L’Écho d’Alger
- 1927年度予算
- アルジェ県議会
- スルタンの息子たちの婚礼
この号のレコー・ダルジェ紙の一面は、本国の財政とアルジェリアの地方政治とモロッコの宮廷儀礼を同じ紙面で伝えた。紙面はポワンカレが下院財政委員会のシモン委員長に送った書簡を掲載し、1926年8月3日の法律に基づく行政改革の影響を1927年度予算案に反映させる修正提案を政府が求められていた事情を報じた。アルジェ県議会の記事は、ムルグ議員がブイラ地区の家畜に広がった炭疽に対してアルジェの関係部局に手立てがなかったと訴え、知事がアルジェのパスツール研究所からワクチンを送らせ、血清をパリに求めたと答えた経緯を伝えた。モロッコ発の記事は、スルタンの息子たちの婚礼の行列と、スルタンの求めに応じてステーグ統監がマラケシュのパシャのエル・グラウイらに勲章を授けた場面を描いた。
翻訳
1927年度予算
パリ、10月28日発。ポワンカレ氏が下院財政委員会のシモン委員長に宛てた書簡の本文は次のとおりである。「貴下は10月25日付の書簡で、1926年8月3日の法律の施行として定められた行政改革の影響を反映させるための、1927年度予算案に関する政府の修正提案を、できるだけ早く貴委員会に送付する必要があることに、私の注意を促してくださいました。
アルジェ県議会
ムルグ氏は、自分の選挙区(ブイラ)で炭疽の流行が家畜を襲ったとの知らせを受けたと報告した。氏は直ちにアルジェで、この流行を食い止めるために取るべき措置を問い合わせた。しかし、大いに驚いたことに、関係するどの部局もまったく手立てを持っていなかった。ムルグ氏は、こうした事態が引き起こしかねない重大な結果を考え、二度と同じことが起きないよう介入してほしいと知事に求めた。知事は、ムルグ氏が指摘した状況を知るとすぐにアルジェのパスツール研究所と協議し、同研究所が水曜日の夕方にはワクチンを送ったと述べた。血清はパリへ緊急に要請されている。
スルタンの息子たちの婚礼
午後4時30分、スルタンの息子たちを先頭に、数えきれないほどの部族の騎兵を従えた行列が広大な中庭に入った。王子たちは、正装した近衛兵の列に押しとどめられた現地人の群衆の歓呼を受けながら、ステーグ氏とその随員のいる天幕の前を通り、スルタンが座る桟敷の前まで進んだ。スルタンは勲章を授与し、新たな受章者の胸に記章を付けるようステーグ氏に求めた。統監はそこで、侍従アバドゥ、儀典長ベン・ガブリット、マラケシュのパシャであるエル・グラウイに大十字章の綬を授け、カイドのアヤディとムトゥギにグラントフィシエ章の記章を授けた。儀式の後も、見事なファンタジアが夜まで続いた。
解説
ポワンカレの財政再建内閣と1926年8月3日の法律
ポワンカレは政権に復帰してから約3か月後にこの書簡を書いた。1926年7月21日、ポンドが235フランという記録的な水準に達して行き詰まる中で、ドゥメルグ大統領がポワンカレに組閣を求めた。ポワンカレは1926年8月3日のたった1日で、下院に大規模な税制措置の一式を可決させた。紙面の書簡は、同じ法律の別の面を示している。ポワンカレは書簡の中で、行政改革が1926年8月3日の法律の施行として定められたと書いており、政府はその改革の財政上の影響を1927年度予算案に書き込む必要があった。ポワンカレが言及するシモン委員長の10月25日付の書簡は、この修正提案をできるだけ早く送るよう政府に求めていた。このやり取りは、下院財政委員会が8月の法律に基づく改革の費用を予算の形で議会に示すよう政府に迫っていたことを示している。
アルジェのパスツール研究所と家畜の炭疽
知事が協議したアルジェのパスツール研究所は、1926年当時エドモン・セルジャンが率いていた。セルジャンは1899年にパリのパスツール研究所にあるエミール・ルーの研究室で微生物学を学んだ。セルジャンはその後アルジェにパスツール研究所を開き、1912年に所長となって1963年までその職にあった。セルジャンは経歴の後半に、マラリアだけでなく人間や他の哺乳類の多くの病気も研究した。そのため、家畜が病気にかかったとき、地元の当局はこの研究所を頼ることができた。記事によれば、アルジェの研究所が水曜日の夕方までにワクチンを送り、血清はパリに緊急に要請された。ムルグ議員は対策を組むべき行政部局の備えを批判し、知事は研究所の素早い対応を示してこれに答えた。
アルジェリアの公共支出を決めた入植者議会
1920年代初めのアルジェリアでは、富裕な地主が支配する入植者の地方議会が課税と支出を管理していた。テオドール・ステーグは、植民地が危機にあった1921年7月28日にアルジェリア総督に任命され、この制度を受け継いだ。これらの議会は、社会事業よりも経済を伸ばす支出を優先する傾向があった。紙面のムルグ議員は、自分の選挙区で起きた家畜の炭疽について、県議会の場で知事に関係部局の備えを問いただした。記事は、関係部局に手立てがなかった責任の所在を明らかにしていない。こうした予算の決め方を踏まえると、家畜は経済上の財産であったものの、家畜の病気に備える常設の体制には資金が回りにくかった可能性がある。
スルタンの儀式でステーグ統監が担った役割
