この日に発行された世界の新聞15紙の一面を、翻訳と解説で読めます。
ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語
- 自動車転落でA・S・ウィリアムズ大佐死亡 バトラーが告発した人物
- フロリダ州知事が救援を妨害とペイン氏が非難
- ピウスツキ、ポーランド首相に就任
1926年10月1日付イブニング・スター紙の第1面は、サンフランシスコ発AP電として、春にサンディエゴでスメドリー・バトラー将軍の告発による「カクテル」軍法会議にかけられた海兵隊の募兵責任者アレクサンダー・S・ウィリアムズ大佐が、ボヘミアン・クラブで夕食をとると妻に告げて出かけた夜の後、運転する車ごと湾に転落して溺死したと伝えた。同じ面には、赤十字のジョン・バートン・ペイン議長が、冬の観光シーズンを守りたいフロリダの当局者と不動産業者が9月18日のハリケーン被害を小さく見せ、救援を妨げていると非難した記事も載った。マイアミで赤十字の報告を検閲にかけようとする要請があったことも報じた。ワルシャワ発の記事は、5月のクーデターを率いながら表舞台から退いていたピウスツキ元帥が、バルテル内閣の総辞職を受けて首相に就いたと伝えた。本稿が扱うのはこの3本の抜粋で、各記事の続きの部分は含まない。
モンゴメリー(アメリカ) · 英語
- 下院が歳出項目を削減、バルテル内閣が総辞職
- 被災地域への追加援助を緊急に訴え
- 綿花危機の救済へ連邦の援助は準備済み―ジャーディン
1926年10月1日付のモントゴメリー・アドバタイザー紙1面は、三つの危機を伝えた。ワルシャワ発のAP電は、1926年最後の四半期に向けた政府の歳出要求を下院が削減したのを受けて、バルテル内閣が総辞職したと報じた。モシチツキ大統領はピウスツキ元帥の意向を受けたとされ、議会を解散して1月に選挙を行う代わりに辞表を受理した。経済閣僚らは、寒い1月には農民が投票に来ないと進言していたと記事は伝えた。マイアミ発の記事では、赤十字のジェームズ・L・フィーザー氏が、ハリケーン救援のために集まった300万ドルでは全く足りないと訴えた。同氏は裕福なフロリダなら自力で対処できるという思い込みを批判し、負担を背負ったのは賃金労働者だと強調した。アラバマからは、ジャーディン農務長官がファーム・ビューローのオニール会長に対し、組織化された綿花農家はニューオーリンズの中間信用銀行から市場価格の65%を得られると伝えたことが報じられた。オニール氏は農家自身の組織を通じて余剰綿花を処理するよう呼びかけた。
ベルリン(ドイツ) · ドイツ語
- 鉄鋼カルテル成立
- チェンバレン、ムッソリーニと会談
- 投票の自由を守れ!
1926年10月1日付のフォス新聞は、独仏の譲歩でベルギーの要求が収まり、ドイツ・フランス・ベルギー・ルクセンブルクの実業家が国際鉄鋼カルテルを締結したと報じた。記事はベルギーの割当量の数字を示し、ポーランドとチェコスロバキアが5年間の協定に後から加わる可能性があるという『タン』紙の報道も伝えた。ローマ発では、リヴォルノ沖のヨット上でのチェンバレン英外相とムッソリーニの会談が1時間以上に及んだと報じ、ステファニ通信の半官的発表を載せた。さらに参事官ヘンチェル博士の署名記事は、先の国民投票で投票すれば解雇やボイコットをするという脅しがかけられたことを挙げた。そのうえで、投票の自由を守る法規の見直しを求めた。
パリ(フランス) · フランス語
1926年10月1日付のフィガロ紙で、アンドレ・モーロワは署名入りのエッセーを寄せ、フランス領バスク地方の新しい別荘が白壁や非対称の瓦屋根、彩色された梁といった農家の様式を写していることを称え、日常の言葉から文体を築く大作家になぞらえた。ブリュッセル発の記事は、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、ドイツの国際鉄鋼カルテルが9月30日に調印されたと報じた。これに先立ち、ベルギーは月産割当を26万5000トンから29万5000トンに引き上げる要求を通していた。ラティエ提督は、軍艦を連続建造すれば同じ費用で3隻ではなく4隻を得られると論じた。そして、たび重なる建艦計画の変更がその実行を妨げていると指摘した。
ウィーン(オーストリア) · ドイツ語
- パンヨーロ…への第一歩:
- ポーランド政府、再び総辞職
- ウィーンの美術展覧会
1926年10月1日付のノイエ・フライエ・プレッセは、ドイツ、フランス、ベルギーと周辺地域の生産者による新たな鉄協定を歓迎するウィーン発の社説を冒頭に掲げた。社説はカルテルの危険を認めつつも、ルールの石炭とエルザス=ロートリンゲンの鉱石を引き裂いたのは愚行だったと論じた。そして、重工業の古い排外主義が退き、平和になっても戦争を続ければヨーロッパの繁栄を壊すという認識に代わったと主張した。ワルシャワからは、上院による暫定予算の削減をセイムが受け入れた後、カジミェシュ・バルテル内閣が総辞職したと報じた。バルテルは辞職前にモシチツキ大統領、ピウスツキ元帥と協議し、その後セイムは左派による自主解散の動議を否決したと伝えた。第1面には、ミュージアム友の会による第5回展の評の冒頭も載った。この展覧会は、研究者が近年になってようやく取り組み始めた中世オーストリア美術を扱うものだった。
サイゴン(現ベトナム) · フランス語
- たゆたえども沈まず(FLUCTUAT NEC MERGITUR!)
