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Il Piccolo

1926年10月21日付のイル・ピッコロ紙は、ノビレ将軍がローマで2時間以上にわたって行ったノルゲ号の極地横断飛行についての講演を大きく報じた。ノビレ将軍は講演で、外国の懐疑と、失敗すれば狂人として後世に残るという恐れを語り、国王とムッソリーニの信頼に支えられたと述べた。ノビレ将軍はまた、出発前夜にチャンピーノでムッソリーニから口づけを受けたことも回想した。同紙はロンドン発で、カナダとの間を毎分250語で結ぶマルコーニの指向性無線の新発明と、マルコーニ社株の値上がりを伝えた。同紙はさらに、自由貿易を求める銀行家宣言を英国の自由党系新聞が歓迎し、保守党系のモーニング・ポスト紙が帝国会議の開会日と重なった時機を不適切と評したことを報じた。

翻訳

極地横断飛行の顛末

ローマでの講演でノビレが語った極地横断飛行の顛末

ローマ発、20日 今夜、ノビレ将軍は新聞協会において、首都の最も著名な名士たちからなる聴衆を前に、予告されていた極地飛行についての講演を行った。入場の際に熱狂的な喝采で迎えられたノビレ将軍は、2時間以上にわたって語った。将軍は次のように話し始めた。

企てに対する外国の懐疑

およそ1年前、ローマ大学の大講堂で、私の指揮による極地横断飛行の準備がまだ始まったばかりだったころ、私は国王陛下のご臨席を仰いだ講演を次の言葉で締めくくった。「われわれは成功を望み、成功を信じ、準備に情熱を注いで取り組んでいる。何ひとつおろそかにしていない。予見しうることはすべて検討している。われわれの職工たちは、この企ての偉大さを自覚し……

ドゥーチェの口づけと命令

しかし、飛行船よりはるかに恐ろしかったのは、あらゆる努力にもかかわらず、未知と自然の敵対する力がわれわれの意志と生命に打ち勝った場合に、狂人あるいは愚か者として後世に語り継がれるという危険であった。準備の最後の日々と、ローマからスピッツベルゲンまでの全行程に苦しい疑念をまき散らしたこの危険に対して、私を支えたのは、国王とドゥーチェの信頼を得ているという自覚であった。ある企てがイタリア国王の庇護のもとに生まれ、成し遂げられるとき、そしてそれを率いるために選ばれた人物をイタリア首相が保証するとき、その企ては何としても成功しなければならない。出発の前夜、チャンピーノの飛行場で、ドゥーチェが私に口づけしながら述べた言葉の印象は、今もなお私の胸に深く生き生きと残っている。そのときドゥーチェは、卑劣な暗殺未遂のために顔に包帯を巻いており、神はその難から彼を……

マルコーニの新発明

マルコーニの新発明
イギリスからカナダへ毎分250語

ロンドン発、20日 グリエルモ・マルコーニは無線電信における新たな発明を発表した。来たる日曜日から、イギリスは毎分250語の速度でカナダと無線電信による通信ができるようになる。本日報道陣に伝えられたこのニュースは大きな反響を呼んだ。マルコーニ社の株価は14シリングから16シリングに上がり、同社のカナダ株は3シリングから4シリングに上がった。マルコーニ上院議員は自らの発明について詳しく語った。電波は、これまでのようにあらゆる方向へ放射されるのではなく、狙った方向に向けて開きの小さい角度をなして送られる。これを実現するために受信局でより大きなエネルギーを発生させるのであり、その結果、外へ漏れる電波はごくわずかとなり、ほかの局が理解することはほとんど不可能になり……

イギリスでの反響

イギリスでの反響
自由党系は賛同、保守党系は留保

ロンドン発、20日 けさ英国の新聞に掲載されたばかりの銀行家たちの宣言について、最も権威ある各紙が論評している。このような文書が自由党系の新聞から最も熱烈な歓迎を受け、保守党系の新聞からは慎重に受け止められるのは当然である。保守党系の中ではモーニング・ポスト紙を挙げておく。同紙には、これほど派手な意思表示のために選ばれた時機がこのうえなく不適切に思われるという。宣言は帝国会議が開かれたまさにその日に公表された。同紙は、宣言が望むような最も広い意味での自由貿易への志向と、帝国会議の目的との間に食い違いを見ている。実際、帝国会議が扱おうとしているのは……

解説

ノビレが語ったノルゲ号飛行を率いた人々

ノビレがローマで語った飛行は、1926年春のノルゲ号遠征である。ノルウェー技術博物館は、この遠征を3人が共同で率いた事業として説明している。同館によれば、ロアール・アムンセンが遠征を発案し、米国のリンカーン・エルスワースが資金を出し、ノビレが飛行船の設計者と船長を務めた。ムッソリーニは国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世とともに、1926年3月29日にチャンピーノ空港で飛行船を新しい所有者に引き渡した。遠征は、飛行船が1926年4月10日にローマを出発したときに正式に始まった。ノビレが出発前夜の出来事として語ったチャンピーノでの別れは、このローマ出発の直前の時期にあたる。飛行船はその後北極海を越え、5月14日にアラスカのテラー村近くに着陸した。飛行船はそれまでに72時間飛び続けていた。ノビレが苦しい疑念に満ちていたと語ったローマからスピッツベルゲンまでの行程は、この長い極地横断飛行の前の段階にすぎない。

