Diario La Nación
- 聖人の生涯略記
- 兄弟なる太陽の歌
- キリストが聖フランチェスコに現れたこと
1926年10月4日、聖フランチェスコの祝日に、サンティアゴの『ラ・ナシオン』紙は聖人の没後7世紀を記念して、フランチェスコに関する記事で1ページを埋めた。短い伝記は、アッシジ近郊で聖堂を修復し、金も杖も持つなという福音の言葉を聞き、リヴォ・トルトで最初の兄弟たちを集めた若きフランチェスコの歩みをたどり、従順・貞潔・清貧・労働・断食・托鉢からなる会則で彼の生き方をまとめた。その隣には、フランチェスコ自身の作とされる「兄弟なる太陽の歌」のスペイン語訳が載り、太陽、月、風、水、火、大地、そして最後に「姉妹なる肉体の死」を通して神を讃えた。3本目の記事は『小さき花』風の奇跡譚で、フランチェスコを訪ねた群衆がリエーティ近くの司祭のぶどう畑を荒らしたが、わずかに残った房から約束どおり20荷のぶどう酒が得られたと語った。本稿の読解は3つの抜粋に限られ、OCRの欠落箇所は補っていない。
翻訳
聖人の生涯略記
[?] 最初の仕事 しかし彼は謙遜の行いだけでは満足しない。大いなる仕事にも取りかかる。サン・ダミアーノ、[?]、ポルツィウンコラを修復する。ついに1207年4月のある朝、その日の福音書のなかで彼に使命が示される。「金も銀も貨幣も財布も、下着も履物も杖も持って行くな。働く者は自分の糧を得るのだから……家に入るときには、『この家に平和があるように』と言って挨拶せよ」。それは福音的清貧の[?]純粋な理想である。フランチェスコは25歳。隠修士の衣を小さき兄弟の衣に替えた。「シント・ミノレス(Sint minores)!」――「謙遜であれ」と、彼は身を寄せていたアッシジ近郊の[?]リヴォ・トルトで[?]たちに言い、全世界に広がるべき修道会を[?]創設する。そして[?]会則、すなわち1209年の会則以来、彼は自らの生の本質を次のように言い表す。「従順のうちに、貞潔のうちに生きること。われらの主イエス・キリストの教えと足跡に従うこと。兄弟たちはまず、持てるものすべてを貧しい人々に与え、次いで虚栄心をかき立てることに留意しつつ懸命に働き、それから断食し、償いを行い、施しを乞い、縄を締めたトゥニカ一枚とサンダルのほかは身に着けてはならない」。[?]
兄弟なる太陽の歌
アッシジのフランチェスコ作
[?]、全能にして善き主よ、賛美と栄光と誉れと、あらゆる祝福はあなたのものです。それらはただあなたにのみふさわしく、いと高き方よ、あなたの御名を口にするに値する人はひとりもいません。讃えられよ、主よ、あなたのすべての被造物とともに、とりわけ兄弟なる太陽とともに。太陽は私たちに昼を与え、あなたは彼によって私たちを照らします。彼は美しく、大いなる輝きをもって光り、いと高き方よ、あなたを表しています。讃えられよ、主よ、姉妹なる月と星々のために。あなたはそれらを天に、澄んで、尊く、美しく形づくりました。讃えられよ、主よ、兄弟なる風のために、また大気と雲と凪と、あらゆる天候のために。それによってあなたは被造物に糧を与えます。讃えられよ、主よ、私たちの姉妹なる水のために。水は役に立ち、つつましく、尊く、清らかです。讃えられよ、主よ、兄弟なる火のために。あなたは火によって夜を照らし、火は陽気で、たくましく、力強く、美しい。讃えられよ、主よ、姉妹なる母なる大地のために。大地は私たちを養い、治め、さまざまな果実と色とりどりの花と草を生み出します。わが主を讃え、祝福し、感謝をささげ、大いなる謙遜をもって主に仕えなさい。讃えられよ、主よ、あなたの愛のゆえに赦し、病と苦難を耐え忍ぶ人々のために。それらを平安のうちに忍ぶ人は幸いです。いと高き方よ、あなたによって冠を授けられるのですから。讃えられよ、主よ、私たちの姉妹なる肉体の死のために。生きている人は誰もそこから逃れることはできません。大罪のうちに死ぬ者は災いです! あなたの聖なるみ旨を果たす人は幸いです。第二の死が彼らを害することはないのですから。[?]
