L’Écho d’Alger
- トワリー会談後――情報の訂正
- ニューヨーク―パリ
- マルセイユ旧市街の改造
トワリー関連記事は、ルシュールの訪問と政府の対独任務を区別した。ニューヨーク―パリの航空見出しとマルセイユの取り壊し計画も並んだ。
一面から画像照合した範囲の抜粋。部分読解であり、一面や各記事の全文ではない。
翻訳
トワリー会談後――情報の訂正
ジュネーヴ、9月19日発。政府がルシュール氏に、トワリーで始まった会談に関する何らかの任務を与え、ドイツへ派遣するというのは事実ではない。
同氏は10月にベルリンとウィーンを訪れ、自ら構想した国際経済会議の案を商業会議所で説明するだけである。
ニューヨーク―パリ
長距離飛行への大いなる挑戦
ニューヨーク―パリ
マルセイユ旧市街の改造
マルセイユ、9月19日発(本紙特派員)。明日、マルセイユ旧市街の大改造計画は、新たな段階を迎える。周知のとおり、コルベール通り、レピュブリック通り、取引所の間にある、かなり急な斜面の地区を、丸ごと取り壊す計画である。
解説
仏独外交と並行する経済交流
ドイツ訪問が注目されたのは、ロカルノ後の仏独接近をブリアンとシュトレーゼマンが進めていたからだった。9月14日に発効した条約は、ドイツの西側国境を保障し、紛争を平和的に解決する仕組みを設けている。一方、ルシュールの経済会議構想は、それとは別の交流の経路だった。和解への期待が高まる中では、経済界の取り組みも政府間交渉の一環として受け止められやすかったことが、この訂正からうかがえる。
ニューヨーク―パリが航空の目標となった理由
二つの大都市を直接結ぶ飛行は、長距離航空の能力を示す大きな試金石だった。両都市間の初の無着陸飛行には、2万5,000ドルのオルティーグ賞が懸けられていた。この路線で今日よく知られる成功は、まだ先の出来事である。チャールズ・リンドバーグがニューヨークからパリへ飛んだのは1927年5月20〜21日だった。1926年9月の見出しは、その成功に至るまで、挑戦に期待が集まっていた時期のものなのである。
一地区を取り壊すという都市改造
マルセイユの計画は、建物を一軒ずつ修理するものではなく、地区全体を取り壊す規模の改造だった。三つの境界と急な斜面が示されることで、「刷新」という抽象的な言葉が、特定の街並みを変える事業として見えてくる。通信員は大計画の新たな進展として伝えているが、同じ記述からは、その区域にあった古い街の環境そのものが、事業によって失われる対象だったことも分かる。
原文
Après l’entrevue de Thoiry — Une mise au point
Genève, 19 septembre. — Il est inexact que M. Loucheur soit chargé par le Gouvernement d’une mission quelconque en Allemagne, relative aux conversations engagées à Thoiry.
Il va seulement, en octobre, à Berlin et à Vienne, pour exposer à la Chambre de commerce un projet de conférence économique internationale dont il est l’auteur.
New-York–Paris
Les grands raids aériens
NEW-YORK–PARIS
La rénovation des vieux quartiers de Marseille
Marseille, 19 septembre (de notre correspondant particulier). — La journée de demain marquera une nouvelle étape dans l’exécution du plan gigantesque de la rénovation des vieux quartiers de Marseille. On sait qu’il s’agit de la démolition de tout le quartier situé sur une pente assez abrupte, entre la rue Colbert, la rue de la République et la Bourse.