記事は、テオドール・ステーグをモロッコ王家の行事の中心に置いて描いている。スルタンはステーグに記章を付けるよう求め、統監自身が大十字章の綬を手渡した。ステーグは1925年10月11日にリヨテの後任として統監となり、平和を回復して軍政から民政へ移る任務を負っていた。ステーグはリヨテと比べてスルタンや他のモロッコの有力者と過ごす時間が少なかったため、この場面は個人的な親しさの表れというより保護国の儀礼として読むのが適切である。受章者の一人であるマラケシュのパシャ、タミ・エル・グラウイは、1924年ごろスルタンに奴隷の側室となる女性を献上しており、宮廷と近い関係にあった。紙面に登場するスルタンのムーレイ・ユーセフは1927年に急死した。ステーグが若いシディ・モハメド・ベン・ユーセフを後継のスルタンに選んだのは、経験の浅い君主を望んだためかもしれない。
原文
Le Budget de 1927
Paris, 28 octobre. - Voici le texte de la lettre que M. Poincaré a adressée à M. Simon, président de la Commission des finances de la Chambre: «Vous avez bien voulu, par votre lettre du 25 octobre, appeler mon attention sur la nécessité de vous adresser, dans le plus bref délai, les propositions rectificatives du gouvernement relatives au projet de budget de 1927 et destinées à traduire les répercussions des réformes administratives édictées en exécution de la loi du 3 août 1926.
CONSEIL GÉNÉRAL D'ALGER
M. Mourgues fait connaître qu'il a été informé qu'une épidémie de charbon s'est abattue sur le bétail, dans sa circonscription (Bouïra). Il s'est enquis immédiatement, à Alger, des mesures à prendre pour enrayer cette épidémie; mais. à son grand étonnement, il a trouvé tous les services intéressés absolument désarmés. M. Mourgues prie M. le Préfet d'intervenir pour que pareille chose ne se reproduise plus, en raison des graves circonstances qu'elle pourrait entraîner. M. le Préfet déclare que dès qu'il a été mis au courant de la situation signalée par M. Mourgues, il a conféré avec l'Institut Pasteur d'Alger qui, dès mercredi soir, a envoyé du vaccin. Du sérum a été demandé d'urgence à Paris.
LE MARIAGE des fils du Sultan
A 16 heures 30, le cortège a pénétré dans l'immense cour ayant à sa tête les fils du sultan, accompagnés d'une foule innombrable de cavaliers des tribus. Les princes, acclamés par la foule indigène, contenue par: un cordon de gardes impériaux, en grande tenue, avancèrent jusque devant la loge où se tenait le Sultan, après avoir passé devant la tente où étaient M. Steeg et sa suite. Le Sultan a remis des décorations, demandant à M. Steeg de placer les insignes sur les poitrines des nouveaux promus. Le Résident a remis alors le cordon de la Grand-Croix au chambellan Abadou, au chef du protocole Ben Ghabrit, au pacha de Marrakech, El Glaoui, et les insignes de Grand-Officier aux caïds Ayadi et Mtougui. Après la cérémonie, de magnifiques fantasias continuèrent jusqu'à la nuit.