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· 北京(中国) · 中国語

世界日報

北京の世界日報は1926年10月22日の紙面で、北京大学教授の劉半農博士が主編する副刊の合訂本を宣伝した。広告は印刷と装丁の美しさや、1冊およそ120ページで150編以上の作品を収めること、学びと楽しみを等しく重んじることを売り込み、第1巻の目次にはインド寓話や短劇、詩、日記が並んだ。弁護士の高穰は、北京証券取引所の理事会から未回収債権の取り立てを任されたと告げ、債務者に10月15日から1か月以内に元利を返すよう求めた。本紙の出版部も委託販売の書目を掲げ、価格は0.15から0.50の範囲だった。この読み取りはこの三件を扱い、同じ紙面の薬の広告や四部叢刊の趣意書は扱わない。

この読み取りは、紙面で判読できた三件、すなわち副刊合訂本の広告、弁護士の告示、委託販売の書目を扱う。副刊の広告は読み取りの確度が低く、欠けた箇所を[?]で示しており、各冊の価格の数字も欠けている。弁護士の名は見出しで高穰、本文で高穠と表記されており、告示の抜粋には隣の広告の断片も混じっている。黒地の薬の広告、小さな活字の書目、四部叢刊の趣意書、電話局の告示の一部はほとんど判読できず、この版は訳していない。

翻訳

世界日報副刊合訂本

世界日報。世界日報副刊合訂本。世界日報副刊は北京大学教授の劉半農博士が主編を務め、執筆を担う人々もまた、その多くが当代きっての学識ある人士である。合訂本は一か月分の掲載内容を集めて一冊に装丁したもので、印刷も装丁もきわめて美しく、古新聞を綴じただけの粗末な体裁のありふれた本とはまったく異なる。各冊およそ120ページ、作品は150種以上を収め、内容は豊富で、学びと楽しみを等しく重んじている。青年が授業の合間に一人一冊手にすべきものである。

第1巻・第2巻・第3巻、各冊正価は銀元にて、郵送料2分を加える。

第1巻 「戦時の一幕」 [?] 「インド寓話」20 [?] 「匪」(小説) 「雪の神」(短劇) 「郷感」七首 「梁任公の腎臓摘出」 雑文四篇 「軽歌」[?] 「…の歌」 「小さな飯屋で」 「周先生」 「店主いわく」 「陸[?]日記」 「馬上日記」 [?]「序」 「正三点」 「訳歌」[?] …篇 「郷文」[?] 「…物の恋歌」

弁護士高穰の告示

総発行所 北京世界日報

弁護士高穠の告示。本弁護士は北京証券取引所理事会の委託を受け、同所の未回収債権の取り立てを担当する。同所に対するすべての債務は、10月15日から1か月以内に必ず元金と利息を返済されたい。ここに声明する。

…予約は従来どおり予約価格とし、値上げはしない。

本紙出版部委託販売書籍。本紙出版部は国内の価値ある各種図書を委託販売している。

本紙出版部委託販売書目

本紙出版部委託販売書籍。本紙出版部は国内の価値ある各種図書を委託販売している。本紙に販売を委託された書目を、以下に抜粋して掲げる。

書名 著者 正価
「法政学報」八周年記念号 0.35
「治注」 盧信 0.15
「[?]パッサンの詩」 0.50
「漫雲」 呂沄沁 0.40

書名 「中法教育界」 「欧兒拉」 「夢痕」 「暁風」

解説

広告が主編に名指した劉半農博士

広告は合訂本を売り込むにあたり、主編を北京大学教授の劉半農博士と紹介している。劉半農は中国の詩人で言語学者であり、五四運動の指導者の一人だった。劉半農は1925年にパリ大学ソルボンヌの音声学研究所で博士号を取得し、同じ年に中国へ戻って大学で教え始めた。1926年、帰国して間もない劉半農は旧友の成舍我の招きに応じて世界日報副刊を主宰した。広告は博士と教授という肩書を強調し、執筆者の多くを当代の学識ある人士と述べており、劉半農の新しい学者としての地位を最大の売り文句にしている。

