Il Piccolo
- ファシスト系新聞に対する監督
- フィリッポ・ナルディ、パリで逮捕
- イタリアにポーランド炭
1926年10月19日付のイル・ピッコロ紙は、1面でファシスト党規約の新聞監督条項をめぐる「トリブーナ」紙の論評を伝えた。「トリブーナ」紙は党の指示への服従を当然のことと認めたが、一部の幹部がこの言葉を違う意味に解するおそれを指摘し、どの新聞が党の新聞にあたるのかを明確にするよう求めた。同紙はボローニャ発で、フィリッポ・ナルディがパリで逮捕され、引き渡し手続きを経てボローニャへ移送される見通しだと報じた。その後には、ベンチヴェンガ将軍に対する陸軍の懲戒手続きを伝える記事が始まっていた。ローマ発の記事は、イギリスのストライキが長引くなかで、国民経済省がポーランド炭を運ぶ貨車を増やしたと伝えた。その直前には、連合国の債務とドイツの賠償の削減を扱う記事の末尾が載っていた。
今回の読み取りは、一部だけを読んだ紙面から3本の抜粋を扱う。OCRの文字化けがひどいため、抜粋は紙面画像から書き起こした。最初の抜粋は外国の若者と航海術を扱う別の記事の末尾から始まり、単語の途中で切れている。ナルディの抜粋はベンチヴェンガ将軍の記事の書き出しで終わる。石炭の抜粋は債務と賠償を扱う記事の末尾から始まり、文の途中で切れている。紙面画像の区切りの端で、ベルギー、上海、ノビレの記事を含む複数の段の行頭が欠けており、これらの記事は今回訳していない。主要な見出しの上端も、画像の区切りで欠けている。
翻訳
ファシスト系新聞に対する監督
……航海術を学ぶ、イタリアと友好の絆で結ばれた国の若者たちである。
連盟書記長によるファシスト系新聞の監督
ローマ発、18日 国家ファシスト党規約第18条は、連盟書記長が党の新聞を監督しなければならないと定めている。この条項について論評し、「トリブーナ」紙は次のように書いている。「監督とは、党の政治的指示に完全に従う路線をファシスト系新聞に求めることを意味する。これは前置きするまでもない。これには付け加えることも、異を唱えることもない。しかし、一部の幹部がこれをやや違う意味に解するおそれがある。その場合、『監督する』という言葉は職業上の複雑な問題をはらむことになり、その問題ははっきり定義されなければならない。まず、党の新聞とは何かを明確にする必要がある。各連盟の公式機関紙だけなのか(その場合、書記長が監督するのは当然である。その新聞は書記長の権限と責任の範囲に入るからである)、それとも、完全にファシ……と見なさないのは不合理であるような、すべての日刊紙と週刊紙も含むのか
フィリッポ・ナルディ、パリで逮捕
フィリッポ・ナルディ、パリで逮捕 ボローニャへ移送へ
ボローニャ発、18日 三、四日前に当市の検事総長に伝えられていたとおり、フィリッポ・ナルディの逮捕が実際にパリで行われたことを、本紙は今日、確言できる。さらに、引き渡し請求を急ぐため、逮捕状を速やかに送付するよう要請が出された。ナルディ氏はボローニャへ移送される。
ベンチヴェンガ将軍に対する懲戒手続き
ローマ発、18日 「インフォルマトーレ・デッラ・スタンパ」は、反ファシストの将軍がファシズムとの闘争のために出した周知の指示書が押収されたことを受けて、陸軍懲戒委員会がベンチヴェンガ将軍の処遇を審査していると発表した。この報道について、……
イタリアにポーランド炭
……改定される。言い換えれば、債務と賠償の一部免除が行われる。イギリスとアメリカは連合国の債務の削減に同意し、連合国の側はドイツに賠償の大幅な削減を認める。
イタリアにポーランド炭
1日140両から600両へ
ローマ発、18日 国民経済省は、ポーランドの炭鉱からの石炭供給がわが国にとって持ちうる重要性を評価し、この燃料の輸送に充てる貨車の数を増やすことを決めた(実際にすでに増やしている)。イタリアの鉄道はまだブドウ輸送の時期に追われており、これには膨大な数の貨車が必要である。それでも、国際石炭輸送(ポーランド区間)に充てる貨車の最低数は1日140両と定められた。ドイツはイギリスのストライキの長期化を見込み、そのため貯蔵を空にしないのが得策だと考えている。このドイツの例が、イタリアに資源を適切に活用するよう促している……
解説
ファシスト党の新規約と新聞監督の担い手
「トリブーナ」紙の論評は、国家ファシスト党の連盟書記長に党の新聞の監督を命じる党規約の条項を取り上げている。トレッカーニの『歴史辞典』によれば、ムッソリーニは1926年3月に党書記長ファリナッチをトゥラーティに替え、同年10月に新しい党規約を承認させた。この新規約は党の自律性を制限し、党内のあらゆる選挙制を廃止した。同辞典は、ファリナッチの党についての考えがムッソリーニの考えと正反対であり、ムッソリーニは国家に党より上位の役割を与えていたと記している。「トリブーナ」紙は、ファシスト系新聞が党の指示に従うべきだという原則に異を唱えていない。同紙が心配したのは、地方の幹部が監督の範囲を各連盟の公式機関紙から、ファシスト系と見なされるすべての日刊紙と週刊紙にまで広げることである。イル・ピッコロ紙の記事は、引用された条項が新しく承認された規約の条文かどうかを書いていない。それでも同紙が伝えた論評は、新聞の統制を中央が握るのか、地方の党幹部が握るのかという当時の争点に沿っている。
