この日に発行された世界の新聞17紙の一面を、翻訳と解説で読めます。
ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語
- ヤンキースとカージナルス、3回まで0-0の膠着
- ジョンソン、請求の承認を弁護
- ポアンカレ、債務協定承認の方針を固める
1926年10月5日付のイブニング・スターは、進行中のワールドシリーズを伝えた。判読しにくいセントルイス発の速報は、カージナルスとヤンキースの第3戦が3回まで無得点だと報じ、両投手の投球をたたえ、ビリー・サウスワースがこの日の初安打を放ったと伝え、両軍の打順を載せた。請求の承認を弁護したという見出しの下で、抜粋した欄は実際にはAP通信の記事の末尾を載せていた。その記事は、ニュージャージー州の強盗団がカーニーという運転者を射殺し、息子を撃ち、仲間の一人まで撃って、車を奪いながら逃げた様子を伝えた。パリ発のAP電は、ドイツの賠償と結びつく保証がないとしてメロン・ベランジェ戦債協定に反対してきたポアンカレ首相が、議会の批判を抑えるための口頭の留保を付けて批准を受け入れる用意を固めたと報じた。
モンゴメリー(アメリカ) · 英語
- ブランドン知事、南部諸州の知事に州都での会合を要請
- 生き埋めの鉱員23人、絶望視
- インディアナの新聞人、政治腐敗の告発の立証目指す
1926年10月5日付のモンゴメリー・アドバタイザー紙1面は、アラバマ州のブランドン知事が綿花栽培州の知事たちに、10月11〜12日にモンゴメリーで開かれる合衆国商業会議所の農業会議に合わせて集まるよう電報で呼びかけたことを伝えた。同紙は、地元市場のスポット綿が生産費を約9セント下回る11.75セントで売られたことも報じた。ジャーディン農務長官は州農業局あての書簡で、テキサスの銀行家による買い支え案に代えて、中間信用銀行から借り入れる信用会社を設ける案を示し、同紙はこの書簡も紹介した。テネシー州ロックウッドからのAP電は、ローン製鉄会社の鉱山で爆発が起き、鉱員23人が生き埋めとみられ、遺体4体が見つかり4人が救出されたと伝えた。インディアナポリス発の記事は、新聞発行人トマス・H・アダムズ氏が、服役中の元KKK指導者D・C・ステフェンソンから政治腐敗の裏付けを得ようとジャクソン知事に面会許可を求めたことを報じた。同じ欄には、マイアミ沖で行方不明になったクルーザーの捜索と、娘をニッカーズ姿で登校させた母親の話も並んだ。
ベルリン(ドイツ) · ドイツ語
- 酒精スキャンダルで逮捕者
- フランス、新たな債務危機の前夜
- 沈黙の戦術
1926年10月5日付のフォス新聞は、ベルリンの酒精密輸事件での逮捕を一面の筆頭で伝えた。記事によれば、銀行家カール・リンデマンとその兄弟に勾留状が出た。解読されたバルト海の海図は、ヨット「ペリカン」とスクーナー船「インゲ」が10マイル境界線の外で落ち合った地点を示していた。中心人物の機関士バウアーはまだ逃走中だった。パリ発の記事は、連合国間債務の問題がトワリー協議に影を落としていると報じた。記事によれば、ポアンカレは協議に不信を抱き、アメリカは条件付きの批准を拒んだ。ニューヨーク発の記事は、ホワイトハウスがトワリー計画を疑問視していると伝えた。最終的なライヒ経済評議会の法案を紹介する短報も載った。ケルン発の論評は、ドイツ人民党がシュトレーゼマンに完全に従いながら、連立問題への回答を避けたと論じた。
パリ(フランス) · フランス語
- 歴史の評決
- ささやかな再開
- ラインラントでフランス軍下士官が暗殺される
1926年10月5日付のル・フィガロ第1面は、「アンテリム」の署名がある社説「歴史の評決」で、ドイツ外相シュトレーゼマンが自国の戦争責任を否定しようとするのは誤りだと主張した。社説は、1914年の開戦時にドイツとオーストリアの同盟国だったイタリアが下した決定こそ決定的な証言だと論じた。アンリ・ヴォノヴァンの政治コラムは、財政委員会が作業を再開したもののすぐに打ち切り、議員たちが議場の控えの間で雑談するだけの静かな議会再開を描いた。外交欄は、パリの為替相場表の横で、占領下のラインラントでフランス軍の下士官が暗殺されたことを見出しで伝えた。
