Crítica
- 祝祭の日
- 競馬場
- 観衆
クリティカ紙は1926年10月17日の一面を、パレルモ競馬場のグラン・プレミオ・ナシオナルにあてた。冒頭の記事は、吹きつける風や藍色の空、スタートのテープが切れる前に観衆が息をのむ様子を詩的に描いた。続く記事は、満員のスタンドをダービーの日のエプソムにたとえ、最後の毛皮のコートと春の装いや最初の麦わら帽子が入り混じる光景を伝えた。この記事は、パレルモの観衆の新たなアイドルとなっていたサアベドラ厩舎のレマンソ産駒をめぐる驚きにも触れた。最後の記事は、晴れ着の人々で埋まった競馬場と、勝ち馬ケマオが通り過ぎると歓声とともに十万の手が揺れた場面を描いた。
この版は一面から三つの記事を訳出している。訳出した記事は、冒頭の情景描写、競馬場の記事、観衆の記事の三つである。二つ目と三つ目の抜粋は、直前の記事の途中から文が始まっており、三つ目の抜粋の冒頭の断片は次ページへの続きを示す注記で途切れている。この版は、その続きの部分と『論評』欄を含む一面の残りの部分を訳していない。国立図書館の整理票が題字欄の告知の一部と主見出しの最初の数文字を覆っており、題字の下の標語はほとんどが薄くて読めない。OCRの文字化けがひどいため、この版は画像と食い違う箇所でOCRを使っていない。段の端で切れた語やにじんだ語は、推測で補わずに省いている。写真には短い人名の説明しか付いていない。
翻訳
祝祭の日
ときおり荒々しく吹く風が、天空から雲を払いのけようと躍起になっているようで、この時刻の空は透きとおった藍色を見せている。磨き上げられた太陽は、もう一つの星を見ようと背伸びをする。その星のまわりを、何千何万という目が、そのわずかな動きも見逃すまいと巡っている。スタートに先立つ最高潮の一分間であり、自然さえも感動に息をのんでいるように見える。木々や芝や花をくしけずる風が静まる……。人々の胸の中でも息が止まり、テープが切れた瞬間、その息はどよめきとなってはじける。祝祭の日だ! 輝かしく見事な、これほどの偉業にふさわしい日だ!
競馬場
……それに伴う驚きがあった。というのも、サアベドラ厩舎のレマンソ産駒は、すでに競馬ファンの心に深く入り込み、パレルモの観衆の新たなアイドルとしての姿を見せ始めていたからである。
競馬場
グラン・プレミオ・ナシオナルという名を口にするだけで、今日の午後の競馬場がどんな様子だったか察しがつくだろう。伝説的なイギリスのダービーが争われるのを一度でも目にしたことのある人なら、今日、前代未聞なほど観客であふれ返ったパレルモの広大なスタンドを前にし、競馬場が観客に開いているあらゆる場所にぎっしりと詰めかけた群衆を前にして、エプソムの午後の感動のいくつかをきっと思い起こしたに違いない。気温はこれ以上ないほど穏やかだった。美しい太陽が、生き生きと躍動する光ですべてを満たしていた。例年と同じく、最後の毛皮のコートと、春の季節の気の早い、明るく色とりどりの「装い」との対照が目についた。例年と同じく、最初の「カンカン帽」の陽気で楽天的な調子は、最後までしぶとく残るオーバーコートを前にして、時に場違いに映った。今日のような催しではいつもそうであるように、観衆は最初のいくつかのレースには無関心で冷淡な態度を見せ、
観衆
……人混みの中を苦労してかき分けて進みながら耳にすることのできた興味深い事柄を、すべて書き写すには……。……という事情は、……のために(次ページに続く)
観衆
ブエノスアイレスは祝祭のさなかにある。アルヘンティーノ競馬場は、巨大なサロンのように、この街が持つ最も優雅なもの、最も熱狂的なもの、最も美しいものを包み込んでいる。女性たちは、人を喜ばせ自らを輝かせたいという魅力的な願いから、晴れ着で装っている。男性たちは、巨大な集団の中で厳かな暗色の調子を添え、そこに気の早い麦わら帽子がわずかに白い点を散らしている。巨大な人の塊はひしめき合い、渦を巻き、時にはうなりを上げる蜂の群れのように割れて開く。突然、すべての胸からただ一つの叫びが上がり、十万の手が宙に揺れる。グラン・プレミオ・ナシオナルの勝者が通っていくのだ。ケマオが通ったのだ。
解説
今日アルゼンチン・ダービーと呼ばれるグラン・プレミオ・ナシオナルと1926年のケマオの勝利
クリティカ紙の記者がエプソムを引き合いに出したのは、グラン・プレミオ・ナシオナルが今日アルゼンチン・ダービーと呼ばれるレースだからである。現在このレースでは3歳馬が2,500メートルを走り、舞台はパレルモ競馬場である。歴代勝ち馬の一覧は1926年の勝ち馬をケマオと記録しており、紙面の中心となる事実を裏づけている。同じ一覧は、前年1925年の勝ち馬をマコン、翌年1927年の勝ち馬をベルメホとしている。参考資料はこのレースが1880年代からパレルモで行われてきた点で一致するが、第1回の年については食い違っている。レースの記録は1884年から毎年開催されてきたとし、競馬場の沿革は1885年に初めて行われてスーベニールが勝ったと記している。紙面はこのレースを一年の大行事として扱い、その名を挙げるだけで競馬場の光景が伝わると書いた。