キリストが聖フランチェスコに現れたこと
[?] まず聖クララを聖なる言葉で[?]、へりくだって彼女に別れを告げると、リエーティへの道をたどった。[?] そして町の近くまで来ると、おびただしい群衆が出迎えに来たので、そのために町には入ろうとせず、町から約2マイルのところにある教会へ向かった。市民たちは彼がその教会にいると知るや、奔流のように彼に会いに押し寄せ、そのあいだに教会のぶどう畑は荒らされ、ぶどうはことごとく盗まれてしまった。それゆえ司祭は内心嘆き、聖フランチェスコを自分の教会に迎え入れたことを悔やんだ。司祭のこの思いが神によって聖フランチェスコに示されたので、彼は司祭を呼び寄せて言った。「最愛の神父様、このぶどう畑は、いちばんよく実る年に、ぶどう酒を何荷もたらしますか」。司祭は12荷と答えた。聖フランチェスコは言った。「神父様、どうか私が幾日かここに留まることを忍んでください。ここで私は大いに安らぎを得ているのです。そして誰にでもぶどうを摘ませてやってください、そこへ行く人々の中の、の、そしてこの貧しい小さな私の。わが主イエス・キリストに代わってお約束します。主は今年あなたに20荷をお与えになるでしょう」。聖フランチェスコがそこに留まったのは、そこへ行く人々のあいだで多くの魂の実りを集めていたからであり、その人々の多くは神の愛に酔って去っていき、abanuvas ぶどう酒に満ちあふれた、そのように 聖フランチェスコの約束を信じた司祭は、訪れる人々にぶどう畑を自由に任せた。なんと驚くべきことか! ぶどう畑はすっかり荒らされて失われ、ほんのわずかな房しか残らなかった。ぶどうの収穫の時が来る。司祭はそのわずかな房を摘んで桶に入れ、聖フランチェスコの約束どおり、極上のぶどう酒を20荷得る。この奇跡によってはっきりと示されたのは、聖フランチェスコの功徳によって、ぶどうを奪われた畑がぶどうの木に満ちあふれたように、キリスト教の民も、聖フランチェスコの功徳と教えによって、しばしば良き実りと真の悔い改めに満ちあふれるということである。キリストを讃えて。アーメン。 太陽にではなく、そして姉妹なる水、姉妹なる大地、姉妹なる草、姉妹なる灰を前にして、安らぎと至福のうちに言葉を失う。すべての小さな獣たち――
解説
チリの日刊紙が1926年10月4日にフランチェスコを特集した理由
鍵となるのは日付である。フランチェスコは1226年10月3日の夕刻に亡くなり、祝日は10月4日にあたる。この号は、没後ちょうど700年を迎えた直後の祝日に発行されたことになる。この記念は一地方だけの企画ではなかった。1926年、教皇ピウス11世は回勅『リテ・エクスピアティス』を発した。回勅は「アッシジの聖フランチェスコの祝福された帰天700周年」を、世界中のカトリック信徒が祝う準備を進めている記念行事として取り上げ、この年に行われる祝祭や講演、説教が真の信心の表れとなるよう求めた。回勅は聖人の特定の像、すなわち謙遜と従順に結びついた福音的清貧を中心とする姿を強調した。また、フランチェスコが弟子たちに謙遜を学ばせるため「小さき者(ミノレス)」と名乗らせたと説明している。『ラ・ナシオン』の伝記も同じ点を打ち出していた。「シント・ミノレス! 謙遜であれ」という一節や、福音朗読が「福音的清貧の純粋な理想」を示したという記述は、ローマがこの年に示した信心の方針とよく重なる。編集者が回勅に倣ったのかどうかを紙面自体は語っていないが、時期も力点も回勅と一致している。
召命と最初の会則をめぐる紙面の年代と史実の比較
伝記は、フランチェスコが25歳だった「1207年4月のある朝」にその日の福音書から召命を受けたとし、続けて「1209年の会則」を引用している。現代の標準的な記述では、この転機は1208年2月、聖マリア・デッリ・アンジェリ聖堂(ポルツィウンコラ)での朝のミサとされ、その日の朗読はマタイ福音書の「十二使徒の派遣」だった。紙面が言い換えているのはまさにこの箇所で、金も銀も杖も持たず、家に入れば平和を祈って挨拶せよという内容である。紙面のほかの記述はより史実に近い。最初の兄弟たちは実際にアッシジ近郊のリヴォ・トルトで暮らしていた。1209年にフランチェスコは聖書の章句に基づく簡素な「原始会則」を書き、インノケンティウス3世の認可を求めた。現代の記述はこの会則を「主イエス・キリストの教えに従い、その足跡を歩むこと」と要約しており、紙面の「われらの主イエス・キリストの教えと足跡に従うこと」はこれとよく呼応する。一方、引用冒頭の「従順のうちに、貞潔のうちに生きること」という文言は、ピウス11世が引用した後年の小さき兄弟会会則の「従順のうちに、何ものも所有せず、まったき貞潔のうちに生きる」とよく似ている。したがって紙面の「1209年の会則」は、単一の文書をそのまま引いたものではなく、異なる会則の文言を混ぜ合わせたものとみられる。
