London Evening Advertiser
- カー博士、「自家醸造」をめぐる新方針を批判
- 深い立坑、泥でふさがる
- 協会、カラーに宣戦布告
この部分的な読み取りでは、1926年11月4日付ロンドン・イブニング・アドバタイザーの3本の記事を取り上げた。ハミルトン発のカナディアン・プレス電は、ファーガソン内閣の閣僚カー博士の声明を伝えた。カー博士は、州内の自家醸造を阻止するという州首相の発表に驚いたと述べ、連邦政府が認めてきた慣習への干渉を内閣は一度も検討していないと語った。ミシガン州イシュペミング発のAP電は、バーンズ・ヘッカー鉄鉱山で立坑の上の沼の底が抜けて52人の鉱夫が閉じ込められ、未亡人と遺児が泥の穴のそばで夜通し見守ったと報じた。パリ発の記事は、「反さらし台協会」が夜会服でも硬いカラーをやめるよう男性に呼びかけたことを伝えた。同協会は多数の会員を主張したが、名簿はまだ公開していなかった。
この版は3本の記事を部分的に読み取ったものである。提供されたOCRは断片的で紙面と一致しなかったため、本文は紙面の画像から書き起こした。カラーの記事は2枚の画像タイルにまたがっており、重なった部分で行をつないだため、確度は中程度としている。紙面の下端は破れ、左下は傷んでおり、タイルの端で切れた他の記事はこの読み取りに含めていない。
翻訳
カー博士、「自家醸造」をめぐる新方針を批判
カナディアン・プレス電
ハミルトン発、11月4日――ファーガソン内閣の閣僚であるカー博士は本日、オンタリオ州での自家醸造酒づくりを阻止する意向だという州首相の発表について、次の声明を出した。「率直に申し上げて、私は今朝の新聞に載ったファーガソン州首相の発表に驚いている。連邦政府が認め、合法としてきた古くからの慣習に干渉するという問題は、私の知る限り、ファーガソン州首相の内閣で一度も検討されたことがない」
深い立坑、泥でふさがる
AP電
ミシガン州イシュペミング発、11月4日――悲しみに打ちひしがれた女性と子どもたちの群れが、夜通し、大きく口を開けた泥の穴のまわりで見守りを続けた。その大半は犠牲者の未亡人と遺児である。この泥の穴は、昨日、当地近くのバーンズ・ヘッカー鉄鉱山で立坑の上にある沼の底が抜けて坑道が水浸しになった際に、閉じ込められた52人の鉱夫の墓となった場所である。
協会、カラーに宣戦布告
パリ発、11月4日――「世界中の女性はコルセットを捨てた。それなのに、なぜ男だけが硬いカラーの暴政に縛られたままでいなければならないのか」。これが「反さらし台協会」の合言葉である。同協会は会員に対し、夜会服を着るときでさえ硬いカラーを永久に捨て、昔ながらのストック・カラーか、より現代的なソフト・カラーに替えることを誓わせている。協会は多数の会員を抱えていると主張しているが、加盟者の名簿はまだ一般に公開されていない。
解説
ファーガソンの自家醸造方針と1926年の「禁酒選挙」
カー博士の声明は、1926年12月1日のオンタリオ州総選挙の選挙戦のさなかに出たものであり、投票日はこの記事のおよそ4週間後だった。この選挙では、ファーガソン政権がオンタリオ禁酒法を廃止し、禁酒に代えて政府が酒類販売を管理するという案が最大の争点だった。1916年に制定された同法は酒の販売を禁じたが、当初は州内での製造や輸入を認めていた。ファーガソン政権はすでにアルコール度数約2.2%のビールの販売を認めており、人々はこのビールを「ファーギーの泡」と呼んだ。自家醸造を抑える方針は、飲酒を規制と課税の仕組みに取り込む計画と合致するが、カー博士が反対した発表の具体的な中身はこの記事が伝える範囲でしか確かめられない。ファーガソンの保守党は議席をやや減らしながらも再選され、1927年には酒類管理法がオンタリオ禁酒法による禁酒を覆した。
閣僚が州首相を公然と批判した背景
カー博士の公然たる批判は、酒類問題がファーガソン自身の党を深く分断していたことを示している。ファーガソン内閣の司法長官ウィリアム・フォルジャー・ニクルはさらに進んで閣僚を辞任し、禁酒法廃止に反対する禁酒派候補として政府に対抗して立候補した。有権者もほぼ二分されており、1924年の住民投票ではオンタリオ禁酒法の存続を支持する票が51.5%、反対が48.5%だった。対立は地域とも重なり、保守党の支持基盤である大都市は圧倒的に飲酒容認の側に投票し、野党を支える農村部は主に禁酒の側に投票した。紙面のカー博士は、内閣がこの問題を一度も議論していないことと、自家醸造が連邦政府に認められ合法化された慣習であることの二点を反対の理由に挙げた。二点目は、この記事の中でカー博士自身が示した見方であり、ここで引いた歴史記述が確認した事実とは区別する必要がある。
バーンズ・ヘッカー鉱山はなぜ水没したのか
事故の翌日に書かれたAP電は、立坑の上にある沼の底が抜けたことを原因に挙げた。後の歴史記述は、より複雑な経過を示している。バーンズ・ヘッカー鉱山の鉱石は、水を含んだ厚い氷河性の砂と砂利の層の下にあり、初期の記録はこの層を「流砂」と呼んだ。1926年11月3日、定例の発破が大規模な落盤を引き起こしたが、発破区域に生存者がいないため、その理由はわかっていない。地表には陥没穴ができて上にあった湖の水が破れ目に流れ込み、水と泥は15分以内に坑内を満たした。紙面が伝えた閉じ込められた鉱夫52人という数字も、後に確定した死者51人とは異なり、この51人には郡の鉱山検査官も含まれていた。
