新聞を読み込んでいます… / Loading the edition…

· ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語

Evening Star

1926年11月5日付のイブニング・スター紙は、AP通信がまったく異なる土地から配信した記事を載せた。ニュージャージー州サマービル発の記事は、ホール・ミルズ殺人事件の公判を伝えた。この記事によると、州側が頼りにしていた目撃証人ジェーン・ギブソンは病気でサマービル病院から出られなかった。殺害された聖歌隊員の夫ジェームズ・ミルズは妻を最後に見たときの様子を落ち着いて語り、普段は平静なホール夫人が一瞬涙ぐみそうになった。ローマ発の記事は、ムッソリーニ内閣が首相、王族、国家に対する陰謀を死刑の対象とし、行為や宣伝でイタリアを害する者に5年から30年を超える禁錮刑を科すことを承認したと報じた。フィラデルフィア発の短い記事は、州最高裁判所の判決を執行するため、セスキセンテニアル博覧会が日曜日に販売用の建物を閉めると伝えた。

翻訳

ミルズが公判で証言、ホール夫人は涙ぐむ寸前に

ニュージャージー州サマービル、11月5日発――ジェーン・ギブソン夫人は今日、病気が重く出廷できなかったが、ホール・ミルズ事件の公判は彼女抜きで進められた。4年前の牧師と聖歌隊員の殺害の目撃者として証言する見込みのギブソン夫人は、昨夜の容体よりはいくらか持ち直したと伝えられたが、いつ証言できるのか、そもそも証言できるのかについて、サマービル病院からは何の示唆もなかった。ギブソン夫人は非公式に州側の切り札の証人とされている。殺害された女性エレノア・R・ミルズ夫人の夫ジェームズ・ミルズは、昼食休廷の直前に証言した。ミルズは落ち着いており、妻を最後に見たときの話を淡々とした声で語った。ミルズが感情をまったく見せなかったのとは対照的に、ホール夫人の平静さに初めて、わずかながら揺らぎが見えた。教会の堂守が、ホール夫人が自分の家を訪れ、夫が帰ってこないと知らせたり、堂守の妻もやはり帰宅していないことを確かめたりしたときのことを語ると、牧師の未亡人は今にも泣き出しそうに見えた。夫人はすぐに落ち着きを取り戻した。

ムッソリーニにあえて逆らう者はすべて死刑か投獄

ローマ、11月5日発――ファシスト体制を敵の活動から守るための広範な措置が、今日、ムッソリーニ首相を議長とする閣議で承認された。閣僚たちは、首相および王族の生命、自由、身体の無事を狙う陰謀と、政府および国家に対する陰謀を死刑に処しうるとする規定を採択した。閣僚たちはまた、イタリア人であれ外国人であれ、行為または宣伝によってイタリアを害そうとするいかなる企ても、5年から30年を超える禁錮刑で罰することを承認した。

セスキ博、禁止令を実施

フィラデルフィア、11月5日(AP)――セスキセンテニアル博覧会で商品を販売しているすべての建物を日曜日に閉鎖すると、理事会が今日発表した。この措置は、日曜日の……を禁じた州最高裁判所の判決を厳格に執行するために取られた

解説

1922年の殺人が1926年に裁判となった経緯

イブニング・スター紙は、サマービルの公判を「4年前」の殺害事件の裁判として報じた。1922年の殺人の後、同年11月に大陪審が開かれたが、大陪審は5日間の審理を経ても起訴を決めなかった。1926年の夏、タブロイド紙ニューヨーク・デイリー・ミラーが新たな証拠を持ち出し、7月16日号の1面で大きく報じたことで、事件は再び動き出した。同紙の強い要求を受けて、ニュージャージー州知事は事件の再捜査を決めた。A・ハリー・ムーア知事は1926年に2度目の捜査と公判を命じた。公判は1926年11月3日にサマービルのサマセット郡裁判所で始まった。11月5日付のこの記事は、開廷から3日目の法廷を伝えたものであり、州側はまだ被害者の夫などの証人を呼んでいる段階だった。

州側が待った証人、「ピッグ・ウーマン」ことジェーン・ギブソン

記事はジェーン・ギブソンを州側の非公式な「切り札の証人」と呼んでおり、後年の記録も彼女が検察側の鍵となる証人だったと記している。ギブソンは遺体が見つかった土地で豚を飼う農婦であり、殺害の場面を見たと主張していた。11月5日の時点でギブソンはサマービル病院に入院しており、AP通信は彼女が証言できるかどうかもわからないと伝えた。ギブソンは結局、証言台に立った。がんで死期の迫ったギブソンは、医師1人と看護師2人に付き添われて担架で法廷に運び込まれ、法廷に入れられた病院のベッドから証言した。ギブソンの話は、警察に語ったとき、新聞に語ったとき、法廷で語ったときで食い違っていた。弁護側はギブソンを無学で「頭がおかしい」人物として描き、彼女の信用を失わせようとした。陪審は1926年12月3日、3人の被告全員を無罪とした。