1926年のイタリアの新聞を縛っていた法律
1926年10月の時点で、イタリアの新聞はすでに国家が定めた厳しい法律の下にあった。イタリア語版ウィキペディアの「ファシズムの検閲」の項目によれば、新聞法第2307号が1925年12月31日に施行された。この法律は、県知事が認めた責任者がいる場合に限って、新聞の編集、執筆、印刷を許した。県知事が認めるということは、政府が認めるということである。同じ項目は、1926年10月にボローニャでムッソリーニ暗殺未遂事件が起き、政権がこれを口実に社会党の機関紙「アヴァンティ!」を廃刊させたと記している。国家は誰が新聞を運営できるかをすでに管理しており、「トリブーナ」紙が論じた規約の条項は、党を通じた二つ目の監督を加えるものだった。このように読むと、「トリブーナ」紙が定義を求めた職業上の問題とは、ファシスト系を名乗る新聞の記者にとって、党の監督と国家の統制がどう重なるのかという問題である。
ボローニャの司法当局がナルディを追った理由
フィリッポ・ナルディはボローニャの新聞界でよく知られた人物だった。トレッカーニの『イタリア人名事典』でマウロ・カナーリが書いた伝記によれば、ナルディは1913年末に「レスト・デル・カルリーノ」紙の主筆となり、同紙に自由主義の路線をとらせることを約束した。同じ伝記は、ナルディが失脚したのは1924年6月のマッテオッティ殺害事件の周辺的な事柄に一部関わったためだとしている。伝記によれば、ナルディは1926年6月に、バンコ・アドリアティコ・ディ・カンビオの破産をめぐる逮捕状に追われてフランスへ逃れた。ボローニャ発の記事は容疑の中身を書いていない。それでも、記事が伝える検事総長と引き渡し請求の話は、この逮捕状と結びつくと考えられる。イル・ピッコロ紙は、ナルディがボローニャへ移送されると言い切った。伝記の記述では、ナルディはその後もフランスにとどまり、1930年には石油会社の幹部兼顧問として働いていた。伝記によれば、ナルディはフランスで18年を過ごした後、ムッソリーニ失脚後の混乱した時期になってようやくローマに姿を現した。伝記は1926年10月のパリでの逮捕に触れていないため、今回の資料では同紙が報じた逮捕が実際にあったかどうかを確かめられない。
イギリスの炭鉱争議、ドイツの賠償とポーランド炭の貨車
石炭の記事は、イタリアの燃料確保をイギリスの労働争議と結びつけている。英語版ウィキペディアの1926年ゼネストの項目によれば、イギリスでは1926年5月4日から12日までゼネストが行われた。このゼネストは、ロックアウトされた120万人の炭鉱労働者の賃金切り下げと労働条件の悪化を政府に防がせようとしたが、目的を果たせなかった。イル・ピッコロ紙は10月の時点でイギリスのストライキの長期化に触れており、同紙の記述は、ゼネストが終わった後も炭鉱の争議が続いていたことを示している。同じ項目によれば、第一次世界大戦中にイギリスの石炭輸出が減ると、他の国々がその穴を埋め、とくにアメリカ、ポーランド、ドイツの石炭産業が利益を得た。また1924年に実施されたドーズ案の下で、ドイツは戦争賠償の一部としてフランスとイタリアに「無償の石炭」を輸出した。この事情は抜粋の二つの部分をつなぐ。直前の記事が扱ったドイツの賠償削減は、イタリアの石炭供給源の一つに関わる話だった。ローマの国民経済省はポーランドの炭鉱からの鉄道輸送を増やし、1日最低140両の貨車を割り当てた。記事の見出しは1日600両という数字を掲げた。
原文
La vigilanza sulla stampa fascista
tare nautica giovani appartenenti ad una nazione che ha con l'Italia vincoli di amicizia. La vigilanza sulla stampa fascista da parte dei segretari federali ROMA, 18 Commentando la 18. a norma dello statuto del P. N. F., la quale avverte che i segretari federali devono invigilare sulla stampa di partito, la Tribuna scrive: «E ' inutile premettere che per vigilanza si intende esigere dalla stampa fascista una linea perfettamente ossequiente alle direttive politiche dl Partito. Non vi è nulla da aggiungere e da obiettare, ma è il rischio che qualche gerarca la intenda un po ' diversamente, e in tal caso quella parola «invigilare» investe un complesso problema di ordine professionale che va ben definito. Anzitutto occorre precisare quale sia la stampa del partito: se soltanto gli organi ufficiali delle Federazioni (e in tal caso è ovvio che il segretario vigili, in quanto il giornale rientra nel campo delle sue attribuzioni e delle sue responsabilità) o anche tutti i quotidiani e settimanali, che sarebbe assurdo non considerare integralmente fa -
