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· ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語

Evening Star

1926年10月29日のイブニング・スター紙の一面は、秋の選挙戦と著名人の話題に関わる3本の記事を載せた。G・グールド・リンカーン記者はニューヨークから、共和党候補オグデン・ミルズが知事選で酒ではなく牛乳を争点にしたと伝えた。同記者は、ドライ派の離反で沈んだ共和党大会の後でも、アル・スミス知事が優勢だと見立てた。ルーマニア王妃マリーは署名入りのコラムで、夜のワシントンに着いた最初の印象をつづった。王妃は壮麗な駅を称え、大統領の名代としてケロッグ氏夫妻が出迎えたことや、写真家たちのフラッシュを書き留めた。AP通信のシカゴ電は、起訴されたイリノイ州の元禁酒取締局長ラルフ・W・ストーンが、聖餐用ワインの許可をめぐりドライ派の州上院議員ローウェル・B・メイソンに26,000ドルの賄賂を払ったと証言したと報じた。メイソンは翌週火曜日に再選を目指す立場だった。

翻訳

牛乳攻撃でスミス追い詰められるも、勝利の公算

ニューヨーク発10月29日 ― ここ数年でニューヨークが目にした中で最も白熱した州知事選で、大きな話題になっているのは酒ではなく牛乳である。エンパイア・ステートは、どうあっても何かで「ウェット」でなければ気が済まないのだ。共和党州大会は、ドライ派共和党員のありとあらゆる離反の噂が飛び交う中、共和党を沈鬱な空気に包んだまま終わった。その後、同党の知事候補であるオグデン・ミルズ下院議員が、知事4期目を目指すアル・スミス知事に対して牛乳攻撃を始めた。人々は身を乗り出し、注目し始めた。

私のアメリカの印象

私がワシントンを初めて目にしたのは夜だった。妹のキリル大公妃から、この街の美しさは聞かされていた。私はすでに、壮麗な駅にすっかり感銘を受けていた。駅はまるで大きな祝宴の広間のようだった。私は石の色に見とれた。駅では、大統領の名代として、前駐英大使のケロッグ氏と夫人が私たちを出迎えてくれた。私たちは旧知の間柄で、アスター卿夫妻の英国の邸宅クリヴデンで会ったことがあった。もちろん、いつものように、私たちは暴君である写真家たちに身を委ねなければならなかった。彼らは戦場さながらの音を立てて、私たちにフラッシュを浴びせた。

起訴された元禁酒取締局長、メイソンが26,000ドルの賄賂を受け取ったと証言

シカゴ発10月29日 ― 起訴されているイリノイ州の元禁酒取締局長ラルフ・W・ストーンは本日、聖餐用ワインの引き出し許可の承認と引き換えに、「ドライ」派の州上院議員ローウェル・B・メイソンに26,000ドルの賄賂を支払ったと証言した。メイソンは来週火曜日の選挙で再選を目指している。

解説

オグデン・ミルズの立候補と1926年知事選の結果

記事で牛乳攻撃を仕掛けたオグデン・L・ミルズは、共和党員としてニューヨーク州第17選挙区から連邦下院議員に選ばれた政治家である。1926年9月28日にマディソン・スクエア・ガーデンで開かれた共和党州大会が、ミルズを知事候補に指名した。11月2日の投票ではスミスが勝ち、公式の得票差は247,478票と記録された。ミルズの経歴も、ミルズが現職の民主党知事アル・スミスに敗れたと記している。リンカーン記者の「勝ちそうだ」という見立ては、結果として当たったのである。選挙記録は得票数だけを示しており、牛乳をめぐる非難がスミスの得票差を広げたのか縮めたのかを示していない。この関係は記者による選挙戦の描き方として読むべきである。ミルズは落選後も公職を続け、1927年にカルビン・クーリッジ大統領から財務次官に任命された。

ドライ派の離反とニューヨークの禁酒法をめぐる投票

リンカーン記者は、共和党州大会がドライ派共和党員の離反の噂の中で党を沈鬱な空気に包んだと書いている。選挙記録が引く1926年9月29日付ニューヨーク・タイムズの見出しは、大会の様子を「58人のドライ派が上院議員に反発、13票はミルズにも入らず」とまとめた。ここでいう上院議員は、同じ大会が再指名した現職のジェームズ・W・ワズワース・ジュニアである。ドライ派の不満は本選挙にも持ち込まれた。禁酒党は連邦上院選で独自の候補を立てず、フランクリン・W・クリストマンを応援し、ワズワースは落選した。同じ投票では禁酒法の廃止を問う住民投票も行われ、圧倒的多数で可決された。この結果は、エンパイア・ステートは何としても「ウェット」でなければならないという記者の冗談に具体的な裏付けを与えている。共和党候補が酒以外の争点を探した理由も、この結果から説明できる。

