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時報

この版は1926年10月17日付『時報』の3本の記事を読んだものである。『時報』は、浙江省長夏超が孫伝芳に対して兵を挙げた初日の動きを上海から伝えた。同紙は、孫軍第13連隊の兵士が滬杭鉄道の軌道と鉄橋を破壊し、上り下りの列車が止まったと報じた。同紙によれば、夏超は警備隊約1500人ずつを乗せた列車を嘉善と松江へ向けて出し、両軍の前鋒はどちらも松江から11キロの地点に達した。同紙はまた、高昌廟兵工廠から梅家弄へ機関銃が送られたこと、北駅の電報室を兵士が監視したこと、龍華の線路沿いで夜間の通行禁止が始まったことを伝えた。さらに同紙は、丁文江が代表を南京へ送ったことと、南京の孟昭月が第8師団と部下の宋梅村を上海の守りに差し向け、南京の治安は保たれると表明したことを報じた。

この版は1926年10月17日付『時報』の3本の記事を扱う。OCRの文字列は大きく乱れ、別の見出しの行が混ざっているため、スキャンで判読できる文字だけを訂正に使った。「孫軍出防梅家弄」の冒頭段落は欄の上端が切れているので使わず、訳文の「……」と「[?]」は欠けた文字を示す。「孟八師今午抵滬」の冒頭には隣の欄の断片が混ざっており、訳文はそれを断片のまま訳している。紙面は宋梅村の上海到着時刻として午前3時と午前5時ごろの二つを載せている。スキャンの黒い縁がタイルr3c0からr3c2の下部を隠している。

翻訳

孫・夏両軍、松江で接触へ

◎ 孫・夏両軍、松江で接触へ。今朝3時の情報によれば、莘荘―新橋間の鉄道は1時半に孫軍によって切断された。現在、孫軍の前鋒は新橋に達しており、松江まで11キロである。夏軍の前鋒は石湖蕩に達しており、こちらも松江まで11キロである。したがって松江が戦線となることは避けがたい。続報によれば、新龍華と莘荘の間の軌道は今朝2時50分に修復された。

軍政要聞

◎ 滬杭線の新龍華―莘荘間で軌道2か所が、昨日(16日)午後4時46分に第13連隊の兵士によって破壊された。5時40分には梅家弄―莘荘間の5号鉄橋も破壊され、全線の交通が途絶した。上海発の13号夜行急行はただちに運転を取りやめた。午後2時に杭州を出て上海へ向かった7号準急行は松江まで来たところで報を聞き、杭州へ引き返した。23号・25号の両貨物列車も途中で折り返し、旅客と貨物を元の場所へ送り返した。

◎ 滬杭線では昨(16)日、上り下りの11号・12号夜行急行と29号・30号の夜行貨物列車がいずれも運休した。今日(17日)の各旅客列車と貨物列車が運行するかどうかは未定と伝えられる。

◎ 北駅の電報室、検査室、駅長室にはいずれも兵士と憲兵が詰めており、そばで業務を監視している。

◎ 滬杭線の杭州・上海間の電報と長距離電話は、今朝1時の時点でなお通じていた。滬寧線では、33号と35号の両貨物列車が抽……のため……を除き……

孫軍、梅家弄へ出動して防備

[?] 昨夜9時に石湖蕩に到着した。各方面の情報によれば、浙江省長夏超は昨日、約1500人の一部隊に命じて列車に分乗させ、杭州から出発させた。第1列車は……杭州を離れて嘉興へ向かい駐屯し、第2列……時ごろ楓涇へ向かった。……省長夏超は昨日(16日)、杭州から列車1本を差し向けて警備隊約1500人を乗せ、午後4時45分に城站から嘉善へ向かわせた。第2列車も前と同数の兵を乗せ、昨夜9時ごろ松江へ向けて出発した。また、以前に徐州などで募集した新兵数百人は、いずれも訓練を終えて武器を支給され、省都に駐屯していたが、昨日警備隊がこれらの新兵の銃器をすべて没収したという。