ウィーン(オーストリア) · ドイツ語
- ヴィルト博士、独仏和解を説く
- ザルツブルク殺人裁判の判決
- 兄弟フランチェスコ
1926年10月5日のウィーンの新自由新聞は、前ドイツ首相ヨーゼフ・ヴィルトを称える論説を紙面の中心に置いた。論説は、ヴィルトがウィーンの汎ヨーロッパ会議で日曜日に行った独仏和解の演説を紹介し、1921年から22年にかけて賠償の重圧と政治テロのなかで彼が進めた履行政策を振り返った。論説はさらに、国会議長レーベがヴィルトに贈った言葉を引用し、ロカルノ、国際連盟加盟、トワリーでのシュトレーゼマンとブリアンの会談が和解への期待を高めたと論じた。短い記事は、ザルツブルク殺人裁判で陪審が下した評決を深夜の速報として伝えた。実行犯は禁錮15年、殺害を依頼した男は終身禁錮となった。文芸欄では、ゲオルク・テラマーレがアッシジのフランチェスコの没後700年を記念する一文を、夕暮れのアッシジに響く鐘の描写から書き始めた。
アルジェ(アルジェリア) · フランス語
- 仏独関係
- ゲルマースハイム事件のあと
- 汎ヨーロッパ会議
1926年10月5日付の『エコー・ダルジェ』第1面は、仏独和解を求める議論とその摩擦を並べて伝えた。諸紙の論評欄は『エール・ヌーヴェル』の論説を引き、仏独接近を両国にとって死活的な必要事であり、ヨーロッパ合衆国への第一歩だと論じる意見を紹介した。同じ論説は、シュトレーゼマンが戦争責任の論争を蒸し返したことを惜しんだ。ヴェルダン発の記事は、ゲルマースハイムを離れた第311砲兵連隊を市長が歓迎し、フランスの善意はドイツ側の誠実さ次第だと警告したことを報じた。ウィーン発の記事は、第1回汎ヨーロッパ会議の開幕、名誉議長の顔ぶれ、フランス代表団、ブリアンの電報を伝えた。
Madagascar · フランス語
1926年10月5日付の『ラ・トリビューン・ド・マダガスカル』は、一面に労働者の有給休暇を扱う記事の見出しを掲げた。この読み取りは記事の本文を含まず、見出しの下にある第20年・第1927号という題字欄の一行しか訳していない。同紙は「シュタールトラスト」と題する短い論評で、アメリカが信用供与の見返りとしてこの新しい鉄鋼トラストをドイツに押しつけたと主張した。同紙は名前の判読できない金融界の大物の言葉として、ドイツ重工業を買った者はその政治力も買ったのであり、ドイツに戦争もソビエトとの同盟も許さないという発言を引いた。同紙はまた、リヴォルノで会談したムッソリーニとチェンバレンが英伊の親密さを確認したと伝えた。同紙は、フランスの新聞が地中海の大国の除外を遺憾としたことと、『エコー・ド・パリ』紙が会談の国際的影響を大きく見なかったことも報じた。
サイゴン(現ベトナム) · フランス語
- コーチシナのアンナン人有権者諸君へ
- 諸君、親愛なる同胞諸君
- チェンバレン氏会見談
1926年10月5日付の『レコー・アンナミット』1面は、5日後に迫ったコーチシナ植民地評議会選挙の記事を中心に組まれていた。ブイ・クアン・チエウは署名入りの呼びかけで、アンナン人有権者に「10人名簿」への一括投票を求めた。チエウは、まとまった代表だけが商業港の利権、租税、米の輸出税、塩田、森林などの問題で力をもつと説き、五つの選挙区の候補者を2人ずつ挙げた。続いて候補者10人は連名で綱領を示し、フランス行政当局との誠実で毅然とした協力、相互の信頼による改革、フランスの主権を問わない姿勢を約束した。外電は、ロンドンに戻ったオースティン・チェンバレンがムッソリーニとの会談と、トワリーでのブリアンとシュトレーゼマンの会談について語った内容を伝え、新たな協定はなかったという同氏の説明を報じた。
Czechia · ドイツ語
- 納税道徳
- アメリカは行動を拒むのか
- トロツキーとジノヴィエフの攻勢