聖餐用ワイン許可の仕組みと不正

ストーンの証言は、宗教目的でワインを引き出すための許可に関わる。ユダヤ・テレグラフィック・エージェンシーは1926年10月6日、ニューヨークで並行して進んでいた捜査を報じており、その記事が許可の仕組みを説明している。ラビは聖餐用ワインを必要とする会衆の人数を申請書に記し、申請が認められると会衆の成人1人につき年1ガロンを引き出すことができた。同じ事件で、ニューヨーク地区の禁酒取締官チェスター・P・ミルズは宣誓供述書を出した。ミルズは、聖餐用ワインの貯蔵所を調べて許可を拒んだ結果、引き出し量が1925年5月から9月の100万ガロン超から、1926年の同じ時期には6,000ガロン強に減ったと述べた。この数字は訴訟の中で役人が示した主張であり、イリノイではなくニューヨークの事例である。それでもこの数字は、許可制度を通じて大量のワインが流れ得たことを示している。ストーンが語った26,000ドルの支払いの対象である引き出し承認の権限が高い値をつけられた理由も、この数字から説明できる。

ローウェル・B・メイソンのその後の経歴

ストーンが名指しした「ドライ」派の州上院議員ローウェル・B・メイソンは共和党員で、1922年にイリノイ州上院議員に初当選し、1923年から1931年まで在任した。この在任期間から、メイソンは記事が触れた1926年11月の選挙の後も議席を保ったことがわかる。記事が伝えているのは起訴された元役人による証言であり、メイソンに対する認定ではない。メイソンの経歴は、その後も長く公職が続いたことを示している。1945年にはハリー・S・トルーマン大統領がメイソンを連邦取引委員会の委員に任命した。

マリー王妃の1926年訪米

コラム「私のアメリカの印象」を書いたマリーは、1914年から国王フェルディナンド1世の妃としてルーマニア王妃を務めていた。マリーは以前から国のために外国で活動しており、1919年のパリ講和会議では拡大したルーマニアの国際的な承認を求めて働きかけた。1926年、マリーは子のニコラエとイレアナを伴って米国を外交訪問した。一行は人々に熱狂的に迎えられ、いくつもの都市を回ってからルーマニアに帰った。帰国したマリーはフェルディナンドが重い病にあることを知り、国王は数か月後に亡くなった。このコラムは、大統領の名代による出迎えと写真家の群れを伴ったワシントン到着の夜を、王妃自身の言葉でこの訪米の一場面として記録している。

原文

MILK ATTACK PUTS SMITH AT BAY, BUT HE SEEMS WINNER

NEW YORK, October 29. - Milk, not booze, is the big talk in the hottest gubernatorial campaign New York has witnessed for a number of years. The Empire State just has to be wet one way or another. Following a Republican State convention, which left the G. O. P. shrouded in gloom, amid tales of all kinds of defection on the part of dry Republicans, Representative Ogden Mills, the party's nominee for governor, launched his milk attack against Gov. Al Smith, seeking his fourth term as governor. People began to sit up and take notice.

My Impressions of America

The first glimpse I got of Washington was in the night. My sister, the Grand Duchess Cyril, had told me of the beauty of this city. I was already immensely impressed by the magnificent station. It looked like a great festive hall. I admired the color of the stone. At the station we were received by the late Ambassador - to England, Mr. Kellogg, and his wife, in the name of the President. We were old friends, as we had met at Lord and Lady Astor's English home, Cliveden. Of course, as usual, we had to submit to our tyrants, the photographers, who flashed their lights at us with all the sounds of battle.

INDICTED DRY CHIEF SAYS MASON GOT $26,000 IN GRAFT

CHICAGO, October 29. - Ralph W. Stone, indicted former prohibition director for Illinois, today testified that he paid $ 26, 000 in graft for approval of permits for withdrawal of sacramental wine to Lowell B. Mason, " dry " State Senator, who is a candidate for re-election next Tuesday.

紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料

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