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この日に発行された世界の新聞15紙の一面を、翻訳と解説で読めます。

Evening Star

ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語

イブニング・スター紙は1926年10月28日付の紙面に、AP通信の記事3本を載せた。セントルイスの上院選挙資金委員会では、インディアナ州の元クラン会員ジョージ・W・マイヤーズが、クランの法律顧問長ウィリアム・F・ザンブランはワシントンでの議会工作担当者だと証言した。マイヤーズは、ザンブランが移民制限や教区学校の廃止、上院議員の議席承認といった案件を扱っていたと述べた。同紙はイリノイ州南部から、フランクリン郡当局がシェルトン一味に郡外退去を命じたことと、約15人の一団がバーガー派の出入りするロードハウスを機関銃で撃って焼き払ったことを報じた。同紙はロンドンから、マンスフィールド・ロビンソン博士が72セントを払い、「既知の言語ではない」2語のメッセージを火星へ送らせた話を伝えた。

The Montgomery Advertiser

モンゴメリー(アメリカ) · 英語

1926年10月28日付のモンゴメリー・アドバタイザー紙は、アラバマ州フェアの郡別展示でテネシー川流域のモーガン郡が前年に続いて1位になったことを一面の大見出しで伝え、2位のバトラー郡から8位のライムストーン郡までの順位を並べた。同じ紙面はニューヨーク発のAP電で、1級鉄道会社約185社のうち33社の9月の純営業収入の合計が前年同月比で6%増えたことと、ゼネラル・モーターズの9か月間の収益が記録を破ったことを報じた。シカゴ発のAP電は、100万ガロンを超える聖餐用ワインの不正な引き出しをめぐり、元イリノイ州禁酒取締局長パーシー・オーウェンと州上院議員ローウェル・B・メーソンの連邦公判で「手はず」と収賄についての証言が出たことを伝えた。この読み取りではこの3本の記事を訳し、解説では郡別展示の背景とクーリッジ時代の好況を取り上げた。

Vossische Zeitung

ベルリン(ドイツ) · ドイツ語

1926年10月28日付のフォス新聞は、イタリア大使がブリアンを訪ねた後、ケ・ドルセーがブリアンとムッソリーニの直接会談を当面ないものと説明したとパリから伝えた。同紙によれば、フランス外務省はイタリアとの関係の最終的な整理をまだ時期尚早とみなし、タンジール規約の改定は署名国間の交渉で扱うべきだと主張したが、後の会談の可能性は残した。ベルリンについて同紙は、各地の政治的催しから戻ったレーベ国会議長が、翌週始まる国会会期の準備を同紙の議会担当記者に語ったと報じた。ローマについて同紙は、ファシスト系各紙がローマ進軍4周年の回顧記事で埋まり、ムッソリーニが演説を禁じてファシスト向けのメッセージの朗読だけを命じたと伝えた。

Le Figaro

パリ(フランス) · フランス語

1926年10月28日付のフィガロ紙の第1面には、二人の公人を描いた署名記事と、パリの街頭の新しい試みを皮肉るコラムが並んだ。ポール・ド・カサニャックは、レティシア・ボナパルト王女を、容姿、物腰、知性と心のすべてにおいてナポレオン一族を体現した人物として称えた。リュシアン・ロミエは、アルフレッド・マスキュローを、決定的な場面で小規模・中規模の商人層を左派へ引き寄せ、オポルチュニストの後に続いた急進派の長期政権を支えた舞台裏の人物として描いた。レジス・ジニューは、公定価格での販売を強いられた行商人に荷車の梶棒や荷箱や車輪を広告用に貸し出すことを警視総監が認めた措置を皮肉った。

Neue Freie Presse

ウィーン(オーストリア) · ドイツ語

1926年10月28日付のノイエ・フライエ・プレッセは、戦債、軍備撤廃外交、バルカンの強盗事件を並べて伝えた。フランスの政治家ルイ・ルシュールは署名入りの論説で、フランスの実情と支払能力を顧みずに作られた債務協定にフランスは署名できないと論じた。ルシュールは、アメリカの財務長官メロンがフランスに帰化して財務大臣になり、トランスファー問題に苦しむという夢の話も書いた。特派員電は、大使会議が軍備撤廃問題でドイツ政府に新たな申し入れをする見込みは薄く、連合国間管理委員会のワルシュ将軍が新たな指示を受けるためパリに呼ばれると報じた。別の特派員電は、スヴィレングラド近くで強盗団がフランス人技師ピエール・ベルモンと妻、息子を殺害し、御者に重傷を負わせ、持ち物を奪って逃げたと伝えた。