堂守だった夫と「鉄の未亡人」

証言したジェームズ・ミルズは、殺害されたエレノア・ミルズの夫であり、ニューブランズウィックの聖ヨハネ福音記者聖公会教会で堂守代理を務め、小学校の専任用務員としても働いていた。殺されたエドワード・ウィーラー・ホール牧師も、同じ教会に赴任していた。AP通信の記事は、この関係があるためにミルズを「教会の堂守」と呼び、2人が帰らなかったときにホール夫人がミルズの家を訪ねた場面を伝えている。記事がホール夫人の平静さに強く注目したのは、新聞各紙が夫人について作り上げた人物像と一致している。ホール夫人は動じない態度から「鉄の未亡人」とあだ名されており、記者たちは夫人が涙ぐみかけた一瞬さえもニュースとして扱った。

ローマの死刑規定に先立つ暗殺未遂事件

ローマ発の記事が伝えた閣議決定は、ムッソリーニの命を狙った一連の事件の後に出された。元社会党代議士ティト・ザニボーニは1925年11月4日、ムッソリーニの暗殺を企てたとして逮捕された。歴史家たちは、この陰謀そのものがムッソリーニ政権によって権力固めの口実として仕組まれたと考えている。1925年末に制定された法律は、すでにあらゆる反対派の政治組織を弾圧できるようにしていた。1926年には事件が相次いだ。バイオレット・ギブソンは4月7日にムッソリーニに拳銃を撃ち、弾は彼の鼻をかすめた。アナキストの大理石工ジーノ・ルチェッティは9月11日、ローマのポルタ・ピアでムッソリーニのリムジンに爆弾を投げた。10月31日には、ボローニャを無蓋車で通るムッソリーニに何者かが発砲し、15歳の少年アンテオ・ザンボーニがリンチを受けて殺された。このボローニャの事件はこの記事の5日前に起き、ムッソリーニの秘密警察を創設する法律につながった。

レッジ・ファシスティッシメと国家防衛特別法廷

ローマで承認された刑罰を適用するために、ファシスト政権は専用の裁判機関を設けた。国家防衛特別法廷は、ファシスト政権下のイタリアで体制に対する犯罪を裁くために使われた政府の特別機関である。ムッソリーニ政権は、全体主義体制を固めたレッジ・ファシスティッシメと呼ばれる一連の法律によって、この特別法廷を設けた。特別法廷は1926年に設立され、1943年に廃止された。AP通信の記事は閣議が採択した刑罰を伝えたが、どの裁判所がそれを科すのかについては書いていない。

最後の数週間を迎えていたセスキセンテニアル博覧会

見出しの「セスキ」は、独立宣言署名150周年を祝ってフィラデルフィアで開かれた万国博覧会、セスキセンテニアル国際博覧会を指す。博覧会は1926年5月31日に開幕して11月まで続いたので、11月5日に発表された日曜閉鎖は会期の最後の数週間にだけ適用された。博覧会はすでに深刻な財政難に陥っていた。業界紙バラエティは、1926年8月までに2000万ドルの損失を出したこの博覧会を「アメリカ最大の失敗」と呼んだ。博覧会は債務を払えず、1927年に管財人の管理下に置かれた。AP通信の記事によると、理事会は州最高裁判所の判決を執行するため、すでに赤字を抱えていた博覧会で日曜日の販売用建物を閉めることを決めた。

原文

MRS. HALL ALMOST IN TEARS AS MILLS TESTIFIES AT TRIAL

SOMERVILLE, N. J., November 5. - Mrs. Jane Gibson was too sick to come to court today, but the HallMills case went ahead without her. Mrs. Gibson, expected to testify as an eyewitness of the slaying of the minister and choir singer four years ago, was reported somewhat improved over her condition of last night, but there was no intimation from the Somerville Hospital when she will be able to testify, if at all. Mrs. Gibson has been unofficially designated as the State's star witness. James Mills, husband of the slain woman, Mrs. Eleanor R. Mills, testified just before the luncheon recess. He was calm and told his story of his last sight of his wife in a dispassionate voice. In contrast to the lack of emotion displayed by Mills was the first apparent slight penetration of Mrs. Hall's composure. As the church sexton told of the visits of Mrs. Hall to his house, with the news that her husband had not returned and to learn that his wife also had failed to come home, the rector's widow seemed on the verge of tears. She at once recovered her self-possession.

DEATH OR PRISON FOR ALL WHO DARE OPPOSE MUSSOLINI

ROME, November 5. - Sweeping measures to protect the Fascist regime from the activities of its enemies were approved today by the cabinet, sitting under the presidency of Premier Mussolini. The ministers adopted a provision making plots against the life, liberty and integrity of the premier and members of the royal family and plots against the government and state punishable by death. They also approved penalizing by imprisonment, varying from five to more than 30 years, any effort by an Italian or foreigner to injure Italy in fact or by propaganda.

SESQUI ENFORCES BAN.

PHILADELPHIA, November 5 (AP). - All buildings at the Sesquicentennial Exposition in which merchandise is sold will be closed on Sundays, the directors announced today. The action was taken to assure the strict enforcement of the State Supreme Court's ruling against Sunday

紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料

万国一面について →

本日の新聞一覧

街を巡る ↑
100%
原紙を拡大して読む

つまんで拡大 · 指で紙を動かす