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この日に発行された世界の新聞14紙の一面を、翻訳と解説で読めます。

Evening Star

ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語

1926年10月4日付イブニング・スター紙の1面は、フロリダの観光振興派に対する赤十字の反発をトップで報じた。ワシントンで開かれた年次大会で、ジョン・バートン・ペイン会長は歓迎の挨拶を取りやめ、州の役人と企業利益が観光業を守るために9月のハリケーンの被害を過小に伝えていると非難した。マーティン知事の電報を読み上げ、集まった額が300万ドルあまりにとどまっていた救援募金をやり遂げるよう代議員に訴えた。インディアナポリス発のAP電は、服役中の元クラン指導者D・C・スティーブンソンが州政を腐敗させたと告発するビンセンズの発行人トーマス・H・アダムズの動きを伝えた。州上院議員6人が議会による調査を支持し、アダムズは連邦上院の委員会にも期待をかけていた。デトロイト発の記事は、米国労働総同盟が第四十六回大会を開き、週40時間・5日制を次の目標に掲げたと報じ、ウィリアム・グリーン会長がフォードの新しい就業体制を時代の兆しとして挙げたことも伝えた。この読みは1面の3記事に限られ、続きの面は含まない。

The Montgomery Advertiser

モンゴメリー(アメリカ) · 英語

1926年10月4日付のモンゴメリー・アドバタイザー紙1面には、AP通信の記事3本が載った。デトロイト発の記事は、アメリカ労働総同盟の執行評議会が第46回大会を前に週5日・40時間制を交渉の最重要目標に定めたと伝え、グリーン会長は労働時間の短縮で生産が増え、単位コストと離職が減り、余暇も増えると主張した。ロサンゼルス発の記事は、エイミー・センプル・マクファーソンが共謀と虚偽証拠作成の容疑をめぐる審問の2週目を前に、テンプルでカルバリからジャンヌ・ダルクを経て現代に至る活人画「殉教者の行進」を上演したと報じた。シカゴ発の記事は、再び降り続いた雨でカンザス、オクラホマ、イリノイ、ミズーリ各州が浸水し、ボートによる避難が行われ、ミシシッピ川の堤防が危険にさらされ、鉄道や公共施設、鉱山が止まったと伝えた。

London Evening Advertiser

ロンドン(カナダ・オンタリオ州) · 英語

1926年10月4日付のこのオンタリオ州ロンドンの夕刊は、AP通信の電報を多く載せた。ロンドン発の記事は、マルセイユに上陸したばかりのオーストラリアのブルース首相が、間近に迫った帝国会議で自治領と英国の関係について決着を迫る見通しだと伝えた。別の自治領が独立した地位を望んでいるとの示唆がその背景にあるとされた。同じくロンドン発の電報は、英国のスト中の鉱夫のための米国の資金が公式代表団ではなく非公式代表団に渡り、A・J・クックの周辺で内紛が起きているというデイリー・エクスプレス紙の主張を伝えた。テネシー州ロックウッドからは、ローン製鉄会社の炭鉱の地下深くで爆発が起き、65人が閉じ込められた恐れがあると報じた。短信では、イタリア内閣が王族と首相の暗殺未遂に対する死刑の復活を承認したことや、ジョージタウン大学の地震計が遠方の激しい地震を記録したことも伝えた。この読み取りは紙面の一部に限られ、破れた部分や隣の段の断片は含まない。

Vossische Zeitung

ベルリン(ドイツ) · ドイツ語

1926年10月4日の『フォス新聞』1面は、ウィーンで開かれた第1回汎ヨーロッパ会議の報告をトップに据えた。記事は、クーデンホーフ=カレルギーの運動が思想から政治組織の段階へ移りつつあると論じ、元首相ヴィルトが独仏の平和を訴えた即興演説で聴衆が総立ちになった様子を長く引用した。欧州30か国の旗の下で行われたザイペルによる開会の様子も描いた。パリ発の記事は、シュトレーゼマンのケルン演説が『ル・タン』を含むフランスの新聞から異例の好評を得たと伝えた。トワリーとリヴォルノの会談が相互の了解のもとに行われ、独仏接近は英国に向けたものではないと公式に強調されたことも報じた。短信は、ゲスラー国防相がミュンジンゲン演習で皇太子の長男が果たした役割について調査を命じたことを伝えた。長男が演習に積極的に参加したという信頼できる情報と、以前の全面否定を受けた措置だった。

