのでなければ、理解するのはたやすいはずである。したがって、中国で起きていることをつかむために最初にすべきことは、この言葉の上の困難を乗り越えることである。第二に、中国の領土が五つの軍に分割され、五人の将軍によって統治されているとしても、この占領とこの統治はヨーロッパにおける場合のような性格をもたないことを思い起こさねばならない。軍はいくつかの地点を占めているにすぎない。将軍たちはほとんど統治をしていない。彼らは徴発を行い、税を取り立て、ときに略式の裁きを下すだけにとどまっている。

暗い見通し

予算にはなお赤字が出ているが、それでも連邦の状況は楽観的に見ることができる。一方、連邦鉄道の状況は、もっともな懸念を呼び起こしている。理事会はこの状況をきわめて深刻と判断し、それによって、官吏の身分規程をめぐる審議の中でハープ氏が行った予測を裏づけた。

スペインからの手紙

スペインの新聞が置かれている検閲体制と、政治情勢をめぐって飛び交うあらゆる種類のうわさのために、報道の仕事はますます難しくなっている。「…だそうだ」という話と地下のビラが、とりわけ砲兵たちの動き以来、世間の好奇心の糧になっている。政府はときおり、半官的な発表によってこうしたうわさをすべて否定せざるをえなくなる。しかし民衆の判断は、こうした否定の中に確認しか見ない。

解説

1926年の中国を分け合っていた勢力

W. M.の論説は、中国の領土が五つの軍と五人の将軍に分かれていると述べている。訳出した部分の論説は、その軍や将軍の名前を挙げていない。歴史研究によれば、1926年には広州の国民政府に敵対する軍閥の大きな連合が三つあった。呉佩孚の軍は湖南北部、湖北、河南を占めていた。孫伝芳は江蘇、浙江、福建、安徽、江西に支配を広げ、最盛期には20万人を超える軍を率いていた。最も強力な連合を率いた張作霖は、北京政府と奉天派の首領として満洲、山東、直隷を支配していた。これらに加えて、国民党自身の国民革命軍と、直隷派から分かれて国民党に好意的だった国民軍が存在し、国民軍は北京近くで呉佩孚の軍と戦っていた。論説に添えられた地図は、各地域に「FENG」「TCHANG」「OU」「SUN」「CHANG」と記している。これらは、張作霖とともに直隷派から北方の諸省を奪った国民軍の馮玉祥、張作霖、呉佩孚、孫伝芳、蒋介石を指している。論説のいう五人の将軍は、これらの勢力の指導者である。

1926年10月の北伐の戦況

この論説は、北伐が大きく動いていた時期に掲載された。北伐は、蒋介石が国民革命軍の総司令の職を受けた1926年7月9日の式典で正式に始まった。武昌の城内に残った呉佩孚の部隊は1か月以上持ちこたえたが、国民革命軍は10月10日に武昌を落とした。国民革命軍の部隊は同じ10月に漢口のイギリス租界に入った。孫伝芳との戦いでは、国民革命軍は前進と後退を繰り返した。国民革命軍は江西で前進したものの、孫伝芳が9月21日に南京から援軍を率いて到着すると退却を強いられた。孫伝芳の軍は10月23日までに浙江の反乱を鎮圧し、この鎮圧はこの号が印刷される数日前の出来事だった。前線がこのように行き来していたことは、軍が領土全体ではなく特定の地点を占めているだけだという論説の指摘と合っている。

連邦鉄道の財政が懸念された理由

R. P.の記事は、赤字を残しながらも楽観できる連邦の予算と、理事会がきわめて深刻と判断した連邦鉄道の状況とを対比している。記事はこの判断を、官吏の身分規程をめぐる審議でハープ氏が示した予測と結びつけている。訳出した部分の記事は、具体的な数字を示していない。連邦鉄道の歴史を見ると、その会計が長く懸案だったことがわかる。連邦鉄道は戦間期に管理組織を集中させ、理事の数を4分の3減らし、総局長の数を半分にした。連邦鉄道は不安定な経済と増え続ける債務を抱えながら電化を進め、自前の発電所を建設した。連邦は1944年の連邦鉄道法によって、1回限りの債務軽減と基本資本の創設と再建策を認めた。1926年の警告は、第二次世界大戦中まで片がつかなかった鉄道債務の長い時期の初めに出たものである。

