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· サイゴン(現ベトナム) · フランス語

L’Écho annamite

1926年10月27日付の『エコー・アンナミット』紙は、V・Gの署名コラムを紙面の冒頭に載せた。V・Gは、安南人民進歩連合の結成を論じた『サイゴン・レピュブリカン』紙の記事に応え、過去の経験から悲観論にも理由があると認めながら、民族主義が目覚めつつあるのかという問いに「そうだ!」と答えた。編集部の注記は、トンキン水害の慈善夜会のためにトアン夫人にドレスの貸し出しを頼んだのは自分ではないというアンザン・スポーツ会長の否定を受け入れ、会長の肩書きを名乗った何者かのいたずらだと推測した。短い報道記事は、サイゴンのデュラントン小路で十人ほどのティライユール兵と三人の砲兵が衝突した事件を伝え、その原因を近くの娼家をめぐる争いだと推測した。

翻訳

安南人民進歩連合について

地元の新聞をすべて読む暇がないため、私が『サイゴン・レピュブリカン』紙の安南人民進歩連合の結成に関する記事に気づいたのは、『エコー・アンナミット』紙においてであった。私はその記事を批判するつもりはない。筆者の悲観論は、不幸にも、過去の教訓によって裏づけられているからである。いずれにせよ、私はその記事のいくつかの箇所から思い浮かんだ考えを述べることにする。アルファ氏は、改革の風がインドシナ全土に吹いていると述べたあとで、「では民族主義が目覚めつつあるのか。これは新しい時代の兆しなのか」と問うている。これに対して、私ははっきりと答える。そうだ!

ドレス、スポーツ、演劇、そして水害

アンザンの会長は、自分が会長を務める協会の名において、トンキンの水害被災者のために催される夜会用にドレスを貸してほしいとトアン夫人に頼んだことは一度もないと断言している。われわれも会長の言葉を信じる。そこでわれわれは、何者か質の悪いいたずら者がアンザン・スポーツ会長という肩書きを不当に名乗り、トアン夫人に、周知のあのひどいいたずらを仕掛けたのだろうと推測する。フイン・ヴァン・チン氏自身の言によれば、同協会の会員たちは自分たちの会長の存在をないものとみなすという困った習慣を身につけてしまっているのだから、なおさらである。このいたずら者が誰であれ、その者は正直な人々から褒められることのない行為をしたのである。

サイゴンの流血劇

一昨日の午後七時十五分ごろ、デュラントン小路で、十人ほどのティライユール兵が砲兵隊に属する三人の同郷人と衝突した。原因は何か。それはまだわかっていない。いずれにせよ、近所には「もてなしの家」が何軒かあった。そこから、軍神マルスの弟子たちは金で身を売るヴィーナスの娘たちをめぐって争ったのだと推測されている。

解説

ヴァレンヌ総督の改革、アンナン人民代表院、パスキエの総督代理

V・Gは、改革の風がインドシナ全土に吹いているというアルファ氏の前提を受け入れて論を進めている。1925年からインドシナ総督を務めていたのは、フランスの政治家でジャーナリストのアレクサンドル・ヴァレンヌであり、ヴァレンヌは1928年までその職にあった。ヴァレンヌは在任中の1926年2月24日に政令を出し、アンナン人民代表院を設けた。この代表院はアンナン保護国の植民地政府に助言する諮問機関であり、1926年から1928年まで反植民地運動の有力者フイン・トゥック・カンが議長を務めた。代表院は諮問の権限しか持たず、この新聞が発行されたコーチシナではなくアンナンを対象としていたが、この年に始まった限られた代表制度の一つであり、サイゴンの論者が民族主義の目覚めを語った時期の状況を示している。このコラムが掲載された時点で、ヴァレンヌは任地を離れていた。1926年10月から1927年5月まではピエール・パスキエがヴァレンヌの臨時の代理として総督を務めており、1926年10月下旬に生まれた安南人の新団体は代理の政府と向き合うことになった。V・Gの「そうだ!」という答えは民族の気運についての筆者自身の判断を示すものであり、当局が進歩連合をどう扱ったかを記録したものではない。