ファシスト政権によるノルゲ号の宣伝と功績をめぐる対立

紙面に載った講演の中で、ノビレは国王とドゥーチェの信頼が自分を支えたと語っている。ノビレは、首相が指揮者の人選を保証した以上、企ては何としても成功しなければならなかったと述べている。この語り方は政権の狙いと一致している。ノルウェー技術博物館によれば、ムッソリーニは遠征を、ファシスト国家が技術で先を行く航空国家であることを示す機会と見ていた。ノルウェーの人々の見方は異なっていた。ノルウェーでは北極海横断飛行は主にノルウェーの業績と受け止められ、アムンセン自身もそう考えていた。後年の記述によれば、ファシスト政権がイタリアの技術と探検の才能を盛んに宣伝したことで、功績をめぐるノビレとアムンセンの対立は激しくなった。同じ記述によれば、政権はノビレに米国での講演旅行を命じ、この旅行はアムンセンとノルウェー人の反感をさらに強めた。10月20日のローマでの講演も同じ性格の国家的な顕彰であった。この講演は国王とドゥーチェを中心に据え、首都の名士たちの喝采を受けた。選ばれた抜粋の中で後援者として名前が出るのは、イタリアの人物だけである。

マルコーニのビーム方式とカナダ回線の開業

ロンドン発の記事が伝えた発明は、マルコーニ社が英国の帝国無線通信のために建設した短波ビーム方式である。コーンウォールのボドミン無線局は、1924年7月にマルコーニ無線電信会社と結んだ契約に基づき、1926年10月に開局した。ボドミン局はブリッジウォーター近くの受信局と対になって働き、この2局はカナダのドラモンドビルとヤマシシュの局と結ばれていた。1927年の新聞記事によれば、マルコーニの計画は送信局で反射器を使い、電波のエネルギーを細いビームに集めるものだった。一方、イル・ピッコロ紙は受信局でより大きなエネルギーを発生させると書いている。同じ1927年の記事によれば、これらの局を通じた英国とカナダの高速無線電信業務は10月25日に始まる予定だった。10月25日は月曜日であり、イル・ピッコロ紙の10月20日発の記事がいう「来たる日曜日」より1日遅い。毎分250語という数字とマルコーニ社株の値上がりは、同紙の報道だけに基づいている。中央電信局の業務を説明した記述によれば、ビーム無線の送信機は通常毎分150語で動いていた。ビーム局の運営はその後移り、1929年9月には帝国の電信通信をすべてケーブル・アンド・ワイヤレス社が引き継いだ。

銀行家宣言の署名者と自由貿易論のその後

モーニング・ポスト紙が時機を誤ったと評した宣言は、「欧州貿易に対する制限の撤廃の訴え」と題する連名の文書である。タイム誌によれば、世界の有力な金融家100人以上がこの文書に署名し、欧州諸国に国際貿易を妨げる関税の撤廃を求めた。署名者には、ジョン・ピアポント・モルガン、チェース・ナショナル銀行のアルバート・H・ウィギン、イングランド銀行総裁モンタギュー・ノーマン、ドイツ帝国銀行総裁ヤルマール・シャハト、イタリア銀行会長ニコラ・パヴォンチェッリが含まれていた。イタリアからは、ファシスト産業総連盟会長のアントニオ・S・ベンニとフィアットのG・アニェッリも署名した。宣言は、政治家は貿易が戦争ではなく交換の過程であり、平時の隣国は顧客であると理解すべきだと論じた。タイム誌は、宣言が実際の効果を生まないように見える一方で、ニューヨーク証券取引所とベルリン取引所に一時的な大きな変動を引き起こしたと記した。宣言が帝国会議の開会日に出たことと、モーニング・ポスト紙が自由貿易と帝国会議の目的との食い違いを指摘したことは、イル・ピッコロ紙の報道が伝えている。国際連盟でも、広範な経済会議に向けた動きが進んでいた。1925年にフランスのルイ・ルシュールが提案した世界経済会議は、国際連盟が正式に主催した初の国際経済会議として、1927年5月4日から23日までジュネーヴで開かれ、加盟46か国の代表が参加した。

原文

Le vicende del volo transpolare

Le vicende del volo transpolare narrate da Nobile nella conferenza tenuta a Roma ROMA, 20 Questa sera il generale Nobile ha tenuto all'Associazione della stampa, dinanzi a ur uditorio formato dalle più eminenti personalità della capitale, l'annunciata conferenza sul volo polare. Il gen. Nobile, che è stato accolto al suo ingresso da una entusiastica ovazione, ha parlato per oltre due ore. Egli ha così esordito: Scetticismo straniero sull'impresa Circa un anno fa, nell'aula magna dell'Università degli studi di Roma, quando la preparazione del volo transpolare sotto la mia direzione era appena ai suoi inizi, io concludeva la conferenza alla presenza augusta del Re con queste parole: «Noi speriamo e confidiamo nel successo e lavoriamo appassionatamente ai preparativi. Nulla viene trascurato; tutto ciò che è prevedibile viene considerato. Le nostre maestranze, consapevoli della grandezza dell'impresa danIl bacio e il comandamento del Duce Ma più temibile assai della nave era il pericolo di essere tramandati ai posteri come pazzi od imbecilli, qualora, nonostante tutto, le forze avverse dell'ignoto e della natura avessero avuto ragione della nostra volontà e della nostra vita. Contro questo pericolo che disseminò di dubbi angosciosi i giorni ultimi della preparazione e tutto il cammino da Roma allo Spitzbergen, mi sorresse la consapevolezza di godere la fiducia del Re e del Duce. Quando un'impresa nasce e si compie sotto gli auspici del Re d'Italia e quando della persona prescelta a capitanarla si fa mallevadore il Primo Ministro d'Italia, l'impresa deve riuscire a qualunque costo. E ' ancora oggi profonda e viva nel mio animo l'impressione delle parole che il Duce, baciandomi, pronunciò sul campo di Ciampino la vigilia della partenza, col volto bendato per l'ignobile attentato da cui Iddio lo

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紙面の出典:Source: Internet Archive

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