「兄弟なる太陽の歌」の成り立ちと、紙面版の配列の違い
フランチェスコの名で掲載されたこの詩は、「太陽の歌」または「被造物の賛歌」として知られる彼の代表作である。伝承によれば、その大部分は1224年末、病床にあったサン・ダミアーノで作られた。「姉妹なる肉体の死」の節は死の直前に加えられたと伝えられており、没後700年の記念に再録されるのにふさわしい作品だった。原作はイタリア語のウンブリア方言で書かれ、作者の名が知られるイタリア語文学として最初の作品とされることが多い。したがってサンティアゴの読者はスペイン語訳でこれを読んだことになるが、紙面は訳者の名を記していない。ウンブリア語の原文と比べると、『ラ・ナシオン』の版は内容こそ近いものの、配列が異なる。原文では「わが主を讃え、祝福せよ(Laudate et benedicete mi Signore)」という呼びかけは、赦しと死の節のあと、最後に置かれている。紙面ではこれが母なる大地の節の直後に来ており、歌は「第二の死」を免れる人々への祝福で結ばれている。
原文
Breve noticia sobre la vida del Santo
[?] SUS PRIMEROS TRABAJOS Pero no se conforma con actos de humildad. Comienza también sus grandes trabajos. Repara San Damián, [?], la Porciuncula. Por último, una mañana de Abril de 1207, su misión se le revela en el Evangelio del día: " No toméis ni oro, ni plata, ni moneda, ni bolsa, ni túnicas, ni calzado, ni bastón, ya que el obrero se gana su alimento... Al entrar en la casa, salúdadla, diciendo: paz en esta casa ". Es el ideal puro [?] la pobreza evangélica. Francisco tiene veinticinco años. Cambió el hábito de ermitaño por el de hermano menor. ¡ Sint minores! " Que sean humildes " dice a sus [?] en la [?] Rivo-Torto, donde se han refugiado, cerca de Asís, fundando e * la Orden que debía extenderse por todo el Universo. Y desde la [?] Regla, la de 1209, formula así la esencia de su vida: " Vivir en obediencia, en castidad; seguir la doctrina y las huellas de Nuestro Señor Jesucristo. Los hermanos deben, primero, dar a los pobres todo lo que poseen, en seguida trabajar afanosamente teniendo en cuenta de excitar la vanidad, después ayunar, hacer penitencia, pedir limosna, no llevar sino una túnica con una cuerda y sandalias ". [?]