副刊における学びと楽しみの釣り合い

広告は合訂本が学びと楽しみを等しく重んじると宣伝し、第1巻の目次にインド寓話を挙げている。副刊は創刊号から、劉北茂が訳し劉半農が校閲したインド寓話を連載した。文学研究者の袁一丹は副刊の内容を調べ、劉半農が副刊を楽しみながら学ぶ場と位置づけたものの、実際には楽しみよりも学びの側を重んじたと結論づけている。袁一丹はまた、劉半農の編集の仕事が半年余りしか続かなかったと指摘し、それを帰ってきた戦士の告別公演と呼んでいる。1926年10月の時点で第3巻まで売り出されていた合訂本は、短命に終わる編集の仕事を記録したものである。

成舍我の新聞と旧友の抗議

副刊を載せた世界日報は、新聞人の成舍我が築いた新聞である。成舍我は世界晚報、世界日報、世界画報を創刊した。劉半農が成舍我の新聞で副刊を引き受けたことに、仲間の一人が抗議した。副刊の予告が出ると、銭玄同は手紙を送り、自分の文章が明珠や春明外史などと並ぶことを望まないと伝えた。劉半農は返信で、この副刊は張恨水が主編する世界日報の明珠副刊とは関係がないと説明した。このやり取りから、世界日報が性格の異なる二つの副刊を抱えていたことと、新文化運動の仲間が劉半農の副刊をもう一方とはっきり区別するよう求めたことがわかる。

北京証券取引所と未回収の債権

弁護士の告示が伝えるのは、北京証券取引所の理事会が弁護士に未回収債権の取り立てを委託し、債務者に10月15日から1か月以内の元利返済を求めたという事実だけである。告示は債務者の名前も、債務が生じた経緯も示していない。ピン・リーによる中国株式市場の概説によると、北洋政府は1914年に証券取引法を制定し、1918年6月に中国初の証券取引所として北京証券取引所を設立した。ピン・リーはまた、株価が急落して多くの取引所と信託会社が破綻し、1921年に信託会社と取引所の騒乱が始まったと述べている。これらの記述は1926年の北京の取引所の状況を扱っていない。告示からわかるのは、設立から8年後の取引所が弁護士を通じて未払い金を取り立てようとしていたことであり、債務が1921年の暴落にさかのぼるのか、その後の取引から生じたのかは紙面から判断できない。

告示の隣に載った四部叢刊の趣意書

同じ紙面には四部叢刊の細かな趣意書が載っており、弁護士の告示に紛れ込んだ予約は従来どおり予約価格で値上げしないという一文は、隣の予約広告から来たものとみられる。四部叢刊は、商務印書館が1919年から1936年にかけて刊行した504点、3,134冊の叢書である。商務印書館は写真製版で本文を再現し、当時入手できたどの活字本よりも優れた版を作った。四部叢刊の三つのシリーズは1922年、1932年、1936年に出た。1926年10月に載った予約の案内は、第1シリーズの4年後、第2シリーズの6年前にあたる。判読できた断片からは、何が予約の対象だったのかを正確に知ることはできない。

原文

世界日報副刊合訂本

世界日報世界日報副刊合訂本世界日報副刊, 爲北大教授劉半農博士主編, 担任撰述者, 亦多一時績學之士, 合訂本乃彙集一月所載, 裝爲一冊, 印刷裝潢, 均極精美, 與尋常以舊報裝訂, 形式粗劣者, 完全不同, 每冊約一百二十頁, 作品在一百五十種以上, 內容豐富, 講學與趣味并重, 青年課餘, 所當人手一編也。 第一卷第二卷第三卷每本實售大洋加郵費二分郵第一卷戰時的一幕 [?] 印度寓言廿 [?] 匪 (小說) 雪神 (短劇) 鄉感七首梁任公割腎雜文四篇輕歌 [?] 的歌小飯店裏周先生掌櫃道陸 [?] 日記馬上日記 [?] 序正三點譯歌 [?] 篇鄉文 [?] 物的情歌

律師高穰啟事

總發行所北京世界日律師高穠啟事本律師承北京證券交易所理事會委託辦理收回外欠事件所所有欠款自十月十五日起務於一個月內將本息歸還以外特此聲明次預約仍照預約價不加本報出版股代售書本報出版股。 代售國內各種有價值之圖書

本報出版股代售書目

本報出版股代售書本報出版股。 代售國內各種有價值之圖書日委託本報代售之書目。 摘要錄左。 書名著者實售價目法政學報八週年紀念號 ○, 三五治注盧信 ○, 一五 [?] 泊桑的詩 ○, 五 ○ 漫雲呂沄沁 ○, 四 ○ 書名中法教育界歐兒拉夢痕曉風

紙面の出典:Source: Internet Archive / eastasia-periodicals

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