パレルモの新たなアイドルとされたレマンソ産駒ルーベンス
『競馬場』の記事に先立つ断片は、サアベドラ厩舎のレマンソ産駒がパレルモの観衆の新たなアイドルになっていたために、結果が驚きを呼んだと伝えている。抜粋はこの馬の名前を挙げていない。サラブレッド・ヘリテージのジョッキークラブ大賞の記録は、現在はサンイシドロで3歳馬が2,000メートルの芝コースを走るこのレースの1926年の勝ち馬を、レマンソとマミータ2世の間に1923年に生まれた鹿毛の牡馬ルーベンスとしている。この記録から、紙面の言うレマンソ産駒はルーベンスである可能性が高い。紙面の書き方からは、ルーベンスがナシオナルで観衆の期待に応えられなかったことがうかがえる。同じ記録は、全弟のベルメホが1927年のジョッキークラブ大賞を勝ったことを示しており、ナシオナルの一覧も1927年の勝ち馬をベルメホとしている。レマンソとマミータ2世の配合は、1年後にナシオナルの勝ち馬を出したのである。サアベドラ厩舎の所有は紙面だけが伝える情報であり、レースの賭けの人気は抜粋にもここで参照した資料にも記録されていない。
パレルモ競馬場と1908年のスタンド
記者が前代未聞なほど観客であふれたと書いたパレルモの広大なスタンドは、1926年の時点で建てられてから20年足らずだった。パレルモ競馬場は1876年5月7日に、ブエノスアイレス市で最初期の競馬場の一つとして開場した。1881年に設立されたアルゼンチン・ジョッキークラブは、1884年にこの競馬場の運営を引き継いだ。1908年には、ルイ・フォール=デュジャリックが設計したボザール様式のスタンドが、当初の建物とスタンドに取って代わった。観衆の記事は競馬場を街の最も優雅な人々を包む巨大なサロンにたとえたが、記者が描いたのはこの比較的新しいスタンドだった。ケマオに向かって揺れた「十万の手」は紙面の修辞であり、記者は入場者数を数えて書いたわけではない。
アルゼンチン最大の大衆娯楽だった競馬
クリティカ紙が一つのレースに一面を割いたことは、当時のアルゼンチン社会で競馬が占めていた位置を映している。ロイ・ホラの著書『アルゼンチン競馬史』を紹介するエル・イストリアドールの記事によれば、アルゼンチンでは1950年代まで競馬が最大のスポーツ興行だった。同じ記事は、アルゼンチンの競馬が他の地域と違って民衆層の関心を集めたと述べている。ホラの著書は、ジョッキークラブと競馬場の創設後に競馬が隆盛し、ボクシングやサッカーの台頭とともに衰えた過程をたどっている。1926年のクリティカ紙の一面は、この隆盛期のただ中で書かれた。記者たちは勝ち馬だけでなく、毛皮のコートと春の装いの対照や、気の早い麦わら帽子、大群衆のどよめきまで描いた。こうした書き方は、ナシオナルが上流社会の社交の場であると同時に大群衆の見物でもあったことを示している。
ナタリオ・ボタナのクリティカ紙
この一面を載せたクリティカ紙は、ナタリオ・ボタナが創刊し、1913年から1962年まで発行された日刊紙である。1920年代のクリティカ紙は、ラテンアメリカで最も多くの部数を持つ新聞だった。クリティカ紙はナシオナルの日に一面へ三つの記事を並べ、レース結果を淡々と伝える代わりに、空や風、服装や群衆の印象を書き連ねた。『観衆』の記事は、勝ち馬ケマオの名前を最後の一文まで出さなかった。こうした紙面づくりは、多くの読者を抱える新聞にふさわしい書き方を示している。
原文
Día de fiesta
Día de fiesta Un viento, a ratos desapacible parece empeñado en barrer de nubes el ámbito celeste, que a esta hora se presenta de un añil diáfano. El bruñido sol se empina para ver a este otro astro, en derredor del cual giran millares y millares de ojos atentos a sus menores movimientos. Es el minuto culminante que precede a la largada hasta la naturaleza parece suspensa de emoción. Amaina el viento que peina los árboles, la gramilla y las flores... También en los pechos se detiene el aliento que estalla en rumores al romperse la cinta. ¡ Día de fiesta! ¡ Luminoso y espléndido, digno de tal hazaña!
