この日に発行された世界の新聞12紙の一面を、翻訳と解説で読めます。
ワシントンD.C.(アメリカ) · 英語
- マリー女王、アメリカ周遊の途上であすワシントン到着
- 炎上船から砲弾が飛び散り、中国兵1,200人が死亡
- 米政府、郵便物を狙う無法者の襲撃を阻止するため海兵隊を招集
1926年10月17日日曜日のイブニング・スター紙第1面は、ルーマニアのマリー女王がイレアナ王女、ニコラス王子とともに翌日6時ごろ、ニューヨークから特別列車でワシントンに着くと予告した。同紙は、ホワイトハウスへの表敬、クーリッジ大統領夫妻による公使館での答礼、火曜日のマウントバーノンとアーリントン訪問、公式晩餐会という日程を伝えた。上海発のAP電は、孫伝芳元帥の兵士1,500人を乗せた弾薬輸送船が長江の九江沖で炎上して爆発し、1,200人が死亡したと報じた。同じ記事は、浙江省長が孫に背いたことも伝えた。さらに同紙は、ニュージャージー州エリザベスで郵便トラックが15万1,000ドルを奪われた事件を受けて、クーリッジ大統領と閣僚が郵便物の警備に再び海兵隊を投入すると決めたと報じた。
モンゴメリー(アメリカ) · 英語
- ノリス上院議員、ペンシルベニアの選挙戦でベアを攻撃
- 農家救済には精力的な取り組みが必要との主張
- 強盗団、包囲網を突破して逃走
1926年10月17日(日曜)付のモンゴメリー・アドバタイザー紙は、1面に三つの通信社電を載せた。ネブラスカ州選出の共和党上院議員ノリスは、ペンシルベニア州の上院選で同じ党の候補ベアを攻撃した。ノリス議員は、予備選挙での巨額支出は議席を競売にかけるに等しいと述べ、民主党のウィルソンへの投票を呼びかけた。南部では、綿花救済委員会のバトラー委員長が銀行家、商人、生産者に協力を求めた。委員会は400万俵を供給過剰の市場から引き揚げ、1927年の作付面積を4分の1減らす計画を進めていた。執行委員のジョンソン氏は、政府の資金援助を求めるためワシントンへ向かった。ニュージャージー州では、エリザベスで郵便局員を殺害して15万1700ドルを奪った8人の強盗団が、ウォッチャング丘陵に敷かれた500人の包囲網をすり抜けたと紙面は報じた。目撃者は、強盗団のセダンをプレーンフィールド、スコッチプレーンズ、スプリングフィールド付近で見たと証言した。
ベルリン(ドイツ) · ドイツ語
- ロムジーの秘密
- 誰がジュネーブへ行くのか
- スペインの裁判権の廃止
1926年10月17日の『フォス新聞』は、ロンドン発の記事で『マンチェスター・ガーディアン』紙の報道を伝えた。同紙によれば、ロムジーのアシュリー大佐邸で英独の実業家が「経済のロカルノ」の基礎を築こうとした話し合いはフランスとベルギーの警戒を招き、両国政府はロンドン駐在の大使に合意内容を探るよう指示した。ゲオルク・ベルンハルトは署名入りの論説で、ドイツの国際連盟加盟をめぐる大きな政治問題はおおむね片づいたと述べ、ドイツ人向けの事務局ポストに誰が就くのかを論じた。マドリード発の記事は、スペイン政府が最高裁判所の判決を含む裁判所の判決を取り消せるようにする法律命令の公布を報じ、これまで非常時に限られていた権限が通例になったと伝えた。
ウィーン(オーストリア) · ドイツ語
- 新たな戦争の危険をどう取り除くか
- ウズノヴィッチ内閣の存続
- 父と娘