- 選挙区の有権者諸君へ
- 読者からの便り
1926年10月1日付の『エコー・アナミット』のこの紙面には、反植民地の論説、選挙運動、郵便をめぐる苦情が並んだ。ヴァン・アインの署名コラムは、あらゆる征服は不正だと論じた。植民地化とは文明化だというフランスの主張を皮肉り、フランスをインドシナへ導き、そこにとどめているのは利益と力だとする共和主義者A・E・バビュの告白を引用した。ブイ・クアン・チエウは有権者への挨拶文で、行政機関での29年の勤務と20年にわたる活動の実績を示した。植民地評議会では「フランス・アンナン協力」と教育の拡充、民衆の尊厳を目指すと約束し、ファン・チャウ・チンの亡骸の前で立てた誓いにも触れた。ドンホイの読者は、新聞の号がたびたび届かないと訴え、郵便局や理事官府での横取りを疑った。編集部はこれに応えて「闇の検閲室」の存在を非難した。
ジュネーヴ(スイス) · フランス語
- 放棄か?
- 義務兵役制に反対して
- 接近政策とドイツの世論
1926年10月1日付のジュルナル・ド・ジュネーヴ第1面は、J. M.の署名入り社説を冒頭に掲げ、国民投票運動の初めにあたって、連邦による恒久的な穀物専売に反対する第一の理由を示した。社説は、戦時中にパンと石炭を国家が管理したことは非常時の必要だったと認めつつ、平時に国家が輸入を独占することは国家主義への危険な飛躍だと論じた。その下でフェイレル大佐は、義務兵役制の廃止を国際連盟に求めた平和主義者の宣言を批判した。スイス人署名者のオーギュスト・フォレルとレオナール・ラガツを名指しし、長く続いた義務兵役制こそスイスの存立と自由を支えてきたと主張した。ベルリン発の記事は、トワリー会談とロカルノをめぐるドイツの反応を伝えた。独仏同盟を口にする新聞がある一方、テークリッヒェ・ルントシャウ紙はまず占領軍と軍事管理を終わらせるよう求めていたと報じた。
ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl
ベオグラードの『ポリティカ』紙は、ブルガリア外交を論じた社説で、アンドレイ・リャプチェフ内閣はアレクサンダル・ツァンコフ教授の政府の路線を引き継いでいると論じた。同紙によれば、変わったのはやり方だけだった。前外相フリスト・カルフォフは粗暴で、自分の行動を隠せなかった。後任のアタナス・ブロフは有能で、巧みに立ち回る人物だとした。同紙は、ブロフの策動はすべてユーゴスラビアを出口のない立場に追い込み、背後から刺すためのものだと非難した。さらに、内閣の顔ぶれを知る者なら疑う余地はないと断じた。
オスロ(ノルウェー) · ノルウェー語
- オーベール総裁、『アフテンポステン』に語る
- アルグス 今冬の募金、本日開始
- 月曜日の王宮晩餐会
この日の『アフテンポステン』紙面には、産業、慈善、宮廷の話題が並んだ。ノルスク・ハイドロのアクセル・オーベール総裁はインタビューで、新しい試験工場では固定窒素1単位あたりの動力が旧来のビルケラン=エイデ法の3分の1で済むと語った。工場は1927年中に完成してホルムボー所長の電解槽を採用し、仕事の主要部分を国内で行えるので多くのノルウェー人労働者が職を得ると述べた。F・G・ファルベンインドゥストリー(バーディッシェ)との提携のうわさはきっぱり否定した。3人の署名者は、「恥を忍ぶ貧者」のための恒例のアルグス冬季募金の開始を告げた。生活費は下がったものの失業は増えたと訴え、閉ざされたアルグス事務所の前から人々が泣きながら帰っていったと書いた。宮廷欄は、来訪したフィンランド大統領のために国王夫妻が催す晩餐会の招待者を列挙した。
ライデン(オランダ) · オランダ語
- C・ファン・フォレンホーフェン教授、教授在職25年
- キリスト教金属工組合の有給役員として12½年
- L.S.C.新会員の入会式
1926年10月1日付のライデン・ダハブラット第1面には、ライデンらしい話題が並んだ。コルネリス・ファン・フォレンホーフェンの教授在職25年を祝う記事は、その講義と人柄、植民地問題での見識をたたえ、1891年の入学からオランダ領インドの法に関する先駆的著作に至る経歴を振り返った。キリスト教金属工組合の記念式典の報告は、12½年にわたり有給役員を務めたフランス・エルケルバウトが金時計を贈られ、自らの仕事を支えた信仰について語った様子を伝えた。ライデン学生団の新会員入会式での演説も掲載され、新入生に対し、「群れの動物」にならずに真の連帯を築くよう説いた。
