Journal de Genève
- ジュール・ルナールの『日記』
- 中国の内戦と鉄道の混乱
- 「百年前のジュネーヴ」
この日のジュルナル・ド・ジュネーヴ紙1面には、アンドレ・モーロワがジュール・ルナールの『日記』を論じた評論が載った。モーロワは、都合のよい真実だけを残す告白や、バイロン、ルソー、ドストエフスキーのように自分を中傷する告白とルナールの日記を比べ、自分をできるだけゆがめまいとしたルナールの姿勢をたたえた。別の記事は、内戦と無政府状態のために中国の鉄道がほぼ壊滅し、北京が南部との連絡をほとんど失い、北京―上海線が放棄され、列車が時刻表もなく隊商のように走っていると報じた。同紙は限定部数の予約特典『百年前のジュネーヴ』の告知も載せ、オランダ紙版を16フラン、ジャポン・アンペリアル紙の豪華版を50フランとした。
翻訳
ジュール・ルナールの『日記』
文学的な告白は数多いが、それが正確であることはまれである。真実をすべて語っているつもりでいながら、その最良の部分しか残していない者が多い。またバイロン、ルソー、ドストエフスキーのように、一種の裏返しの偽善によって、ついには自分自身を中傷するに至る者もいる。だがジュール・ルナールの『日記』は、まったく新しい種類の、見事な記録である。というのも、ジュール・ルナールが何よりも望んだのは、自分をできるだけゆがめずにおくことだったからである。
中国の内戦と鉄道の混乱
中国の鉄道が嘆かわしい状態にあると言っても誇張ではなく、その状態は政治情勢と歩調を合わせている。とはいえ中国の鉄道は大変な苦労をして造られたものであり、その建設はほかのどこよりも困難で複雑だった。この広大な国で風土病のように断続的に起こる騒乱、絶えず再燃する革命、そして続く無政府状態を経たあとでは、このような体制のもとで鉄道がほとんど壊滅状態にあるのも驚くには当たらない。北京は南部とほとんど連絡がなくなり、北京―上海線はとうに放棄されている。同じく重要なほかの路線も、決まった時刻表もなく時折運行されるだけで、その不規則さは気まぐれ極まりなく、遅さは絶望的である。鉄道はまさに隊商のように走る。支度ができたときに出発し、着けるときに着くのである。
「百年前のジュネーヴ」
ジュルナル・ド・ジュネーヴ紙が読者のためにぜひ提供したいと考えた新しい特典は、これまでの特典と同等かそれ以上の成功を収めるに違いない。限定部数で刷られる『百年前のジュネーヴ』は、ほどなく稀覯書となるだろう。予約はジェネラル・デュフール通り5-7番地のジュルナル・ド・ジュネーヴ紙管理部で受け付ける。予約価格は、オランダ紙版が16フラン、ジャポン・アンペリアル紙の豪華版が50フランである。
解説
モーロワが論じた日記作家ジュール・ルナール
アンドレ・モーロワがこの面で論じた『日記』の著者ジュール・ルナールは、1910年に亡くなったフランスの作家である。ルナールの日記は、23歳から46歳で亡くなるまでの生活を記録している。ルナールは自分の子ども時代を辛辣な皮肉で描いた1894年の『にんじん』で高く評価され、1907年にはオクターヴ・ミルボーの後押しでアカデミー・ゴンクールの会員になった。この経歴はモーロワの議論を理解する助けになる。ルナールは自分の子ども時代を美化せずに作品に描いており、モーロワはその日記を、自分をできるだけゆがめまいとした人物の記録として紹介した。
1925年から1927年にかけて刊行された日記
モーロワがこの評論を書いた時点で、ルナールの『日記』はまだ刊行の途中だった。日記は著者の死後、1925年から1927年にかけて全5巻で刊行され、そのうち4巻が日記、1巻が書簡だった。したがって1926年10月の読者が手にできたのは作品の一部だった。後の読者もこの日記を高く評価した。英国の作家サマセット・モームは日記を称賛し、ルナールの例に影響されて自分の日記を出版した。ル・モンド紙は後に、この日記を「20世紀の100冊」の74位に選んだ。現代の参考資料は、この日記を内省と皮肉とユーモアと郷愁に満ちた傑作とし、文壇の生活を知るための重要な記録と評している。
1924年の中ソ協定と中東鉄道
満州を横断する中東鉄道は、1926年当時、記事が伝えた北京周辺の路線とは別の体制のもとで運営されていた。中東鉄道はロシア帝国が1897年から1902年にかけて建設した路線で、帝政の崩壊と十月革命によって所有権はソ連側に移った。ソ連は1924年、北京の中国政府および奉天の軍閥張作霖の政権とそれぞれ条約を結び、この鉄道に対する自国の権利を認めさせた。北京で結ばれた協定は中東鉄道を純粋な商業企業と定め、中国側5人とソ連側5人の理事からなる理事会に経営を委ね、鉄道の支配人をソ連国民とすると定めた。記事は、中国の鉄道の荒廃を政治情勢と続く無政府状態に結びつけて描いた。ソ連が北京とは別に奉天とも条約を結んだ事実は、北京政府だけでは東北の主要鉄道の扱いを決められなかったことを示唆している。
