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· 上海(中国) · 中国語

時報

時報のこの紙面は、浙江で起きた夏超の反乱に対する孫伝芳軍の動きを伝えた。遠東通信社の記事は、丁総弁が杭州の夏超から返電を受け取ったと報じた。返電は当初の誤解を認め、前線の進撃停止を求めていた。記事は、今後の方針は孫総司令の指示を待って決まると書いた。続く記事は、約6500人の兵士と軍需品が新龍華で貨車157両に積み込まれ、10月20日に8本の列車で松江へ向かった様子を列車ごとに記した。紙面には南京、鎮江、南通からの兵員と弾薬の輸送も並んだ。短い記事は、高昌廟での艦船の動き、長興に駐屯した浙軍、避難する富裕層を伝えた。別の記事は、5日間止まっていた滬松間の旅客列車の再開がまだ決まっていないと報じた。

この版は紙面の一部だけを読み取ったものである。この紙面のOCRはひどく乱れており、段の順序が入れ替わり、誤読された文字も多い。そのため3本の抜粋は、途切れた箇所をまたいでつないだ断片である。省略記号と[?]は、欠けた部分や判読できない部分を示す。第1抜粋の冒頭にある意味の通らない行もこれに含まれる。この版は、小さな活字の広告、長興を守る浙軍の通信記事、列車記事の駅名や人名のいくつか、巡視艦の前にある艦名、滬杭西段の段落の駅名、題字欄の料金表の大半を書き起こしていない。甯省鉄路や弾薬衣などの名称は、紙面の文字に従って訳した。

翻訳

孫軍の列車8本、昨日浙江へ向け進発

[?] … [?] … [?] … 遠東通信社によれば、確かな情報として、昨日午後、丁総弁は杭州の夏超から返電を受け取った。その大意は、当初は誤解があったが、いまは交通の回復こそ真に急務である、こちらから陳其采を派遣して旅長と協議し説明させる、前線の守備部隊に命令を下してこれ以上進撃しないよう切に願う、浙江ではいかなる騒動も一切ない、というものであった。これを見れば夏超はすでに態度を示しており、浙江問題も容易に解決しそうである。ただし今後浙江に対してどのような態度をとるかは、当然孫総司令の指示を仰いでから決めることになる。

◉ 孫軍の列車8本、昨日浙江へ向け進発 ▲ 兵士約6500余 ▲ 宋梅村が前敵総指揮
◎ 孫軍の各部隊は、李宝章司令の命令を受け、一昨日(19日)夜に新龍華に集結した。軍隊と軍需品はあわせて貨車157両に積み込まれ、昨日(20日)8本の列車に分かれて松江へ向かい、そこで命令を待ってさらに前進する。各兵員列車の発車時刻と、どの部隊を載せたかを以下に詳しく記す。
▲ 第1列車は連結14両で、第13連隊第1大隊の劉国才の大隊全員を載せ、同大隊長が率いて昨日(20日)午前3時5分に出発した。
▲ 第2列車は連結27両で、第13連隊第2大隊および砲兵中隊・機関銃中隊、ならびに大砲3門、機関銃6挺を載せ、…同連隊第6旅団の部隊が上海に来て前線へ転じ、必要な車両を揃え、すでに[?]を積み込み…1列車10両が南京から蘇州へ、車両12両が南京から龍華へ、…日)夜11時から順次発車、(20日午後8…
◎ …(20日)に南通から第1連隊第2大隊が到着し、天寧寺に駐屯、(揚州20日午後…
◎ 鎮江駐屯の第76混成旅団は昨日、弾薬衣1500余組を貨車2両に積み、第32次貨物列車に連結した。上海到着後、昨日(…龍華へ。
◎ 昨朝南京から上海に着いた夜行列車には第76混成[旅団]の兵十数名が乗っており、ただちに呉淞へ送られた。
◎ 昨日、第76混成旅団は小銃弾10箱および…を鎮江から列車で上海へ運び、前線用に引き渡した。
◎ 南京の聯軍総司令部は昨日(20日)、軍械の特別急行列車で上海へ運ばせた。
◉ 第8師団第30連隊、分かれて…へ
◎ 第8師団第15旅団第30連隊は、…日)午後、南京から甯省鉄路で…