1926年10月5日付のプラーガー・ターゲブラットは、エングリシュ財務相がまとめたチェコスロヴァキアの直接税改革草案を歓迎する論説を一面の冒頭に掲げた。論説は、企業が国と市町村に利益の80パーセントを取られていると訴え、税率の引き下げ、市町村付加税の上限、直接税の統一的な法典化を評価した。論説はまた、納税者をまず信頼し、脱税は厳しく罰するという方針を歓迎し、ラシーンの単一税構想を見送った判断も支持した。同じ面は、ドーズ債の動員を柱とする独仏のトワリー計画にアメリカ政府が疑念を抱いていると伝え、対米債務協定の批准をめぐるブリアンとポワンカレの対立も報じた。モスクワからは、トロツキーやジノヴィエフら反対派指導者が党の討論禁止を無視して工場に乗り込み、非難を受けたというタス通信とユナイテッド・プレスの記事が届いた。
ジュネーヴ(スイス) · フランス語
- 鉄鋼カルテル
- 印紙税の引き上げ
- 「ポヴェレッロ」の七百年祭
1926年10月5日付のジュルナル・ド・ジュネーヴは、ブリュッセルで調印されたばかりの大陸鉄鋼カルテルを論じるW. M.署名の論説を第1面の最初に載せた。論説は、生産を減らすのではなく配分するという推進者の説明を紹介し、政府が関与せず英国も外れたというルシュールの批判を伝えた。そのうえで論説は、鉄鋼業の大物たちが彼らなりのロカルノを結んだことで、ブリアンとシュトレーゼマンの仏独接近が経済の支えを得たと論じた。J. M.署名の評論は、連邦参事会の印紙税引き上げ案を攻撃した。評論は、約1100万フランの増収が国民議会の決めた公務員給与の引き上げに消えるだけだと主張し、全州議会に資金を断つよう求めた。アッシジの特派員は、聖フランチェスコ没後七百年祭に向けて町が修復される様子を伝えた。
ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl
ポリティカ紙は、ベオグラードの国民議会がチェコスロバキア議会代表団を迎えた式典を紙面を割いて伝えた。最初の記事は、議会議長団が警察コミッサールのジョキッチ氏の助けを得て歓迎の準備を整えた様子を報じた。記事によれば、入場券は各会派を通じて配られ、警察書記と憲兵が早朝から議事堂前の秩序を保ち、中庭は緑の枝葉と両国の国旗と電球で飾られた。二つ目の記事は本会議の発言の一部を載せた。議長席の発言者はドラゴリュブ・ラドイェヴィッチ議員の死去を告げたあと、通常の議事を後回しにし、兄弟であるチェコスロバキア国民の代表の来訪を、まれですばらしい一日だと称えた。発言者は、会議を中断することが最大の栄誉を示す議会の慣例だとも述べた。紙面にはチェコスロバキアの祝辞の表紙の図版と写真も並んだ。この読み取りは二つの記事の冒頭部分を対象とし、写真の内容は扱わない。
オスロ(ノルウェー) · ノルウェー語
- 強制は道徳を生まない
- 王宮での晩餐会
- ティンフォス社労働者住宅からの立ち退き
1926年10月5日付のアフテンポステン紙一面は、ドランメンの学校監督官スヴェン・スヴェンセンの署名入り論説を載せた。スヴェンセンは「強制は道徳を生まない」という自説を擁護し、子どもは習慣づけで学ぶが、法律、とりわけロブスターの最小体長のような便宜上の法律は世論の支持がなければ反発と大量の違反を招くと論じた。同じ面は、来訪中のフィンランド大統領を迎えた王宮晩餐会でのホーコン国王の乾杯の辞を伝え、国王が大統領のノルウェー農業大学での留学に触れたことを報じた。シーエン発の記事は、ノットデンの救貧当局が滞納家賃の支払いを申し出たにもかかわらず、ティンフォス社の労働者住宅からの立ち退きが木曜日に行われる見通しだと伝え、警察に秩序維持が求められたことも報じた。
ライデン(オランダ) · オランダ語
- あらゆる点で成功した祭り
- ゴールミー・エン・バールの入場
- 行列
1926年10月5日付のライツ・ダッハブラット紙は、第1面でライデンの10月3日祭を振り返った。紙面は、祭りが土曜の午後から月曜の深夜過ぎまで続き、一度も不協和音なく成功したと伝えた。紙面は、月曜朝の霧が一部の人を少しがっかりさせたかもしれないとも書いた。3オクトーバー協会の役員会がボワゾー、ファン・デル・ドゥース、ファン・ハウトの記念碑で静かな式典を行ったことも報じられた。スヘルトーヘンボスのゴールミー・エン・バール社の王立音楽隊を迎えるため、多くの人がステーション広場に集まったという記事も並んだ。野外劇の後にクレイトホフで隊列を整えた歴史行列についての記事も載った。
