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· アルジェ(アルジェリア) · フランス語

L’Écho d’Alger

辛辣な社説がヴィオレットの総督就任とドゥルーの支持者への対応を批判した。ベルリン発の記事は仏独協力におけるイギリスの重要性を説き、別の記事はサローが準備する行政改革の次の段階を伝えた。

部分読解版。「アルジェリアのために」「仏独会談」「行政改革」の見出しと本文冒頭各2段落を収録し、後二者は小見出しも含む。その後の段落と、一面のほかの記事は書き起こしの範囲外。

翻訳

アルジェリアのために

ヴィオレット氏は自ら総督への就任を取り計らい、カイヨー氏の慇懃な反感とパンルヴェ氏の弱腰によってその人事を承認してもらうまでに、実に28日を費やした。今度は、この件をウール=エ=ロワールの人々に説明しなければならなかった。なにしろヴィオレット氏は、自分の功績と魅力をたいそう高く評価しているので、同郷の人々は自分の出発に絶望しているに違いないと思い込まずにはいられなかったのである。

これほどの天変地異がもたらす悲惨な影響を和らげ、友人や支持者たちを安心させるため、ヴィオレット氏は内輪話の形をとった発表をいくつか地元紙に送った。ところが、ドゥルーの人々が慰められなかったのは、まさにその時だった。「ドゥルエ」とはドゥルーの住民のことであり、ヴィオレット氏は、言ってみれば「超ドゥルエ」なのである。

仏独会談

欧州の将来はフランス、イギリス、ドイツの接近にかかっている

ベルリン、9月25日。――『ゲルマニア』は、仏独接近を進めるにあたり、イギリスの不信を招きかねないことはすべて慎重に避けなければならないと述べている。

フランスの政治家たちは、イギリスおよびドイツとの協調を断念することなど全く考えていない。欧州の将来は、ロカルノに集まったドイツ、フランス、イギリスという三大国の絶え間ない協力の上に築かれなければならない。

行政改革

サロー氏、地方分権と国の地方出先機関への権限委譲によって改革を完成させる意向

パリ、9月25日。――アルベール・サロー内相は近く、地方分権と国の地方出先機関への権限委譲によって行政改革を仕上げるための政令を、共和国大統領の署名に付す予定である。改革はすでに、郡長、県庁事務総長、県参事会員の一定数の職を廃止することで着手されている。

サロー氏は約20年前、クレマンソー内閣で内務省の政務次官を務めていた当時にも、こうした一連の措置を検討していたが、その時は時間が足りず、実現できなかった。

解説

アルジェリアの社説がドゥルーに向かう理由

モーリス・ヴィオレットの政治的基盤はフランス本土にあった。1902年にドゥルー選出の下院議員となり、1908年には同市の市長に就任した後、1925年にアルジェリア総督に任命された。このつながりが、社説がウール=エ=ロワールに話を移し、「超ドゥルエ」とからかう理由である。冒頭が攻撃しているのは、本人の野心と地元支持者への対応であり、「慇懃な反感」や出発を天変地異になぞらえる表現には皮肉が込められている。ヴィオレットはアルジェリアのムスリムの一部にフランス市民権を認めることも唱え、有力な植民地利害勢力と対立した。この政治状況は総督の権威をめぐる激しい論争の背景となるが、抜粋自体の焦点は就任と自己演出にある。

仏独和解にイギリスが重要だった理由

ロカルノでは、仏独和解がより広い欧州の安全保障の仕組みに位置づけられた。1925年10月の交渉には、フランスのアリスティード・ブリアン、ドイツのグスタフ・シュトレーゼマンに加え、イギリスのオースティン・チェンバレンが参加した。ラインラントに関する条約にはベルギーとイタリアも加わり、別途、ポーランドやチェコスロヴァキアに関わる仲裁協定も結ばれた。したがってイギリスの関与は、合意の仕組みそのものに関わっていた。ベルリン発の記事がイギリスの不信を避けるよう求めるのは、仏独接近を大国間の継続的な協力として示すためである。記事の三国という表現は政治的な力点であって、全参加国の一覧ではない。ここで参照したノーベル賞授賞演説は、新聞発行後の1926年12月にこの交渉を振り返ったものである。

行政の節約と権限を置く場所

アルベール・サローは、1926年のポアンカレ挙国一致内閣で内相を務めていた。予告された政令に先立ち、政府は同年、106の郡庁を廃止して国の地方行政組織を大きく縮小した。記事が次の段階として紹介するのは、行政職の削減に続いて、どこで意思決定を行うかを変える構想である。そこで並べられた二つの用語は、異なる方法を指す。地方分権は地方自治体に権限を移すことであり、「デコンセントラシオン」は中央行政の決定権を国自身の地方出先機関に委譲することである。この違いを踏まえると、サローが両者を節約策と結びつけている意味が分かる。抜粋は政令の予定を伝える段階にあり、最終的な条文や実際の効果まで示しているわけではない。

原文

POUR L’ALGÉRIE

POUR L’ALGÉRIE
M. Viollette ayant procédé à sa propre nomination comme Gouverneur Général, mit donc vingt-huit jours à la faire ratifier par la cordiale antipathie de M. Caillaux et la faiblesse de M. Painlevé. Il lui fallait maintenant expliquer la chose à l’Eure-et-Loir. Car M. Viollette a trop bonne opinion de ses mérites et de ses séductions pour n’avoir pas admis que ses compatriotes devaient être désespérés de son départ.

Pour pallier aux effets désastreux d’un tel cataclysme, pour rassurer amis et clientèle, M. Viollette lança quelques communiqués aux journaux locaux sous forme de confidences. Et c’est alors que les Drouais ne se sont pas consolés. Les Drouais sont les habitants de Dreux et M. Viollette, par définition, est le super-Drouais.

Les conversations franco-allemandes

Les conversations franco-allemandes
L’avenir de l’Europe est basé sur un rapprochement franco-anglo-allemand

Berlin, 25 septembre. — La Germania déclare qu’il faut soigneusement éviter dans la question du rapprochement franco-allemand tout ce qui pourrait éveiller la méfiance de l’Angleterre.

Les hommes d’Etat français ne songent nullement à renoncer à une entente avec l’Angleterre et l’Allemagne ; l’avenir de l’Europe doit être édifié sur la collaboration constante entre les trois grandes puissances qui se sont réunies à Locarno : Allemagne, France, Angleterre.

Les Réformes Administratives

Les Réformes Administratives
M. SARRAUT VEUT LES COMPLÉTER PAR LA DÉCENTRALISATION ET LA DÉCONCENTRATION

Paris, 25 septembre. — M. Albert Sarraut, ministre de l’Intérieur, va prochainement soumettre à la signature du Président de la République un décret tendant à compléter par la décentralisation et la déconcentration, les réformes administratives qu’il a déjà amorcées par la suppression d’un certain nombre de sous-préfets, secrétaires généraux et conseillers de préfecture.

M. Sarraut avait déjà, il y a une vingtaine d’années, alors qu’il était sous-secrétaire d’Etat au ministère de l’Intérieur, dans le cabinet Clemenceau, envisagé une série de mesures en ce sens, qu’il n’avait pu alors, faute de temps, réaliser.

紙面の出典:Source: Bibliothèque nationale de France / Gallica

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