兵輪、松江へ向かう

…連結21両、第151連隊第2大隊、機…盧香亭部隊のうち杭州に残って守備し、武装を解かれた兵士約3個中隊を載せ、…に発車。連結26両、…連隊第2大隊の歩兵3個中隊、補給品などを載せ、大隊長趙彦が率いて午前10時42分に発車…夜
◉ 兵輪
◎ 高昌廟の江岸の…和巡視艦は、…を受け…8時、南浦江から高昌廟埠頭に停泊…
◎ 江蘇所属の緝私営、閔行、…
◉ 浙江へ戻る…湖州18日通信。…第2大隊は長興に到着した。長興は要衝の地にあり、防…

滬松間の旅客列車、運行の可否は未定

…蘇州から出発して浙江へ戻った浙軍第3師団第9連隊と…は、すでに昨日の本紙で報じた。同大隊はもともと省都に戻って駐屯する予定だったが、その後、警戒を厳重にすべきだとして杭州への帰還をすでに取りやめ、長興県の境界に駐屯している。行方不明説はまったく根拠のない話である。ただし同地の富裕な家々は、憂慮すべき状況だとして、すでに相次いでよそへ避難した。呉興県内については平穏であり…、商業界が影響を受けているだけである。
[?] 列車運行の可否は未定 [?]
…司令部は松江司令部に電報を打ち、…1日)に滬松間で列車を通せるかどうかを問い合わせた。そのため今日列車が通るかどうかは決まっていない。(今朝3時半の情報)…運行は、すでに5日間停止している。現在新龍…

解説

夏超の「誤解」電報と孫軍の浙江進攻

夏超は浙江省の省長を務めた孫伝芳の部下であり、1926年10月16日に地方の指揮官や文官の支持を得て浙江の独立を宣言した。夏超はその後、孫伝芳が支配する上海へ攻撃を仕掛けたが、ほぼすぐに浙江へ退却した。歴史記述によれば、夏超は続いて孫伝芳の部下に電報を送り、国民党への寝返りはだまされた結果だと釈明した。本紙が伝えた丁総弁あての返電は当初の誤解を認めて前線の進撃停止を求めており、この釈明の動きと一致する。孫伝芳の軍は10月20日に浙江へ進軍し、その夜に嘉興付近で反乱軍を待ち伏せした。この日付は、本紙が報じた新龍華からの8本の列車の発車日と重なる。孫軍は21日に嘉興を、23日に杭州を占領し、夏超の反乱はそこで終わった。本紙は夏超の電報によって浙江問題が容易に解決しそうだと書いたが、孫軍はその時点で武力による鎮圧をすでに進めていた。

滬松間の旅客列車が止まっていた理由

滬杭線はこの危機の中で双方によって切断された。夏超は自治に向けた準備として浙江と上海を結ぶ鉄道を切断し、杭州の守備隊を分散させた。孫伝芳は上海防衛に回せる兵力が乏しかったため、杭州から上海へ通じる鉄道を破壊するよう命じた。本紙は10月21日付で、旅客列車の運行がすでに5日間止まっていると伝えた。本紙の日数に従えば、運休は10月16日ごろに始まったことになり、夏超が独立を宣言した日と重なる。同じ紙面は、この路線が旅客の代わりに何を運んでいたかも伝えている。孫軍は貨車157両で部隊と物資を新龍華から松江へ送り、南京と鎮江からも弾薬列車を走らせた。ある司令部が松江司令部に通車の可否を問い合わせたという記述は、旅客運行の再開が軍の判断にかかっていたことを示している。

「丁総弁」とは誰か

本紙が夏超の電報を受け取ったと伝えた丁総弁は、地質学者の丁文江である可能性が高い。丁文江は1926年に、上海と呉淞の一帯を管轄する淞滬商埠督辦公署の総弁を務めた。丁文江は江蘇省政府を代表して、上海で外国代表との交渉にもあたった。資料は、孫伝芳自身が淞滬の港の督辦の地位に就いたと記している。この指揮系統を考えると、本紙が夏超の電報の内容にかかわらず浙江への方針は孫総司令の指示を待つ必要があると書いた理由がわかる。

杭州で武装を解かれた盧香亭部隊の兵士

断片的な列車記事には、杭州に残って守備し、武装を解かれた盧香亭部隊の兵士約3個中隊が出てくる。この兵士たちは、孫伝芳が浙江に置いた守備隊の一部である。孫伝芳は1926年1月25日に部下の盧香亭を杭州へ送り、浙江の軍事総司令に任じて、自分に忠実な部隊を省都に置いた。夏超は反乱の前に杭州の守備隊を分散させ、浙江に対する孫伝芳の支配を弱めた。本紙の列車記事に盧香亭部隊の非武装兵が現れることは、この分散が現地でどういう結果になったかを示している。孫伝芳が杭州に置いた兵士は、武器を取り上げられていた。