上海(中国) · 中国語
1926年10月1日付の上海の日刊紙『時報』は、「大戦在布置中」と題した短い戦況記事で、南軍の大部隊がすでに東へ下り、漢口以北に出兵していた何健の部隊も当日漢口に来て東へ下ったとして、情勢がいよいよ切迫していると伝えた。同じ紙面には上海の広益書局による樊山の著作4種の広告が並び、全10冊の詩文集から全2冊の滑稽詩文集まで、いずれも特価六掛け・送料別だった。広告には北京から開封までの支店も記されていた。軍事記事は断片的にしか読めず、前後の文脈は確認できない。
北京(中国) · 中国語
- 本紙出版部 委託販売書目
- 世界日報副刊合本
- 第一舞台・徳記商行公告
1926年10月1日付の北京『世界日報』のこの面で読み取れる範囲では、政治記事より商業的な告知が中心だった。同紙の出版部は、国内の価値ある図書・雑誌を委託販売していると告げ、最近委託された書目の抜粋を掲げ始めた。別の広告は『世界日報副刊』の月ごとの合本を宣伝し、印刷・装丁の美しさや1冊約120ページであること、古新聞を綴じただけの粗末なものとは違うことを強調した。また第一舞台と徳記商行は短い告知を出し、新しい映画が北京に届かないため上映を休止し、契約を撤回したと伝えた。書目の具体的な題名や価格は、この読み取りには含まれない。
サンティアゴ(チリ) · スペイン語
1926年10月1日付のサンティアゴの紙面は、英国巡洋艦「コロンボ」の士官と水兵がチリの首都を訪れた様子を写真特集で伝えた。残っている番号付きキャプションには、モネダ宮前の場面や、士官たちが共和国大統領への表敬に到着する場面があった。写真の隣にはガイ・デント作とされる短編「炉」の一部が載った。ヴィオレタという女性を捜す男がリンデン通り27番地にたどり着き、空き家に挟まれたその家を、実験にうってつけの静かな場所だと考える場面だった。紙面下部には、10月8日に市立劇場で開かれる消防隊のための慈善公演『タイス』の広告が出た。出演はカルメン・メリスとアルマンド・クラッベで、ボックス席は250ドルから500ドル、別の席種が100ドルだった。この読解は判読できた断片に限られ、写真特集と小説の全文は含まない。
ブエノスアイレス(アルゼンチン) · スペイン語
- 英国人クリアリー、ついに口を開く
- 政治と犯罪
- 警察、いま大々的な活動を展開
1926年10月1日付の『クリティカ』は、ビセンテ・ロペスで起きたライ医師殺害事件を引き続き大きく扱った。記者は取材を拒み続けていた英国人クリアリー氏にようやく話を聞き、使用人アンヘラ・ビジャルバの供述が生んだ問題の重大さを説いたうえで、アルゼンチン生まれながら英国で育った妻はサクソン流の習慣を守り、家の使用人と話すのに必要な程度しかスペイン語を話さないという氏の言葉を伝えた。社説は、報道の節度を説いてきたある新聞が事件を次の選挙の材料と見なし、予審記録にあるマリア・ポエイの半生を全文掲載したと非難した。別の記事は、首都と州の捜査員がサンティアゴ警視の執務室に集まり、警視が盗賊を追っていると記者に語ったことを報じた。
Italy · イタリア語
- イタリア抜きでもなく、イタリアに敵対するのでもなく
- フランス政府、譲らず
- 月末の決済
1926年10月1日付のイル・ピッコロには、性格の異なる3本の記事が載った。1本目はローマのトリブーナ紙の論説を長く引用したもので、ムッソリーニとオースティン・チェンバレンの会見を、もはやイタリア抜きでヨーロッパは動かせないことの証しとして描いた。ブリアン・シュトレーゼマン会談にこびへつらうイタリア国内の社会民主主義系新聞をあざけり、タンジールやアビシニアの問題は最近の合意ですでに明確になっていると論じた。パリからは、抗議に来た議員代表団に対し、ポアンカレが行政改革の政令一つ一つに信任問題をかけ、修正には一切応じないと告げたことを伝えた。ジェノヴァとトリノからは、取引所の月末決済が停止されたことを報じた。仲買人の支払不能が相次ぎ、ジェノヴァの仲買人の破綻でイタリア銀行への証券の引き渡しが滞ったと報じた。この読み取りは選ばれた3本の抜粋に限られ、紙面のほかの記事は含まない。