Neue Freie Presse
- 民主主義にとっての大いなる危険
- ナショナリズムと文化
- バルセロナで大量逮捕
ウィーンの『ノイエ・フライエ・プレッセ』のこの号は、フリードリヒ・アドラーを批判する社説を冒頭に掲げた。社説によれば、アドラーは社会主義の月刊誌『デア・カンプ』で社会民主党の綱領案を手ぬるいと批判し、「勤労人民の解放」を「プロレタリアートの階級支配」に置き換えるよう求めた。同紙はこの主張を素朴だとあざけり、民主主義への危険として扱った。別の記事は、民族的なうぬぼれと憎悪を退け、ある国民や人種が他より優れているという主張を否定する書簡を載せた。書簡の筆者は、国民の長所がそれぞれ対応する短所を伴うと論じた。バルセロナ発の短信は、国王とプリモ・デ・リベラの滞在中に毎晩花火による騒ぎが起き、医師と弁護士を含む14人が逮捕されたと伝えた。同じ短信は、国王が厳重に警護されたことも報じた。
翻訳
民主主義にとっての大いなる危険
フリードリヒ・アドラーが月刊誌『デア・カンプ』に党綱領についての論文を発表した。そして、この紳士たちが自分たちの理想として思い描くものを、ああも気楽に口にするときの、不器用さすれすれの素朴さには、毎度のことながら驚かされる。フリードリヒ・アドラーは綱領をいくつかの点で不完全だと考えており、その最も重大な欠陥の一つは、綱領が次のように請け合っている点にあるという。すなわち、社会民主労働者党が国家権力を獲得すれば、民主共和国はブルジョワジーの階級支配の道具から、労働者階級解放の道具へと変わる、というのである。この急進派にとって、これはあまりにもあいまいで、ばら色にすぎる。そして、勤労人民の解放という言葉の代わりに「プロレタリアートの階級支配」という言葉を置くよう彼がはっきりと要求していることを、よく覚えておかねばならない。
ナショナリズムと文化
「民族的なうぬぼれと民族的な憎悪についてあなたがおっしゃることに、私はまったく同感です。これらの性質が真の愛国心や正当な自負に似ているのは、ゆがんだ鏡に映った像が美しい原物に似ている程度にすぎません。そもそも、どこかの進んだ文化国民や人種が他より優れているなどと語るのはばかげています。どの国民にも長所があり、その長所はすぐさま短所をも伴うのです。たとえば、想像力豊かな国民はたいてい嘘つきになり、勇敢な国民は残酷に、正直な国民は鈍重になる、といった具合です。
バルセロナで大量逮捕
火曜日の早朝、医師一人と弁護士一人を含む14人が逮捕された。彼らは、国王とプリモ・デ・リベラの滞在中に組織された騒擾の首謀者だったとされる。毎晩、市内の多数の場所で大型の花火が爆発し、大きな騒音を立てた。国王は大半の時間をバルセロナの外で過ごし、きわめて厳重に警護された。国王が劇場を訪れる際には、事前に告知されなかった。
解説
「急進派」と呼ばれたフリードリヒ・アドラー
社説が批判したフリードリヒ・アドラーは、オーストリア社会民主主義で最も名の知れた人物の一人だった。アドラーはウィーンで、社会民主労働者党の創設者ヴィクトル・アドラーの息子として生まれた。アドラーは第一次世界大戦前、記事に登場する月刊誌『デア・カンプ』の編集にあたり、党左派の代弁者となった。アドラーは1916年にカール・フォン・シュテュルク首相を暗殺した人物として最もよく知られている。1926年のアドラーは主に国際舞台で活動しており、社会主義労働者インターナショナルの創設以来その書記長を務め、1940年までその職にあった。『ノイエ・フライエ・プレッセ』は彼を単に「急進派」と呼び、「この紳士たち」とあざけった。同紙はこうして、運動の中でも特に目立つ左派の人物の一人を標的にしたのである。
論争の的となったリンツ綱領
この記事は、社会民主労働者党の新綱領をめぐる議論の最終段階に掲載された。同党は本号の5日後にあたる1926年11月3日、リンツで新綱領を採択した。オットー・バウアー、マックス・アドラー、カール・レンナーの3人が綱領を起草した。マックス・アドラーは、この社説が批判したフリードリヒ・アドラーとは別人である。オーストリア歴史館によれば、綱領は急進的な言葉を使う一方で、選挙と議会多数派という民主的手段で党の要求を実現すると主張した。同紙によれば、フリードリヒ・アドラーは、党が国家権力を得れば民主共和国が労働者階級解放の道具になるという一文を批判した。この一文は、社会主義という目標と議会を通じる道筋とを組み合わせる綱領の考え方をそのまま表していた。
採択された綱領に残った独裁条項
同紙は、アドラーが「プロレタリアートの階級支配」という言葉を綱領に書き込むよう求めたと伝えた。リンツで採択された綱領は、その代わりに条件付きの独裁条項を盛り込んだ。綱領は、ブルジョワジーが経済生活の計画的な抑圧や暴力的反乱、外国の反革命勢力との共謀によって抵抗するなら、労働者階級は独裁によってその抵抗を打ち破らざるをえないと定めた。歴史家ヘルムート・コンラートはオーストリア歴史館の解説で、この一文が防衛として書かれたにもかかわらず第一共和国の国内政治の空気を悪化させたと述べている。社説の見出し「民主主義にとっての大いなる危険」は、市民派の新聞が党大会の前からこの論争をそうした観点でとらえていたことを示している。
国王訪問以前のカタルーニャの反独裁運動
バルセロナの記事は、プリモ・デ・リベラ政権への反対運動が陰謀の形をとっていた地域から届いた。1923年9月のクーデター直後、カタルーニャ民族主義の指導者フランセスク・マシアはペルピニャンへ逃れた。クーデターと独裁者の反カタルーニャ政策は、マシアの党エスタット・カタラに武装蜂起の路線を改めて固めさせた。1925年には、エスタット・カタラとアクシオ・カタラナの地下グループがガラフの陰謀を組織し、ガラフ沖で国王夫妻を狙った襲撃を試みて失敗した。この前例は、同紙が伝えた警備の様子を理解する手がかりになる。同紙によれば、国王は大半の時間を市外で過ごして厳重に警護され、観劇も事前に告知されなかった。同紙は、医師と弁護士が騒擾の首謀者だったという点を「とされる」という伝聞の形で伝えている。