L’Écho d’Alger

アルジェ(アルジェリア) · フランス語

この日のアルジェの日刊紙の一面には、植民地の行政、国際金融、大統領の儀礼行事の記事が並んだ。アルジェ県議会はデュルー上院議員を議長として開かれ、地元の憲兵隊のための予算を可決した。議会は、ブーザレアの憲兵隊兵舎に使う建物の購入費の第1回分として5万5000フランを、シディ・アイッサの憲兵隊の備品費として2000フランを認めた。パリ発の記事は、プティ・パリジャン紙のニューヨーク電を引き、ベルギー・フラン安定化のための5000万ドルの借款が売り出し当日の午前10時30分までに全額の応募を集めたと伝えた。同紙によれば、借款を発行したのはモルガンとギャランティ・カンパニーが率いる米国銀行団だった。ランブイエ発の短い記事は、ドゥメルグ氏がランブイエの猟場で狩猟会を催したと報じた。この記事は紙面の途中で切れており、招待客を示す語は「Corps di」で途切れていたが、ほぼ確実に外交団を指す語だった。

La Tribune de Madagascar

Madagascar · フランス語

この版は1926年10月28日付『ラ・トリビューン・ド・マダガスカル』の三つの記事を読む。外国人と税をめぐる記事は、ある議員の法案が先行する二つの提案に応じたものだったと伝えた。ファルコとアンドレ・エスは滞在期間に応じた入国税を強い外貨で納めさせる案を出し、フォンジェールは20日を超えて滞在する外国人に20フランを課す案を出していた。牛乳問題の論説は、人口7万のタナナリヴで市当局が牛乳の品質を検査していないと非難した。論説は、牛乳が乳幼児やマラリア、赤痢、肝臓病に苦しむ植民地在住者に欠かせないと訴えた。T.C.E.線についての短信は、乗客が荷物の積み込みを自分で確かめなければならない状況を報じ、終着駅に執達吏を常駐させる案を紹介した。

L’Écho annamite

サイゴン(現ベトナム) · フランス語

1926年10月28日付の『レコー・アナミット』一面は、政治と歴史と地方の話題を並べた。アルファの署名コラムは、新聞の自由を求める運動を振り返った。このコラムは、約十年前の『トリビューン・アンディジェーヌ』創刊に始まる運動から、1925年11月にヴァレンヌ総督へ出された要望書、さらに去る3月に青年安南党の集会のあとサイゴン控訴院にまで届いた同じ要求までをたどった。別の寄稿者は、1863年11月5日にテュイルリー宮殿でファン・タイン・ザン使節団が受けた謁見について安南側の公式記録を転載すると予告し、ラングロワとセニョボスの歴史方法論の本を読者に勧めた。フエ発の記事は、水に浸かった都をにぎやかなヴェネツィアになぞらえ、荒廃と死をもたらすトンキンの洪水と対比して伝えた。

Journal de Genève

ジュネーヴ(スイス) · フランス語

1926年10月28日付のジュルナル・ド・ジュネーヴ第1面は、W. M.の署名入り論説で中国の内戦をヨーロッパの読者に説明しようとした。論説は、中国の領土が五つの軍と五人の将軍に分かれていると述べ、軍はいくつかの地点を占めるだけで、将軍たちは徴発と課税と略式の裁きのほかはほとんど統治していないと論じた。R. P.の署名がある記事は、連邦の財政をなお楽観できるとする一方で、理事会が連邦鉄道の状況をきわめて深刻と判断し、ハープ氏の予測を裏づけたと伝えた。スペイン発の通信員の手紙は、検閲とうわさが報道を難しくし、とりわけ砲兵たちの動き以来うわさ話と地下のビラが世間の好奇心をあおり、民衆が政府の否定発表をかえって確認と受け取っていると報じた。

Politika

ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl

1926年10月28日付『ポリティカ』紙は、経済コラム、歴史記事、噂話欄の記事を載せた。署名コラムで筆者ドクトルM・Lは、ハンガリー側がユーゴスラヴィアと西欧のあいだの経済的仲介者になりたいと表明した声明を紹介した。ハンガリー側はその理由として、西欧の経済中心地との古い結びつきとユーゴスラヴィア市場への精通を挙げたと、コラムは伝えた。ハンガリー側はさらに、西欧からバルカンへの最短路も西欧資本の流れもハンガリーを通ると主張したと、コラムは報じた。「1903年5月29日を前に」と題する歴史記事は、日本との戦争を予期したロシアが、列強の利害がボスポラス海峡とコンスタンティノープルにまで及ぶバルカンで行動の自由を望んだと論じた。イビスの署名がある噂話欄「巷で何が語られているか」は、英国・ユーゴスラヴィア系のクラブの会員が乞食と病気の百万長者のどちらがよいかを議論したという冗談を載せた。