1926年以後の中東鉄道
1924年の取り決めのあとも、中東鉄道をめぐる争いは続いた。1929年、中国側は捜索を重ね、7月までに中東鉄道とその付属事業を完全に掌握した。赤軍は11月末までに中国軍を打ち破り、事実上もとの状態を回復した。1935年、ソ連はこの鉄道を日本の傀儡国家である満州国に売却した。これらの出来事は記事の掲載より後のことである。それでも、中国の鉄道の支配が政治的・軍事的な争いと強く結びついていたという記事の筆者の見方は、これらの出来事と一致している。
原文
Le „Journal“ de Jules Renard
Les confessions littéraires sont nombreuses; il est rare qu'elles soient exactes. Beaucoup croient dire toute la vérité qui n'en ont retenu que le meilleur. D'autres, comme Byron, Rousseau, Dostoïevski, par une sorte d'hypocrisie à rebours, en arrivent à se calomnier. Mais le Journal de Jules Renard est un admirable document, d'une espèce très nouvelle, parce que Jules Renard souhaitait surtout se déformer aussi peu que possible.
La guerre civile et la désorganisation des chemins de fer en Chine
Il n'est pas exagéré de parler d'un état lamentable des chemins de fer en Chine, état qui va de pair avec la situation politique; ceux-ci ont pourtant été créés à grand'peine et leur établissement a été plus difficile et plus compliqué que n'importe où. Après tous les troubles endémiques et intermittents, les révolutions qui renaissent constamment dans cet immense pays et son anarchie persistante, il ne faut pas s'étonner que les chemins de fer, avec un régime pareil, soient quasi ruinés. Pékin n'a presque plus de relations avec le sud; la ligne Pékin-Shanghaï est depuis longtemps abandonnée. D'autres lignes, tout aussi importantes, sont desservies de temps à autre sans horaire fixe, avec l'irrégularité la plus fantaisiste et une lenteur désespérante. Le chemin de fer circule exactement comme une caravane qui part quand elle est prête et arrive quand elle peut.
« GENÈVE IL Y A CENT ANS »
La nouvelle prime dont le Journal de Genève a tenu à faire bénéficier ses lecteurs ne saurait manquer d'obtenir un succès égal ou supérieur à celui des précédentes. Tiré en nombre limité, Genève il y a cent ans deviendra à bref délai une rareté bibliographique. On souscrit à l'administration du Journal de Genève, rue Général-Dufour, 5-7. Prix de souscription: exemplaire sur papier Hollande fr. 16. -» luxe sur Japon Impérial» 50. -