数日後に起きたプラッツ・デ・モリョの陰謀
カタルーニャ分離主義者は、この報道の数日後、はるかに大胆な行動を試みた。マシアは1926年10月30日、独立を目指してフランスからカタルーニャへ軍事侵攻する計画の参加者に動員命令を出した。フランス憲兵隊はリッチョッティ・ガリバルディ・ジュニアの協力を得て計画を阻止し、マシアは11月4日に滞在先の農家で逮捕された。同じころ、作戦を把握していたバルセロナのスペイン警察は、カタルーニャ内部の関係者を逮捕した。裁判所はマシアに禁錮2か月と罰金100フランを科したが、この失敗によってマシアとその大義はカタルーニャで大きな人気を得た。本号が伝えた逮捕は、スペイン警察がこの陰謀を追っていたのと同じ時期に起きたのである。
原文
Die großen Gefahren für die Demokratie.
Friedrich Adler veröffentlicht in der Monatsschrift " Der Kampf " einen Artikel über das Parteiprogramm. Und immer wieder staunt man über die an Ungeschicklichkeit grenzende Naivität, mit der diese Herren so gemütlich heraussagen, was sie sich als ihr Ideal vorstellen. Friedrich Adler findet das Programm in mancher Richtung unvollkommen, und einer der wichtigsten Fehler besteht darin, daß es versichert: Wenn die sozialdemokratische Arbeiterpartei die Staatsmacht erringt, wird die demokratische Republik aus einem Werkzeug der Klassenherrschaft der Bourgeoisie zu einem Werkzeug der Befreiung der arbeitenden Klassen. Das ist dem Radikalen viel zu verwaschen und rosenrot, und man muß es sich genau merken, daß er ausdrücklich verlangt, an Stelle der Befreiung des arbeitenden Volkes sollen die Worte gesetzt werden: Klassenherrschaft des Proletariats.
Nationalismus und Kultur.
" Mit dem, was Sie über den nationalen Dünkel und den nationalen Haß sagen, bin ich durchaus einstimmig. Dem wahren Patriotismus und gerechten Selbstbewußtsein sehen diese Eigenschaften so ähnlich wie das von einem Zerrspiegel zurückgeworfene Bild dem schönen Original. Ueberhaupt ist es unsinnig, von der Ueberlegenheit irgendeiner vorgeschrittenen Kulturnation oder Rasse über die andere zu sprechen. Eine jede hat Vorzüge, die denn auch gleich ihre Nachteile mit sich bringen. So wird eine phantasievolle Nation meist lügnerisch, eine tapfere grausam, eine ehrliche schwerfällig sein usw.
Massenverhaftungen in Barcelona.
Dienstag früh wurden vierzehn Personen verhaftet, darunter ein Arzt und ein Advokat, die die Anführer der organisierten Ruhestörungen während des Aufenthaltes des Königs und Primo de Riveras gewesen sein sollen. Allnächtlich explodierten große Feuerwerkskörper an zahlreichen Stellen der Stadt, die großen Lärm verursachten. Der König hielt sich meistens außerhalb Barcelonas auf und wurde auf das schärfste bewacht. Wenn er einen Theaterbesuch machte, wurde er vorher nicht angekündigt.