孫軍、梅家弄へ出動して防備。老龍華の第13連隊第2大隊と第3大隊の第9・10・12・3中隊、および……旅団第2大隊の機関銃中隊は、いずれも……午後5時に梅家弄・新龍華一帯へ向かうよう命じられ、高昌廟兵工廠から機関銃や弾薬などを受け取った。同連隊の部隊は……16日午後9時半、高昌廟兵工廠から機関銃2挺、手提げ機関銃3挺、弾薬10箱が積み出され、滬杭線南駅から特別列車で梅家弄へ運ばれ、第13連隊第2・第3両大隊の部隊に引き渡されて使われることになった。

◎ 昨夜(16日)、滬杭線の南駅、老龍華、新龍華、梅家弄などの各駅では、情勢が異常に緊迫した。7時以降は鉄道の駅務職員を除き、すべての通行人が止められ、交通が遮断された。

◎ 宋梅村は今朝2時……12……非常に速く進み、3時に上海に着いた。

◎ 第8師団孟昭月の部下である第……宋梅村は、命を受けて昨夜9……南京から特別に用意された専用列車に乗って上海へ向かった。……務……、今朝5時ごろ到着の見込みである。

◎ 丁文江、代表を南京へ派遣。◎ 淞滬商埠総辦丁文江……処長温応星は昨日午後、それぞれ専用列車で南京へ向かい、上海の……を報告して指示を仰いだ。

◉ 上海から列車、[?]へ ◎ 昨日午後4時10分、専用列車1本が蘇州へ向けて出発し、第51連隊第1大隊の兵士を迎えて……

孟の第8師団、今日正午に上海着

……嘉善、松江……第……500人……半に孫軍によって切断……夏軍の前鋒……戦線である……分に修復……下り11号……30号の両夜行貨物……7日)の各旅客列車と……駅長室にはいずれも……業務……の電報と長距離……なお通じている……滬……5号の両貨物列車が抽……のため……を除き、その他はいずれも……通りに……交通を遮断し、通行人を止めた。

◎ 東南通信社によれば、上海駐在の陸軍第13連隊長王雅之は、近ごろ上海でデマが盛んに飛び交っており、龍華は商埠公署の所在地であるから防備を急いで厳重にすべきだとして、駐屯部隊に警戒の実施を命じた。毎日午後6時から夜明けの6時まで、龍華駅から鉄道沿いに新龍華までの区間で、駐屯部隊が組に分かれて交代で巡回し、歩哨を密に配置して通行人の通過を禁じ、夜明けになってはじめて警戒を解く。

◉ 孟の第8師団、今日正午に上海着 ◎ 孟昭月は車両10両を用意させ、今日の夜明けに第8師団の兵を乗せて上海へ向かわせる。◎ 孟昭月は列車を準備し、今朝兵を上海へ派遣する予定である。(南京16日発)◎ 南京ではここ数日デマが盛んに起こり、人々は疑念と不安を抱いている。江寧鎮守使孟昭月は、時局の問題は数日のうちに必ず円満に解決すると表明した。省都の治安については軍と警察が全責任を負って維持するので、決して心配はないという。(南京16日発)◉ 孟、まず宋梅村を上海へ派遣 ▲ 上海の軍務を統轄

解説

夏超が孫伝芳に背いた理由

夏超は孫伝芳に任じられた浙江省長であり、1924年に孫伝芳が浙江を掌握した際に協力した見返りとしてこの職を得た。1926年秋、孫伝芳は約10万の兵を動かし、自身も主力を率いて江西へ向かい、北伐軍を迎え撃った。10月に夏超が動いたとき、孫伝芳には上海の防衛に回せる兵がほとんどなかった。夏超は浙江の中立を表明する一方で、蔣介石とひそかに取り決めを結んだ。夏超は、国民革命軍が武昌で呉佩孚を破れば孫伝芳から離反すると約束した。国民革命軍は10月10日に武昌で勝ち、夏超は10月16日に地元の指揮官や文官の支持を得て浙江の独立を宣言した。『時報』は同じ16日の午後に警備隊の列車が杭州を出たことや、警備隊が徐州などで募った新兵数百人の銃を没収したことを伝えており、紙面はこの離反の最初の数時間を上海から報じている。

