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世界日報

1926年10月21日付『世界日報』は、同紙副刊の月ごとの合本を売る広告を掲げた。今回の部分的な読み取りは、この広告を中心とした。広告は主編を北京大学教授の劉半農博士と紹介し、学識ある執筆陣と、古新聞を綴じた粗末な製本とは違う美しい印刷と装丁を売り込んだ。広告は一冊約百二十ページで百五十篇以上という分量をうたい、学問と趣味を等しく重んじる内容だと宣伝した。広告は青年に授業後の読み物として一人一冊を勧め、そのあとにインドの寓話や訳詩らしい題名を含む崩れた目次を並べた。弁護士高穰の告知と同紙出版部の委託販売書目は、号数と商務の文字を含む断片しか読み取れない。

本版は紙面の一部だけを扱っている。OCRの候補文は崩れがひどく使えないため、読み取りは紙面の画像による。合本広告の末尾にある目次は一部が判読できず、高穰の告知と出版部の書目は断片しか読み取れない。薬の広告、書籍の価格表、電話料金の告知、下部の四部叢刊の文面は確実に読めないため、取引所の債権回収と電話料金に関する調査の問いは本版で扱っていない。

翻訳

世界日報副刊の合本

合本『世界日報副刊』は北京大学教授の劉半農博士が主編を務め、執筆を担う者も多くは当代の学識豊かな人士である。合本は一か月分の掲載をまとめて一冊に装丁したものである。印刷も装丁もきわめて美しく、古新聞をそのまま綴じた体裁の粗末なありふれたものとはまったく異なる。各冊は約百二十ページ、作品は百五十篇以上を収める。内容は豊富で、学問と趣味をともに重んじており、青年は授業の後の余暇のために一人一冊手元に置くべきである。一冊の正価は…… 第二巻、第三巻、第一、戦時のインド寓話 [?] 小さな雷神 [?] 雑感七、梁任公、雑文四、ささやかな小料理屋、周先生、連陞店、馬上、ちょうど三時、訳詩 [?] 雑文、物に擬した情

弁護士高穰の告知

毎日 [?] 第五百九十 [?] 〇号 ▼ [?] ……の者には郵送しない 商務 四

本紙出版部の委託販売書目

毎日 [?] 大要 五百九十三号 商務印 四部

解説

広告が劉半農を「博士」として売り込んだ理由

広告は合本の中身より先に主編の名を掲げ、劉半農を北京大学教授の劉半農博士と紹介した。劉半農は1916年に新文化運動で最も影響力のあった雑誌『新青年』に作品を発表し、名を知られるようになった。劉半農はその後ヨーロッパで学び、1925年にソルボンヌの音声学研究所で博士号を取得した。劉半農は同じ1925年に帰国し、北京で大学教員としての仕事を始めた。1926年10月の世界日報は、劉半農を新文化運動の名の知れた人物として、また外国の博士号を持つ新しい学者として、同時に売り込むことができたのである。執筆陣を当代の学識豊かな人士とする文句は、新聞社がこの評判に乗せて書いた宣伝文句である。

劉半農が成舍我の世界日報で副刊を編んだいきさつ

世界日報は新聞人の成舍我の新聞である。成舍我は大学を卒業したのち、『世界晩報』『世界日報』『世界画報』を創刊した。文学研究者の袁一丹によれば、劉半農は1926年、ヨーロッパから帰国して間もなく、旧友の成舍我の招きに応じて世界日報副刊の主宰を引き受けた。新聞社は副刊創刊の予告で、劉半農の古い友人である『新青年』の同人も、新しい友人である『語絲』の同人も、続々と原稿を寄せると約束したと宣伝した。この紙面の広告が売る合本は、こうして始まった副刊の一か月分の掲載を一冊の本にまとめ直したものである。合本は、日々の紙面を手元に残していないかもしれない読者、とくに学生に向けた商品だった。

銭玄同が副刊への寄稿をためらった理由

劉半農の副刊は商業新聞の一部であったため、劉半農自身の仲間から反発を受けた。『新青年』時代の同志である銭玄同は副刊の予告を見て、自分の文章が『明珠』や『春明外史』の類と並ぶことを望まないと抗議の手紙を送った。劉半農は返信で、自分の副刊は張恨水が主編する世界日報の別の副刊『明珠』とは関係がないと説明した。袁一丹は、劉半農が世界日報副刊を引き受けたことで、かつて身を置いた通俗文学の世界と、その世界を疑いの目で見る新文化運動の仲間との二つの集団の間に立たされたと論じている。広告が学識ある執筆陣を強調し、古新聞を粗末に綴じたものとは違う立派な本だと念を押した点は、新聞社がこの副刊をどう見せたかったかを示している。ただし紙面そのものは新聞社の意図を書いていない。

学問と趣味をともに重んじるという宣伝の中身

広告は副刊が学問と娯楽の釣り合いを取っていると約束した。袁一丹によれば、副刊は創刊号から劉北茂が訳し劉半農が校閲した『インド寓話』と、劉半農自身による外国民謡の翻訳を連載し、のちにより専門的な文章も載せた。袁一丹は、劉半農が副刊を楽しみながら学ぶ場と位置づけながらも、学問と趣味のうち学問の側に重きを置いたと結論づけている。この広告の崩れた目次にもインドの寓話や訳詩らしい題名が見えており、これらの題名は袁一丹が挙げる連載と合っている。袁一丹は、劉半農の副刊編集が半年余りしか続かなかったとも記している。1926年10月のこの広告は、短期間で終わった試みの途中で出たものである。学問と趣味を等しく重んじるという文句は新聞社の売り文句であり、学問寄りだったという見方はのちの研究者の判断である。

原文

世界日報副刊合訂本

合訂本世界日報副刊, 爲北大教授劉半農博士主編, 担任撰述者, 亦多一時積學之士, 合訂本乃彙集一月所載, 裝爲一冊, 印刷裝潢, 均極精美, 與尋常以舊報裝訂, 形式粗劣者, 完全不同, 每冊約一百二十頁, 作品在一百五十種以上, 內容豐富, 講學與趣味并重, 青年課餘, 所當人手一編也。 每本實售大第二卷第三卷第一戰時的印度寓罰 [?] 小雷神 [?] 雜感七梁任公雜文四輕微的小飯店周先生連陞店馬上日正三點譯歌 [?] 雜文擬物的情

律師高穰啟事

每日 [?] 第五百九十 [?] 〇號 ▼ [?] 者不寄商務四

本報出版股代售書目

每日 [?] 大要五百九十三號商務印四部

紙面の出典:Source: Internet Archive / eastasia-periodicals

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