南京、鎮江、南通から部隊が集まった理由

この紙面に並んだ増援部隊が江蘇の各地から来たのは、孫伝芳が福建、浙江、江蘇、安徽、江西を支配する連合を率いていたからである。孫伝芳は1925年11月25日に江蘇の督軍として南京に本営を置いた。弾薬の特別急行列車を送った南京の聯軍総司令部は、この本営を指している。夏超が寝返ったのは、江西で国民党の北伐軍との激しい戦闘が続いていた時期である。そのため孫伝芳は長江沿いの守備部隊から浙江に向ける兵力を集める必要があった。本紙が南通、鎮江、南京からの部隊が上海と龍華に集まったと伝えたのは、こうした事情による。

原文

孫軍八列車昨向浙進

[?] 增年業見萬許界相七千在室 [?] 救 [?] 係請角元七遠東通信社云、 據確息、 昨日午後丁總辦、 接到夏超由杭州復電、 大致謂初有誤會、 今恢復交通、 誠爲急要、 此間派陳其采前來旅長接洽解釋、 務請飭令前防、 勿再進逼、 在浙概無何種騷動云云、 觀此則夏超已有表示、 而浙江問題似亦容易解決、 不過此後對浙究抱如何態度、 自須請示孫總司令、 方能定奪也、 ◉ 孫軍八列車昨向浙進 ▲ 兵士約六千五百餘 ▲ 宋梅村爲前敵總指揮 ◎ 孫軍各部、 經奉李寶章司令命令、 於前 (十九) 日晚間、 集中新龍華、 軍隊及軍用品共裝車一百五十七輛、 昨 (二十) 日分八列車開至松江、 再聽令前進、 茲將各兵車開行時間及何人所部軍隊、 詳誌如下、 ▲ 第一列車計挂車十四輛、 載運十三團第一營劉國才全營、 由該營長率領、 於昨 (二十) 晨三時零五分出發、 ▲ 第二列車計掛車二十七輛、 載十三團第二營及砲兵連機關槍連、 並大砲三尊、 機關槍六架、 由該團六旅兵隊來滬、 轉往前線、 將需用車輛配齊、 並已裝 [?] 一列掛車十輛、 由甯開蘇、 車十二輛、 由甯開往龍華、 十) 晚十一時陸續開行、 (二十日下午八 ◎ 晉 (二十) 日由通開到第一團第二營駐天甯寺、 (揚州二十日下 ◎ 駐鎮七十六混成旅昨有砲彈衣一千五百餘套、 裝車二輛、 附掛三十二次貨車上、 抵滬後於昨 (往龍華、 ◎ 昨晨由甯抵滬之夜車上、 有七十六混十餘名、 旋即運往吳淞、 ◎ 昨日七十六混成旅有槍彈十箱、 及子、 由鎮江夾火車帶滬、 交前線應用、 ◎ 南京聯軍總司令部、 昨 (二十) 日有軍械特別快車帶滬、 ◉ 八師三十團分赴 ◎ 第八師第十五旅三十團、 十) 日下午由甯乘甯省鐵路

兵輪開往松江

挂車二十一輛、 裝載百五十一團第二營機盧香亭部留守杭州被徒手兵士約三連、 於發、 掛車二十六輛、 係載團第二營步兵三連、 養品等、 由營長趙彥上午十時四十二分出晚 ◉ 兵輪 ◎ 高昌廟江邊和巡艦、 經奉上八時、 由南浦江泊高昌廟碼頭 ◎ 蘇屬緝私營閔行、 ◉ 回浙湖州十八日通信、 第二營、 開抵長興、 長興地處扼要、 防

滬松客車開否未定

、 自蘇開拔回浙之浙軍第三師第九團與、 已誌昨報、 該營原擬回駐省垣、 嗣因防範宜嚴、 業已中止回杭、 填紮長邑邊失蹤說、 實係無稽之談、 惟該處富戶、 以可慮、 已相率他避、 至於吳興縣境、 安謐與、 商界受其影響耳、 [?] 車開否未定 [?] 司令部、 電松江司令部、 十一) 日滬松間能否通車、 故今日通車否未決定、 (今晨三時半消息) 通車、 已停駛五日、 現新龍

紙面の出典:Source: Internet Archive / eastasia-periodicals

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