滬杭鉄道を切断したのは誰か、夏超軍はどこまで迫ったか

『時報』は鉄道の切断を孫軍側の行動として報じた。同紙によれば、第13連隊の兵士が16日午後4時46分に新龍華―莘荘間の軌道2か所を破壊し、5時40分に5号鉄橋を破壊し、孫軍は翌17日午前1時半に莘荘―新橋間を切断した。後の歴史叙述も、上海の防衛に回せる兵が少なかった孫伝芳が杭州から上海への鉄道の破壊を命じたと記している。同じ叙述によれば、夏超も挙兵の準備として浙江と上海を結ぶ鉄道を切断し、杭州の守備隊を分散させたので、線路は両端から攻撃を受けたことになる。歴史家は上海へ攻め込んだ夏超軍を2500人とし、その兵は訓練も装備も不十分だったと述べている。この数字は紙面が伝えた約1500人ずつの列車2本とは一致しない。夏超軍は17日夜までに上海から5キロの地点まで進んだとされ、紙面が伝えた両軍の前鋒が松江から11キロという状況は、その日の未明の前線を示している。

南京からの援軍が情勢を変えた経緯

第3の記事は、孫伝芳が上海を守るために頼った部隊を挙げている。紙面によれば、南京の江寧鎮守使孟昭月は第8師団に上海行きを命じ、部下の宋梅村を先に送って上海の軍務を統轄させた。紙面はまた、別の専用列車が第51連隊の1個大隊を迎えに蘇州へ向かったと伝えた。歴史家は、孫伝芳がこの時点で上海防衛の援軍を得て夏超の進撃が阻まれたと記しているが、ここで用いた叙述は部隊名を挙げていない。国民党の工作員が夏超に約束した上海での蜂起は起こらなかった。上海の共産党と国民党の指導者が、蜂起するかどうかをなお議論していたためである。孫伝芳軍はその後21日に嘉興を、23日に杭州を占領し、夏超は捕らえられて即座に処刑された。孟昭月が16日に南京で「数日のうちに円満に解決する」と表明したのは、この反撃の直前である。孟昭月は1926年12月に孫伝芳の後を継いで浙軍総司令となった。

丁文江の商埠公署と龍華の夜間警戒

代表を南京へ送った淞滬商埠総辦は丁文江である。丁文江は地質学者であり、1926年に孫伝芳の下で淞滬商埠督辦公署の総辦を務めた。丁文江はこの職にあって江蘇省政府を代表し、上海で外国代表と交渉した。歴史家の何漢威は、この総辦就任を丁文江の生涯で最も議論を呼ぶ出来事とみなし、北伐軍が迫るなかで丁文江が孫伝芳の陣営で果たした役割を研究している。『時報』の紙面はその役割の一面を伝えている。紙面によれば、龍華に商埠公署が置かれていたため、第13連隊長王雅之が毎日午後6時から午前6時まで龍華駅から新龍華までの線路沿いに巡回と歩哨を置くよう命じた。紙面はこの夜間警戒を商埠公署の措置ではなく軍の命令として伝え、丁文江の公署が10月16日に南京へ人を送って情勢を報告し、指示を仰いだと報じている。