1926年の砲兵隊とプリモ・デ・リベラの対立

スペイン通信の筆者は、読者が「砲兵たちの動き」を知っていることを前提にしている。この動きは昇進制度をめぐる争いから生まれた。プリモ・デ・リベラの独裁政権は、年功だけでなく功績にも基づく開かれた昇進制度を導入し、砲兵隊はこの制度に強く反対した。1926年6月9日の政令は全軍の昇進制度を一本化し、砲兵隊の将校たちはこの政令に反対した。同じ1926年6月に失敗した独裁打倒の陰謀はサンフアナーダと呼ばれ、この陰謀に加わった将校の大半は砲兵隊の出身だった。プリモ・デ・リベラは1926年9月に砲兵隊の全将校を停職にし、のちに砲兵隊そのものを解散した。手紙が伝えるうわさと地下のビラは、独裁者と陸軍の一兵科全体とのこの対立から数週間後に広まっていた。

独裁政権の非公式発表と新聞統制

スペイン通信が触れる半官的な発表は、独裁政権が実際に使っていた手段である。サンフアナーダが失敗したあと、スペインの新聞は1926年6月26日に、政府が事件についての見解を示した非公式発表を掲載した。この発表は陰謀の参加者を少数の者として描き、スペインの圧倒的多数が日々現体制と政府への愛着を示していると主張した。通信員によれば、民衆はこの種の否定発表をかえって確認として受け取っていた。新聞への統制はその後さらに強まった。1929年1月のクーデター未遂のあと、政府は国内のすべての新聞に紙面の6分の1を政府用に割くよう義務づけた。通信員が1926年に訴えた検閲は、独裁政権がその後さらに強めていく仕組みの一部だった。

原文

Les armées chinoises

La situation de la Chine serait, malgré ses complications, facile à comprendre, si les esprits européens n'étaient réfractaires au monosyllabisme et si nos oreilles ne se refusaient à enregistrer les noms chinois. La première chose à faire, pour saisir ce qui se passe en Chine, consiste donc à surmonter cette difficulté verbale. En second lieu, il faut se rappeler que si le territoire chinois est divisé entre cinq armées et administré par cinq généraux, cette occupation et ce gouvernement n'ont pas le caractère qu'ils auraient en Europe. Les armées n'occupent que certains points. Les généraux n'administrent guère. Ils se bornent à faire des réquisitions, à lever des impôts et parfois à rendre une justice sommaire.

Sombres perspectives

Si, malgré le déficit qu'accuse encore le budget, on peut considérer avec optimisme la situation de la Confédération, celle des C. F. F., en revanche, suscite des craintes justifiécs. Le conseil d'administration l'a jugée très sérieuse, confirmant ainsi les prédictions faites par M. Haab au cours des débats sur le statut des fonctionnaires.

Lettre d’Espagne

Le régime de censure auquel la presse espagnole est soumise et les bruits de toute espèce qui circulent concernant la situation politique rendent de plus en plus difficile le travail d'information. Les «on dit» et les feuilles clandestines nourrissent la curiosité publique, surtout depuis le mouvement des artilleurs. Le gouvernement se voit de temps en temps obligé de démentir tous ces bruits par des notes officieuses; mais le jugement populaire ne voit dans ces démentis que des confirmations.

紙面の出典:Source: Le Temps archives / Journal de Geneve

万国一面について →

本日の新聞一覧

街を巡る ↑
100%
原紙を拡大して読む

つまんで拡大 · 指で紙を動かす