チュニス(チュニジア) · フランス語
- 政治の決算
- 下院財政委員会、昨日作業を再開
- ウィーンで第1回汎ヨーロッパ会議
1926年10月5日付のチュニスの日刊紙は、1面の冒頭にマルセル・ユアールのフランス政局論を載せた。ユアールは、議会の再開を前に急進派や社会党が規律と閣僚参加をめぐって争っていると書き、左翼カルテルは破綻したと論じた。パリ発の記事は、下院財政委員会が1927年度予算の審議を再開したと伝えた。記事によると、政府が配った歳出案の冊子には改革の費用が入っておらず、委員長アンリ・シモンが首相に説明を求めることになった。ウィーン発の記事は、第1回汎ヨーロッパ会議の開幕を報じた。記事はザイペルの開会演説や新しい旗、オーストリアの合併問題を提起した汎ゲルマン派への議長の回答、ヴィルトへの喝采を伝えた。紙面にはボージョレのぶどう収穫とケルンでのクルティウス演説の短信も並んだが、どちらも途中で切れていた。
サンティアゴ(チリ) · スペイン語
- わが愛好家たち、エスタシオン・デル・ノルテで客人を歓迎へ
- ロス・アンデスでの代表団の出迎え
- 合宿中の選手たち、練習を続ける
1926年10月5日付のサンティアゴ紙「ラ・ナシオン」は、南米サッカー選手権の開幕を前にした話題を1面で伝えた。同紙は、市内のスポーツ愛好家たちがその夜エスタシオン・デル・ノルテ駅で各国代表団を出迎えると報じ、代表団を友好国の「使節団」と呼んで自らも歓迎のあいさつを送った。続く記事は、アンデス越え鉄道のチリ側の終点であるロス・アンデスの町が「大西洋側から」来る使節団を熱心に迎える準備をしていると伝えた。別の欄の短い記事は、チリのフットボール連盟がエル・リャノ競技場に集めた選手たちが試合に向けて練習を続けていると報じた。
ブエノスアイレス(アルゼンチン) · スペイン語
- 警察が手がかりをつかむ
- 犯人ら逃走
- 青酸カリが目下の強迫観念
1926年10月5日の『クリティカ』紙のこの面は、二つの事件を伝えた。ポラックという男性の殺害事件について、同紙は遺体発見現場にデ・ラ・クエスタ警視と自紙の警察担当記者がいたところへ、ベジャ・ビスタ分署のミゲル・キアッパレ警部が重要な情報を持ち込んだと報じた。同紙は語り手が医師から聞いた話として、ライトを消した謎の自動車が橋の上に残されていた様子も載せ、マタンサスの貸切車に関する記載も並んだ。別の速報は、クロット州知事の政府で大臣を務めたオラシオ・バレラがインテンデンテ・アルベアル広場のベンチで青酸カリを飲んで自殺し、判事と警察署長に宛てた手紙を残したと伝えた。同紙はこの速報で1926年を「青酸カリの年」と呼んだ。この読み取りは3面に続くポラック事件の本記を含まない。
Italy · イタリア語
- ノイシュタットでフランス下士官が刺される
- トリエステにおけるバルドゥッツィ議員の働き
- イタリアとフランスの友好
1926年10月5日のイル・ピッコロは、プチ・パリジャン紙を引いたパリ発の記事で、ノイシュタットの混んだレストランで私服のドイツ人がフランス第12砲兵連隊のオーディグー軍曹に飲み物を勧め、妻を殺すつもりだと話した末に、口論もないまま軍曹の胸を短剣で刺したと伝えた。ブレシア発のファシスト党報道局の発表は、トゥラーティ書記長がトリエステ・ファッショの特別委員バルドゥッツィの働きとヴェローナ県連の方針を承認したと報じた。その後には、上下両院が11月に再開する見込みだという短い記事の書き出しが続いた。ロンドン発の記事は、チェンバレンとムッソリーニのリヴォルノ会談がフランスに向けたものではなく、イタリアとフランスの友好が英国の利益にかなうとするモーニング・ポストの社説を紹介した。この読み取りは三つの抜粋の一部を扱い、そのうち二つは文の途中までしか訳していない。