1926年10月17日のノイエ・フライエ・プレッセは、ニューヨーク発のヘンリー・フォードの寄稿を載せた。フォードは、約五年前にディアボーンの事務所で世界有数の軍需品製造業者から聞いた予言を紹介した。その人物は、次の戦争は日本とメキシコを先頭に合衆国へ向けられ、その理由は合衆国の通商上の優位と金準備と各国への貸付にあると語った。ベオグラード発の電報は、辞任していたウズノヴィッチ首相が深夜に国王の謁見を受け、辞表を撤回したと報じた。文芸記事「父と娘」は、父に反抗する息子を描く劇の流行が終わったことを皮肉った。
ジュネーヴ(スイス) · フランス語
1926年10月17日付のジュルナル・ド・ジュネーヴの一面には、三本の論説が並んだ。W. M.は、遠い加盟国を武力で守れない国際連盟が保健事業によって普遍性を示せると論じた。W. M.は、シンガポール疫学局が無線で港に送る警報をたたえ、ロックフェラー財団の資金やマラリアと乳児死亡への取り組みを紹介し、アフリカが同様の努力を求めていることも伝えた。J. M.は、ジュネーヴ州国務院が提案した遺産税を、相続人に二度目の負担を課して貯蓄意欲をさらに失わせるものとして批判した。ソルボンヌのアンリ・リヒテンベルジェ教授は、ウィーンで開かれる知識人連合連盟の大会に寄せて、ロカルノ後の仏独和解には戦争とインフレで傷ついた両国の知識人の支持が必要だと説いた。
ベオグラード(現セルビア) · sr-Cyrl
ポリティカ紙は1926年10月17日付の一面で、ベオグラードの政府危機を伝えた。巻頭記事は、政府筋、とりわけラディッチ派が一昨夜まで、急進党とラディッチ派が折り合って内閣がほぼそのまま残ると見ていたと報じた。ほかの政界筋は、そのような収拾は新たな危機を先送りするだけだと付け加えていたと記事は伝えた。記事は、ウズノヴィッチ首相の辞表が受理されなかったことが、最も権威ある筋も同じ収拾を望んでいる兆しと受け止められていたと伝えた。もう一つの記事は、両党が決裂した争点として急進党の条件を挙げ、どちらの側もセルビア人、クロアチア人、スロヴェニア人のいずれかの種族が迫害されていると訴える扇動をしないという誓約を紹介した。ラディッチ派の一人は、この要求がニキッチ博士の運動のような分派運動をあらかじめ追認するものだと同紙に語った。
上海(中国) · 中国語
- 孫・夏両軍、松江で接触へ
- 孫軍、梅家弄へ出動して防備
- 孟の第8師団、今日正午に上海着
この版は1926年10月17日付『時報』の3本の記事を読んだものである。『時報』は、浙江省長夏超が孫伝芳に対して兵を挙げた初日の動きを上海から伝えた。同紙は、孫軍第13連隊の兵士が滬杭鉄道の軌道と鉄橋を破壊し、上り下りの列車が止まったと報じた。同紙によれば、夏超は警備隊約1500人ずつを乗せた列車を嘉善と松江へ向けて出し、両軍の前鋒はどちらも松江から11キロの地点に達した。同紙はまた、高昌廟兵工廠から梅家弄へ機関銃が送られたこと、北駅の電報室を兵士が監視したこと、龍華の線路沿いで夜間の通行禁止が始まったことを伝えた。さらに同紙は、丁文江が代表を南京へ送ったことと、南京の孟昭月が第8師団と部下の宋梅村を上海の守りに差し向け、南京の治安は保たれると表明したことを報じた。
北京(中国) · 中国語
- 鎮威第3・第4方面聯合軍団司令部布告
- 正言晩報の告知
- 世界日報副刊の合本