Le Figaro

パリ(フランス) · フランス語

この日の『フィガロ』一面には、署名入りの政治論説が三本並んだ。アンリ・ヴォノヴァンは、ルイ・バルトゥー司法相自身の報告書を引き、新たな裁判所削減の背景には判事の深刻な不足があると論じた。補充判事のポスト97が埋まらず、選考試験の受験者も減っていたと指摘した。ヴォノヴァンはその原因を待遇の低さに求め、司法官の収入は穀物仲買人や投機家の十分の一にすぎないと嘆いた。ルイ・ベルトランは、フランスを外からの見え方に気づかない「密閉された器」と呼んだ。そして、ムッソリーニ襲撃事件のあとイタリアから寄せられた非難に対し、フランス側の応答は的外れだったと主張した。アルフレッド・マレは、ケルン演説でシュトレーゼマンが仏独接近を説いたことは歓迎した。しかし、ラインラント撤兵の要求は退け、撤兵は賠償の支払いとドイツの軍縮が条件だと強調した。

Neue Freie Presse

ウィーン(オーストリア) · ドイツ語

1926年10月4日付のノイエ・フライエ・プレッセは、前日ウィーンで開会した汎ヨーロッパ会議を歴史的な出来事として迎えた。社説は、オルガンの調べや、ヨーロッパの国々を表す28本の光線をもつ太陽を描いた青い絹の旗を描写した。最も強い印象を与えたのはクーデンホーフ=カレルギーの人柄だとし、開会の辞を述べた前首相ザイペルを称え、イタリアの不参加をヨーロッパの分裂の一例として挙げた。ニュース記事は、リヴォルノでのムッソリーニとの会談とパリでのブリアンとの会談についてのチェンバレンの説明を伝えた。チェンバレンは、自分とムッソリーニがロカルノ政策の継続を決意していると語り、新たな協定は結ばれていないと否定し、イタリアの内政への論評は控えた。署名入りの寄稿では、地理学者オーバーフマーが、ペシェル、ミュラー、ラッツェルに始まる民族学の歩みと、ドイツの植民地を含む各地への調査旅行によって大規模な民族誌博物館に資料が蓄積されていった経緯をたどった。

L’Écho d’Alger

アルジェ(アルジェリア) · フランス語

このアルジェの日刊紙の紙面は、先にリヴォルノでムッソリーニと会っていたチェンバレン英外相とブリアン仏外相のパリ会談をめぐるフランス各紙の論調をまとめた。『プチ・パリジャン』と『ルーヴル』は、会談がリヴォルノをトワリーと対立させる見方や伊英ブロック論を打ち消したと論じ、『ラヴニール』は英国が自ら提唱した仏独接近を公式に妨げることはできないと書いた。一方、『エコー・ド・パリ』は英国が大陸諸国の緊密すぎる合意を常に警戒してきたと注意を促した。別の記事は、フランスの戦債について米国から譲歩は得られないだろうと伝え、フランスは保障条項を求めるが拒否され、それでもベランジェ=メロン協定を批准するだろうという米債務委員の見通しを報じた。あわせて、連合国間債務全体を国際会議か国際法廷に委ねるべきだとする仏下院議員の個人的な提言も載せた。さらに、スペイン兵がリーフ族首長5人の首を掲げ、別の兵士が赤十字旗を半ば広げた写真がテトゥアンで売られていることに対する人権同盟の抗議を伝えた。本稿で扱うのはこの三つの抜粋のみである。

L’Écho annamite

サイゴン(現ベトナム) · フランス語

この版は、1926年10月4日付『レコー・アンナミット』紙面の一部を読んだものである。農業組合を論じた社説は、直接販売によって買い手が中国人仲買人を通さずに済むと主張した。さらに、栽培の時期に応じて発行頻度を変える市況紙を刊行し、その費用を購読者と、取引額に比例した手数料を払う売買当事者とで負担する案を示した。そのうえで、「わが国の米」の選別不足の問題に話を進めかけていた。医師のグエン・ヴァン・ティンとチャン・ヴァン・ドンは、東部コーチシナのアンナン人有権者に向けて選挙声明を寄せた。声明は教育・医療扶助・経済発展への取り組みと誠実なフランス・アンナン協力を約束し、有権者の審判がどうであれ平静に受け入れると述べた。短い記事は、ヴィルヘルム王子は国防軍の演習を観戦しただけだという軍の否定と、それに異を唱えるベルリナー・ターゲブラット紙の主張を伝えた。その後にはトンキン水害被災者への義援金募集の書き出しが続いた。

Journal de Genève

ジュネーヴ(スイス) · フランス語

この日のジュルナル・ド・ジュネーヴ第1面は、ラウル・パトリによるトミー・ファロ牧師への賛辞を載せた。諸教会に社会的義務を突きつけ、かつては破壊的と非難されたファロを、マルク・ベグネル牧師の伝記を機に、その大義が原則として勝利した預言者として描いた。ルネ・ラ・ブリュイエールはデュッセルドルフの博覧会を紹介し、5000席のライン河畔テラス、日々の暮らしに題材を取り戦争には一切触発されていない写実的な絵画、蝋模型や瓶詰めの標本まで並べた衛生館の率直さを伝えた。無署名の「情勢」欄は、ムッソリーニとのリヴォルノ会談後にチェンバレンがブリアンを訪ねたこと、ドーズ案からトワリーまでをたどったシュトレーゼマンの演説、停滞する独仏交渉とドイツ鉄道債に冷淡な米国の姿勢、そしてタンジールの地位をめぐる段階的な交渉の見通しを報じた。