Filippo Naldi arrestato a Parigi
Filippo Naldi arrestato a Parigi per essere tradotto a Bologna BOLOGNA, 18 Siamo in grado oggi di assicurare che realmente, come tre o quattro giorni or sono veniva annunziato, al Procuratore generale della nostra città, è avvenuto a Parigi l'arresto di Filippo Naldi. Si è fatta inoltre richiesta di un sollecito inoltro del mandato di cattura per affrettare la richiesta di estradizione. Il dott. Naldi verrà tradotto a Bologna. Il procedimento disciplinara contro il gen. Bencivenga ROMA, 18 A proposito di una pubblicazione dell'Informatore della Stampa, il quale ha annunche il Consiglio di disciplina dell'Esercito sta esaminando la posizione del generale Bencivenga in seguito al sequestro delle note istruzioni del generale antifascista, emanate per la lotta contro il Fascismo, il
Carbone polacco per l'Italia
schi riveduti. Vi sarà, in altre parole, un parziale condono dei debiti e delle riparazioni: l'Inghilterra e gli Stati Uniti consentiranno ad una riduzione dei debiti da parte delle nazioni alleate e dal canto loro gli alleati accorderanno alla Germania una riduzione notevole delle riparazioni. Carbone polacco per l'Italia Da 140 a 600 vagoni al giorno ROMA, 18 Il Ministero dell'Economia nazionale, valutata l'importanza che può avere per noi il rifornimento di carbone dalle miniere polacche, ha stabilito di aumentare (come ha già aumentato di fatto) il numero dei vagoni a disposizione del trasporto di questo combustibile. Pur essendo ancora le ferrovie italiane impegnate per la campagna delle uve, le quali richiedono un'enorme quantità di carri, è stato fissato che il minimo dei vagoni a disposizione del servizio internazionale del carbone (zona polacca) sia di 140 al giorno. L'esempio della Germania che prevede il prolungarsi dello sciopero inglese, e perciò l'opportunità di non svuotare i suoi magazzini, spinge l'Italia a sfruttare convenientemente le risorse
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