原文

孫夏兩軍將在松江接觸

◎ 孫夏兩軍將在松江接觸今晨三點消息、 莘莊至新橋間鐵路、 在一點半爲孫軍拆斷、 現在孫軍前鋒至新橋、 距松江十一公里、 夏軍前鋒至石湖蕩、 距松江亦十一公里、 故松江難免爲戰線也、 續訊新龍華與莘莊間之軌道于今晨二點五十分修復軍政要聞 ◎ 滬杭路新龍華莘莊之間有軌道兩處、 於昨日 (十六) 下午四時四十六分被十三團兵士拆毀、 至五時四十分、 梅家弄與莘莊間之五號鐵橋亦被拆毀、 以致全路交通阻斷、 由滬開之十三號夜快車即行停駛、 下午二時由杭開滬之七號中快車駛至松江、 聞訊仍折回杭州、 二十三二十五兩次貨車亦中途折回、 將客貨送回原處 ◎ 滬杭路昨 (十六) 日上下行十一號十二號夜快車及二十九三十兩次夜貨車、 均停駛、 聞今日 (十七) 各次客車及貨物車、 開否未定、 ◎ 北車站電報房檢查間站長室均有兵士及憲兵、 在傍監視辦公、 ◎ 滬杭路杭州上海間之電報暨長途電話、 截至今晨一時止仍可通達、 滬甯路除三十三及三十五兩貨車因抽

孫軍出防梅家弄

[?] 昨晚九時到石湖蕩、 各方消息、 浙省長夏超昨令一部份約一千五百人、 分乘列、 由杭出發、 第一列車於下離杭、 開往嘉興駐防、 第二列時許開往楓涇、 長夏超、 昨日 (十六) 由杭調派一列車約裝警備隊一千五百名、 於下午四時四十五分由城站開赴嘉善其第二列車載兵數同前、 於昨夜九時許出發至松江、 並聞前在徐州等處招得新兵數百名、 均已教練成熟、 已經發械駐省、 昨由警備隊將該項新兵槍械、 一律收繳、 孫軍出防梅家弄老龍華之第十三團第二營及第三營九 ・ 十 ・ 十二 ・ 三連、 及旅之第二營機關槍連、 均奉午五時開赴梅家弄新龍華一、 並由高昌廟兵工廠領取機架及子彈等、 由該團軍隊備十六下午九時半由高昌廟兵工廠裝出機關槍二架、 及手提機關槍三架子彈十箱、 由滬杭路南站特開專車運往梅家弄、 撥交第十三團二三兩營軍隊應用、 ◎ 昨晚 (十六) 滬杭路南車站老龍華新龍華梅家弄等站、 形勢異常嚴禁、 至七時後、 除鐵路站務辦事人員外、 餘均阻止行人、 斷絕交通、 ◎ 宋梅村今晨二點十二行甚速、 三點至滬、 ◎ 第八師孟昭月部下第宋梅村、 奉命於昨晚九甯乘坐特備專車來滬、 務、 約今晨五時可抵埠、 ◎ 丁文江派代表赴甯 ◎ 淞滬商埠總辦丁文江務處長溫應星於昨日下分乘專車赴甯、 報告滬地示機宜、 ◉ 上海開車赴 [?] ◎ 昨日下午四時十分、 專車一列、 開往蘇州、 迎五十一團第一營兵士來

孟八師今午抵滬

嘉善松江、 第十五百名、 於半爲孫軍拆夏軍前鋒戰線也、 分修復下行十一號十三十兩次夜貨七) 各次客車及間站長室均有辦公、 之電報暨長途仍可通達、 滬五兩貨車因抽外、 其餘均照斷絕交通、 阻止行人、 ◎ 東南通信社云、 駐滬陸軍第十三團團長王雅之、 以近日滬埠謠諑繁盛、 龍華爲商埠公署駐在之地、 防範亟應從嚴、 已飭駐軍實施戒備、 每日下午六時起至天明六時止、 自龍華車站沿鐵路至新龍華止、 由駐軍分組輪流梭巡、 密布步哨、 禁止行人通過、 至天明始行解嚴、 ◉ 孟八師今午抵滬 ◎ 孟昭月命備車十輛、 今日黎明載第八師兵來滬、 ◎ 孟昭月預備列車、 將於今晨派兵來滬、 (南京十六日發) ◎ 甯垣日來謠諑繁興、 人心抱疑慮、 江甯鎮守使孟昭月宣布時局問題、 日內定有圓滿解決、 關于省城地方治安、 由軍警負全責維持、 決無他慮 (南京十六日發) ◉ 孟先派宋梅村來滬 ▲ 主持上海軍務

紙面の出典:Source: Internet Archive / eastasia-periodicals

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