El hipódromo
la consiguiente sorpresa, pues el hijo de Remanso del Stud Saavedra habíase ya adentrado en el corazón de los aficionados al deporte hípico y se perfilaba ya el nuevo ídolo del público de Palermo. El hipódromoLa sola enunciación del Gran Premio Nacional, da idea del aspecto que presentaba el hipódromo en la tarde de hoy. Quien haya presenciado alguna vez la disputa del legendario Derby inglés, hoy, ante las amplias tribunas de Palermo, colmadas hasta lo inaudito de espectadores; ante el apretado apeñuscamiento del gentío en cuanto espacio ofrece el hipódromo al público, habrán seguramente revivido algunas emociones de la tarde de Epsom. La temperatura no pudo ser más cordial: un sol hermoso inundaba todo de luz viva y vibrante. Lo mismo que otros años, se noto el contraste de los últimos abrigos de pieles frente a las prematuras " toilettes " claras y policromas de la estación primaveral. Lo mismo que otros años, la nota alegre y optimista de los primeros " canotiers " resultó por momentos chocante frente a los últimos y persistentes sobretodos. Lo mismo que siempre en acontecimientos como el de hoy, el público se mostró indiferente y desdeñoso por las primeras pruebas,
La concurrencia
ra transcribir todas las cosas interesantes que nos fué dado escuchar, mientras dificultosamente nos abríamos camino entre el gentío. La circunstancia de que, por las (continúa en la pág. siguiente.) La concurrencia Buenos Aires está de fiesta. El hipódromo Argentino, como un enorme salón, cobija lo más elegante, lo más entusiasta y lo más bello que tiene la ciudad. Las mujeres, en el afán encantador de agradar y lucirse, se han vestido de gala. Los hombres, en el conjunto enorme, ponen una severa nota obscura apenas salpicada de blanco por los prematuros sombreros de paja. La enorme masa humana se apiña, se arremolina, se abre a ratos como un zumbador enjambre. De pronto, un solo grito sale de todos los pechos y cien mil manos se agitan por los aires. Es que pasa el triunfador del Gran Premio Nacional. Es que pasó Quemao.
紙面の出典:Source: Internet Archive / Biblioteca Nacional de la República Argentina