北京の世界日報はこの日曜版に、張学良と韓麟春が率いる第3・第4方面聯合軍団の司令部布告を載せた。布告は、一時の措置として城内に駐屯していた部隊が、秩序の回復を受けて他所へ移ると伝えた。司令部は同じ布告で、兵士の乱暴を受けた住民に訴え出るよう求め、加害者の処罰と告発者の氏名の秘匿を約束した。紙面には、同じ日に創刊する正言晩報が北京の他の晩報の倍の紙面をうたった告知と、北京大学教授の劉半農が主編する世界日報副刊の合本の広告も並んだ。
ソウル(現韓国) · 朝鮮語
- 英自由党総裁 オク、ア両氏辞職
- 更生の道
- 南京占領の陰謀
1926年10月17日付の東亜日報は、英国自由党総裁の辞職を見出しに掲げた。その見出しの下で読める本文は極東拓殖移民事業の成績を伝え、計画額127万9千のうち66パーセントが受け取られ、移民3万8千戸分の手配が計画どおり済んだと報じた。崔鉉培は連載「朝鮮民族更生の道」の第3回で物理学の説明を使い、白い服は夏の避暑に役立つが冬の防寒にははなはだ不利だと論じた。中国関係の欄は、張作霖が新人の採用と高官の海外留学を命じたという奉天電を載せた。同じ欄は続けて、南軍と第三師の一部が結託した南京占領の陰謀が未然に発覚したと報じた。
サンティアゴ(チリ) · スペイン語
1926年10月17日付のサンティアゴのラ・ナシオンは、フランスの作家モーリス・ルヴェルの短編『悪い案内人』のスペイン語訳を載せた。抜粋の場面では、暗がりに閉じ込められた男が踏みつぶしたい生き物をののしり、やすりで扉の蝶番を外した。男は、神が最初の障壁を壊させてくれたのだから残りの障壁も開いてくれるかもしれないと希望を抱いた。同じ物語の断片は、二つの薬の広告の中にも入り込んでいた。カタミナの広告は無臭の疥癬用亜鉛軟膏を宣伝し、バルパライソのHeesch, Nagel & Cía.とベルリンのJ. D. Riedel社の名を並べた。ガウロールの広告は、注射用の石灰塩が結核患者に力と健康を取り戻させるとうたった。
ブエノスアイレス(アルゼンチン) · スペイン語
クリティカ紙は1926年10月17日の一面を、パレルモ競馬場のグラン・プレミオ・ナシオナルにあてた。冒頭の記事は、吹きつける風や藍色の空、スタートのテープが切れる前に観衆が息をのむ様子を詩的に描いた。続く記事は、満員のスタンドをダービーの日のエプソムにたとえ、最後の毛皮のコートと春の装いや最初の麦わら帽子が入り混じる光景を伝えた。この記事は、パレルモの観衆の新たなアイドルとなっていたサアベドラ厩舎のレマンソ産駒をめぐる驚きにも触れた。最後の記事は、晴れ着の人々で埋まった競馬場と、勝ち馬ケマオが通り過ぎると歓声とともに十万の手が揺れた場面を描いた。
Italy · イタリア語
- 仏独交渉、近く再開へ
- ロカルノ条約の記念日
- ザイペル師の復帰
1926年10月17日付の「イル・ピッコロ」第1面は、ロカルノ条約後の欧州外交を三つの記事で伝えた。ベルリン発の記事は、駐パリ・ドイツ大使フォン・ヘッシュがトワリー合意に関するドイツ政府の検討結果を携えて近くパリに戻ると報じた。同じ記事は、ラインラント早期撤兵の条件として東部国境の保証を求めたフランス人論者に対し、ゲルマニア紙が反論した内容を紹介し、鉄道債の国外売り出しに伴う負担額も載せた。ロカルノ発の記事は、条約記念日の式典でスイスのモッタ連邦参事が条約と国際連盟を称え、スイスの中立は議論の余地がないと述べたことを伝えた。パリ発の記事は、オーストリア内閣の危機、ラーメク政権の歩み、ザイペル師の復帰見通しをめぐるル・タン紙の論評を紹介した。