CANTO DEL HERMANO SOL
[?], omnipotente y buen Señor, tuyas son las alabanzas, la gloria. el honor y toda bendición. A ti sólo se deben, Altísimo y ningún hombre es digno de hacer de ti mención. Alabado seas, Señor, con todas tus criaturas, en especial con el hermano Sol, quien nos da el día, y con el cual nos alumbras a nos, y es bello y radiante con gran esplendor; de ti, Altísimo, trae significación. Alabado seas, señor, por sor Luna y las estrellas; las has formado en el cielo. claras, preciosas y bellas. Alabado seas, Señor, por el hermano viento, y por el aire y las nubes y la calma y todo tiempo, por el cual a tus criaturas das sustento. Alabado seas, Señor, por nuestra hermana el agua, la cual es útil, humilde y preciosa y casta. Alabado seas, Señor, por el hermano fuego; con él alumbras la noche, y es alegre y robusto y fuerte y bello. Alabado seas, señor, por la hermana madre tierra, la cual nos sustenta y gobierna. y produce varios frutos, flores pintadas y hierba. Alabad y bendecid a mi Señor, gracias le dad, y servidle con gran humildad. Alabado seas, Señor, por los que perdonan por tu amor y soportan enfermedad y tribulación; bienaventurados los que las sufran en paz, pues por ti, Altísimo, coronados serán. Alabado seas, señor, por nuestra hermana la muerte corporal, a la cual no hay hombre viviente que pueda escapar. ¡ Ay de los que mueren en pecado mortal! Bienaventurados los que cumplan tu santa voluntad pues la muerte segunda no les hará mal. [?]
De cómo Cristo aparecióse a San Francisco
[?] primeramente a Santa Clara con santas palabras, y despidiéndose de ella humildemente, tomó el camino de Rieti. [?] Y cuando estuvo cerca, salióle al encuentro tanta multitud de gentes, que por eso no quiso entrar en la ciudad, sino que fuése a una iglesia que estaba a cerca de dos millas de la ciudad. Y como supieran luego los ciudadanos que estaba en la dicha iglesia, a torrentes corrían a verle, mientras la viña de la iglesia se perdía y todas las uvas eran robadas; por lo cual el cura dolíase para sí, arrepintiéndose de haber recibido a San Francisco en su iglesia. Habiendo sido revelado por Dios a San Francisco el pensamiento del cura, hízolo llamar a sí y le dijo: - Padre amadísimo, ¿ cuántas cargas de vino te da esta. viña al año cuando mejor se da? Respondió que doce cargas. Dijo San Francisco: - Te ruego, padre, que sufras mi permanencia aquí algunos días, porque encuentro en ello mucho descanso. Y deja coger a todo el mundo de las uvas de tre las gentes que allí iban, de y de mí, pobrecillo; y yo te prometo de parte de mi señor Jesucristo que te dará este año veinte cargas. Y esto de permanecer allí hacíalo San Francisco por el gran fruto de almas que recogía entre las gentes que allí iban, de las cuales muchos marchaban embriagados de amor divino y abanuvas abundaba en - vino, así el Confiado el cura en la promesa de San Francisco, dejó libremente la viña a quienes a él venían. ¡ Cosa maravillosa! La viña fué devastada y perdida por completo de tal manera, que apenas quedaron algunos racimos. Llega el tiempo de la vendimia; el cura coge aquellos pocos racimos, los mete en la tina, y, según la promesa de San Francisco, recoge veinte cargas de óptimo vino. Milagro en el cual dióse a entender manifiestamente que, como por mérito de San Francisco, la viña despojada de uvas abundaba en viña, así el pueblo cristiano, por los méritos y doctrina de San Francisco frecuentes veces abunda en buenos frutos y veraz penitencia. En alabanza de Cristo. Amén. no al sol y enmudece de placidez y de beatitud ante la hermana agua, ante la hermana tierra, la hermana hierba y la hermana ceniza. Todas las bestezue -
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