犠牲者と遺族への補償
紙面が描いた夜通しの見守りは、そのまま永久の墓となった場所のそばで行われた。坑内が完全に水没し、排水もほとんど進まなかったため、関係者は本格的な遺体収容を危険すぎると判断し、犠牲者の大半は坑内に閉じ込められたままとなり、収容された遺体は10体にとどまった。犠牲者の多くはフィンランド系アメリカ人だった。1926年当時、ミシガン州法も連邦法も、所有者クリーブランド・クリフス社に遺族への損害賠償を義務づけていなかったが、同社は自主的に労災補償を2倍支払った。2025年の時点で、この崩落はミシガン州史上最悪の産業災害である。
パリの協会が攻撃した硬いカラー
「反さらし台協会」の存在と会員数の主張は、この短い記事だけに基づいており、記事自体も名簿が公開されていないと記している。協会の名前は、罪人の首を固定する木製のさらし台にカラーをなぞらえたものである。協会が反対した衣服については、歴史がよく記録されている。取り外し式のカラーは1827年にニューヨーク州トロイで発明され、20世紀初めには木綿や麻をでんぷんで硬くしたものが一般的だった。夜会服用の立ち襟は非常に硬く、高さが2〜3インチあり、頭を急に動かすとあごの下がすれることがあった。この事実は、協会が「暴政」と呼んだ不満に具体的な根拠を与えている。第一次世界大戦中、米軍の兵士は柔らかい襟の軍服を着ており、戦後は男性の服装がよりくつろいだものになった。1930年代には、取り外し式カラーを使い続けたのは年配の保守的な人々だけになった。参照した記述は主にアメリカの服装を扱っており、パリの協会のその後ではなく、全体の流れを示している。
原文
Carr Raps New Stand On ‘Brew’
Hamilton, Nov. 4. - Hon. Dr. Carr, member of the Ferguson cabinet, today gave out the following statement regarding the Premier's announcement that he proposed to prevent the making of home brew in Ontario: " I must frankly say that I am surprised at the announcement made by Premier Ferguson in the morning papers. The question of interfering with a long-established custom, indorsed and legalized by the Federal Government, is one that to my knowledge has never been considered by Premier Ferguson's cabinet. "
Deep Shaft Is Choked With Ooze
Ishpeming, Mich., Nov. 4. - A grief-stricken crowd of women and children, most of them widows and orphans of the victims, kept vigil throughout the night about the great, gaping mud pit which marked the grave of the 52 miners entrapped in the Barnes-Hecker iron mine near here yesterday when the bottom of a swamp over the shaft gave way, flooding the workings.
Society Wages War On Collars
Paris, Nov. 4. - " Women the world over have discarded corsets, why should man remain bound to the tyranny of the stiff collar? " is the rallying cry of the Anti-Pillory Society. The society pledges its members to abandon stiff collars forever, even with evening dress, substituting the old-fashioned stock collar, or the more modern soft collar. A large membership is claimed for the society, but the lists of adherents have not yet been opened to the public.
紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料