Politika

ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl

判読できる部分で中心となっていたのは、国際連盟が後押ししたブルガリアの避難民借款を論じた「K.」署名の論説だった。論説は、ギリシャ、ルーマニア、セルブ・クロアート・スロヴェーン王国から来た無一文の避難民がブルガリアの経済の重荷となり、国内の混乱を招き、対外的な不信を生んでいると論じた。一方で、20万人を超える人々が定住すれば沼地や森林が農地に変わり、道路や鉄道も整い、国は経済的にも政治的にも強くなると説いた。さらに、ジュネーヴ議定書を重視しているのはソフィアだけでなく、アテネ、ブカレスト、ベオグラードも同様だと指摘した。もう一つの断片的な記事「レカの遺言」は、アルバニア人の反乱の際、プリズレン最後のオスマン帝国のムテサリフが銃を手にひとり広場に立ち、リュマの者たちに発砲した逸話を伝えた。

Aftenposten

オスロ(ノルウェー) · ノルウェー語

1926年10月4日のアフテンポステン第1面は、ホーコン国王への公式訪問のためその朝オスロに到着するフィンランドのレランデル大統領を歓迎し、両国民の長年の友情、似通った気質、共通の利害を強調した。また、1か月半続いた製紙業の操業停止が土曜夜に解決したと報じた。一般的な争点は任意仲裁に委ね、賃金問題は5人の委員からなる仲裁裁判所が決め、個別要求は直接交渉で解決するという内容だった。さらに、10月18日の蒸留酒禁止の是非を問う国民投票まで14日となったことを告げる社説も載り、禁止反対派に投票所へ足を運ぶよう呼びかけた。この読解が扱うのは選ばれた3本の記事で、製紙争議の記事の3面での続きは含まない。

時報

上海(中国) · 中国語

この紙面の判読できた部分には、北伐の江西戦線に関する戦況記事があった。記事によると、南昌から退いた南軍が全線で攻勢に転じ、両軍の運命を決する主力同士の衝突になっていた。紙面は、南軍の旺盛な士気と巧みな作戦を挙げる一方で、先の戦闘で手柄を立てる機会がなかったことに不満を抱く孫伝芳直轄軍が死力を尽くすだろうと伝えた。そのうえで多数の死傷者を予想し、およそ一週間で勝敗が決すると報じた。部分的にしか読めないもう一件は、ある慈善団体の告知だった。花箋の購入を勧める葉書を受け取った人には、十月中旬に一、二元分を届けるとし、追加購入や辞退を望む場合はすぐ返事するよう求めていた。

Diario La Nación

サンティアゴ(チリ) · スペイン語

1926年10月4日、聖フランチェスコの祝日に、サンティアゴの『ラ・ナシオン』紙は聖人の没後7世紀を記念して、フランチェスコに関する記事で1ページを埋めた。短い伝記は、アッシジ近郊で聖堂を修復し、金も杖も持つなという福音の言葉を聞き、リヴォ・トルトで最初の兄弟たちを集めた若きフランチェスコの歩みをたどり、従順・貞潔・清貧・労働・断食・托鉢からなる会則で彼の生き方をまとめた。その隣には、フランチェスコ自身の作とされる「兄弟なる太陽の歌」のスペイン語訳が載り、太陽、月、風、水、火、大地、そして最後に「姉妹なる肉体の死」を通して神を讃えた。3本目の記事は『小さき花』風の奇跡譚で、フランチェスコを訪ねた群衆がリエーティ近くの司祭のぶどう畑を荒らしたが、わずかに残った房から約束どおり20荷のぶどう酒が得られたと語った。本稿の読解は3つの抜粋に限られ、OCRの欠落箇所は補っていない。

Crítica

ブエノスアイレス(アルゼンチン) · スペイン語

このブエノスアイレスの紙面には、ほかの記事とともに3本の通信記事が載った。AP通信は汎ヨーロッパ会議から、欧州合衆国は国際連盟を強化し、アメリカ合衆国の加盟さえ可能にするという演説者の主張を伝えた。同じ記事は、仏独の相互理解と、文明を救う欧州の「神聖な使命」について語った元ドイツ首相ヴィルトの言葉も報じた。サンティアゴからはアウストラル通信が、南米選手権に向かうアルゼンチンとウルグアイの代表団の到着をチリ各紙が賛辞と友愛を込めて告げていると伝えた。代表団はプエンテ・デル・インカ、続いてロス・アンデスでチリ連盟の代表者の出迎えを受ける予定だった。3本目の記事は、新設の外国人大学の開校式に臨むためムッソリーニがペルージャを訪れることを予告した。彼はそこで海洋国家としての古代ローマの台頭について講演し、その後ウンブリアのファシスト党員に向けて演説する予定だった。

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