『エコー・アンナミット』紙とインドシナ立憲党

V・Gは、『サイゴン・レピュブリカン』紙の記事に気づいたのは自分の反論が載る『エコー・アンナミット』紙を通じてであったと書いている。『エコー・アンナミット』紙は、ジャーナリストのグエン・ファン・ロンが1920年に創刊した自由主義系の新聞である。ロンはそれ以前の1917年から『トリビューン・アンディジェーヌ』紙で働いていた。ロンはまた、1923年に結成されブイ・クアン・チエウが率いた民族主義政党であるインドシナ立憲党の副党首を務めた。したがってこのコラムは、組織された民族主義政党の指導部に属する人物が創刊したフランス語紙に掲載されたことになる。コラムの論調もこの事情に合っている。V・Gは過去の経験が悲観論に理由を与えたと認めながら、新しい安南人の団体の結成を取り上げ、民族主義が目覚めつつあるとはっきり肯定した。

植民地軍のティライユール兵

デュラントン小路の乱闘では、十人ほどのティライユール兵が砲兵隊に属する三人の「同郷人」と争った。つまり、別々の兵科でフランスに仕える現地出身の兵士同士が衝突したのである。インドシナ人ティライユール部隊はベトナム語でリン・タップと呼ばれ、フランス植民地当局が1880年3月15日にまずベトナムで編成を始めた現地人歩兵の連隊群である。こうした連隊はトンキン、アンナン、カンボジアの各地域で創設された。兵士たちはフランス海兵歩兵、のちの植民地歩兵から出向した将校の指揮を受け、その指揮のもとで有能な部隊になった。ただし創設当初には、ティライユール兵は脱走しやすいという非難がしばしば向けられていた。記事は兵士たちが争った理由を確かめていない。マルスとヴィーナスを持ち出した擬古的な説明は、近所に「もてなしの家」があったという事実だけから記者が引き出した推測である。

原文

A propos de l'Union progressiste du peuple annamite

N'ayant pas le loisir de lire tous les journaux locaux, c'est seulement dans l'Echo Annamite que je me suis aperçu de l'article de Saigon Républicain concernant la formation de l'Union progressiste du peuple annamite. Je ne le critiquerai pas, car le pessimisme de son auteur se trouve, par malheur, justifié par les leçons du passé. En tout cas, je vais exposer les idées que m'ont suggérées certains de ses passages. «Le nationalisme se réveille-t-il donc? Est-ce un signe des temps nouveaux?» se demande M. Alpha. après avoir dit que le vent des réformes souffle sur toute l'Indochine. A cela, je lui réponds carrément: Oui!

Robes, sports, théâtre et inondations

Le président d'An-Giang affirme - et nous l'en croyons, - que jamais il n'a demandé, au nom de la société qu'il préside, à Mme Thoàn de prêter des robes pour des soirées organisées au profit des inondés du Tonkin. Nous en déduisons que quelque mauvais plaisant se serait paré du titre indu de président d'An-Giang Sport pour jouer à Mme Thoàn le vilain tour qu'on sait, d'autant qu'au dire même de M. Huynh-vanChinh, des membres de la société susnommée ont pris la fâcheuse habitude de considérer la personnalité de leur président comme inexistante. Quel que soit ce farceur, il a commis une action dont ne le félicitent pas les honnêtes gens.

Un drame sanglant à Saigon

Avant-hier, vers 19 heures et quart, ruelle Duranton, une dizaine de tirailleurs entrèrent en collision avec trois de leurs compatriotes de l'artillerie. Pour quelle cause? On l'ignore encore. Toujours est-il que, dans le voisinage, étaient des maisons hospitalières. On en déduit que les disciples de Mars se sont battus pour des filles de la Vénus mercenaire.

紙面の出典:Source: Bibliothèque nationale de France / Gallica

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