Aftenposten

オスロ(ノルウェー) · ノルウェー語

1926年10月28日のアフテンポステン紙は短い記事を3本載せた。紙面は、オスロ市参事会が市の砕氷船「イスビョルン」号を国に貸し出すことを全会一致で決めたと伝えた。同紙によれば、ホエル助教授がストレム市理事と細部を詰め、港湾委員会が賃貸条件を定め、同船は8日以内にスヴァールバルへ向かう予定だった。別の記事は弁護士の説明として、シャーニングが故ロベルト・コレットの名誉を守るため、『ノルウェーの鳥類』の編者オルヤン・オルセンを剽窃と文学上の窃盗で非難した経緯を伝えた。石炭事情の記事は、メーレ県の航路会社が在庫から1800トンを漁船団専用として県内の漁業者に回し、さらに2000トンがスヴァールバルからオーレスンへ送られると報じた。

Leidsch Dagblad

ライデン(オランダ) · オランダ語

1926年10月28日付のLeidsch Dagblad紙は、カトウェイクの漁船KW 152の犠牲者遺族に寄せられた寄付の追加名簿を載せた。抜粋に見える寄付は個人の1.50ギルダーから、建設労働者組合ノールトウェイク支部の7ギルダーまでに及んだ。同紙はライデン区裁判所の刑事法廷に21件が予定されていたことを報じ、最初の被告が労働評議会議長の証言を受けて、労働違反で罰金5ギルダーか拘留5日を言い渡されたと伝えた。同紙はまた、フェイレン=ファールスの新しいセメント工場で労働者が駆動ベルトに巻き込まれて重傷を負い、臨終の秘跡を受けたあと自動車で病院へ運ばれたと報じた。

Le Petit Matin

チュニス(チュニジア) · フランス語

1926年10月28日付の『ル・プティ・マタン』は、ポール・ラフィットの署名コラムを載せた。コラムは、アルジェリア農業者総連合が1927年10月に北アフリカ水利会議を小麦会議や綿花会議とともに開く計画を紹介した。ラフィットは主催団体が目先の利益を超えた問題に取り組む姿勢をたたえ、チュニジアはアルジェリアだけでなく占領の新しいモロッコにも劣る三番手に終わり、とりわけ水政策で見劣りすると予言した。パリ発の記事は、占領地域への頻繁な旅行で疑いを招いたPLM鉄道の三十六歳の職員モーリス・シャルトンが、東駅でケルン行きの急行に乗る直前に逮捕されたことを伝えた。短いスポーツ記事は、ドイツ・テニス連盟の国際テニス連盟への再加盟を求める動議を伝え、ドイツが国際連盟に加わった以上ドイツ選手は国際大会に復帰できるという英国連盟の見解を報じた。

Crítica

ブエノスアイレス(アルゼンチン) · スペイン語

1926年10月28日付のクリティカ紙は、石炭をめぐる海外電報を中心に伝えた。アウストラル通信のロンドン発電報は、炭鉱ストライキが長引くなか、英国の有力な金融家と実業家が鉱業を支えるための民間借款を計画していると報じた。この記事の本文は、ストライキが国家に与える影響に触れたところで途切れていた。AP通信のブリュッセル発電報は、ベルギーの炭鉱労働者と鉱山所有者が十二月一日から賃金を五パーセント引き上げることで合意したと伝えた。同じ会議は労働時間を半時間延ばす要求の決定を先送りし、議長は石炭不足の原因が英国のストライキにあると述べた。ボリビア発の電報は、カーチス機がサンタクルス、トリニダード、リベラルタを経てコチャバンバからラパスまで飛ぶ予定だと報じた。この電報は、途中の森林地帯にはエンジンが故障しても着陸できる場所がないと伝えた。

Il Piccolo

Italy · イタリア語

トリエステのイル・ピッコロ紙は、ローマ進軍の記念日に合わせ、「新しいイタリア」をたたえる社説を巻頭に掲げた。社説は、かつてない国際的名声、首相のもとに結束した国民、平定された海外領土、地中海とヨーロッパにおけるイタリアの宿命的な役割を並べた。パリ発の記事は、アヴェッツァーナ大使とブリアンの会談がイタリアの植民地構想を扱い、シリアが絡む可能性があると、慎重な伝聞の形で伝えた。同じ記事は、フランスが北アフリカの領有地を議論に含めずに対伊関係の改善を図るとの見方を伝えた。別の記事は内務省の統計を紹介し、居酒屋と安酒場が1915年の146,768軒から1925年の106,414軒に減ったと報じた。

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