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· モンゴメリー(アメリカ) · 英語

The Montgomery Advertiser

1926年10月23日付のモンゴメリー・アドバタイザー紙は、地元の共同募金運動の立て直しを大きく伝えた。運動員たちは火曜日に終える予定だった寄付カードの配布を金曜日に終え、寄付の申し込みも一日を通じて増え、運動の総額は4万3152ドル10セントに達した。紙面はこの運動を、まとまりのない毎月の街頭募金に戻らないための唯一の道として描いた。ハバナ発のAP電は、48時間以上も連絡が途絶えていたパインズ島の様子を初めて伝え、水曜日の嵐で32人が死亡し、うち17人が米国人で、約100人が負傷したと報じた。ワシントン発のAP電は、禁酒法の取締りを率いるアンドルーズ財務次官補が、飲む価値のある酒はケンタッキー、テネシー、ノースカロライナの山の蒸留所の酒だけだと語り、密造者がもっと儲かるほかの州へ移っていると嘆いたと伝えた。

翻訳

共同募金、運動員の支援で存続の見通し

組織が乱れて毎月タグデーの街頭募金を繰り返すか、それとも公的資金を体系的かつ経済的に分配するか。その二者択一を突きつけられたモンゴメリーの公共心ある人々は金曜日、この大義のもとに結集し、本来は火曜日に配り終える予定だったカードの配布を完了した。関心の盛り返しは運動員の間だけにとどまらなかった。この日は一日を通じて、寄付の申し込みが全般的に増えた。締めくくりの時点で、運動の総額は4万3152ドル10セントに達した。

嵐の死者名簿、米国人犠牲者は17人

ハバナ発10月22日AP電。パインズ島は水曜日のカリブ海の嵐で甚大な被害を受け、32人が死亡し、うち17人は米国人で、約100人が負傷した。キューバの南約35マイルに位置するパインズ島から48時間以上も音信が途絶えた末、この驚くべき知らせが今日の午後ハバナにもたらされた。

山の密造酒に取締り局長のお墨付き

ワシントン発10月22日AP電。今日飲む価値のある酒は、ケンタッキー、テネシー、ノースカロライナの山中にある密造蒸留所の酒だけだと、禁酒取締り部隊を率いるアンドルーズ次官補は言う。そして、ものになる密造者もこうした奥地で育った者だけだと、この将軍は言う。困ったことに、と彼は付け加える。密造者たちは生まれ育った蒸留所を離れて、もっと儲かる土地へ移りつつあり、ほかの地域へ流れていった者たちの足取りは多くの州で確認されているという。

解説

コミュニティ・チェストの仕組みとモンゴメリーの募金運動

コミュニティ・チェストは、慈善団体がそれぞれ別々に寄付を集める代わりに、地域の寄付を一つの基金にまとめる組織である。最初の組織はコミュニティ・ファンドという名で、1913年にオハイオ州クリーブランドの慈善・博愛連盟が設立した。この方式は第一次世界大戦後に急速に広まり、組織の数は1919年から1929年の間に39から353へ増えた。1926年のモンゴメリーの運動も、この全国的な広がりの一部である。記事はこの方式の利点を地元向けに直接訴えている。記事は、共同募金による体系的で経済的な分配と、組織の乱れと毎月のタグデー募金とを対比させた。この書き方から、地元の推進者が年1回の統一募金を、繰り返される街頭募金に代わる方法として売り込んでいたことがわかる。紙面は運動の目標額を記していない。紙面が伝えるのは、火曜日に配るはずのカードが金曜日にようやく配られたという遅れと、総額を4万3152ドル10セントまで押し上げた盛り返しである。失敗すれば毎月の街頭募金に戻るという見通しは、紙面自身による状況の説明である。

1926年10月のハリケーンとパインズ島の被害

記事のいう水曜日のカリブ海の嵐は、のちに1926年ハバナ・バミューダ・ハリケーンと呼ばれる大型ハリケーンである。現代の再解析によれば、このハリケーンは10月20日水曜日の協定世界時8時に、現在のイスラ・デ・ラ・フベントゥであるパインズ島に上陸し、その後キューバ西部を襲った。パインズ島は最初に直撃を受けた土地であり、ハバナには48時間以上も知らせが届かなかったと記事は伝えている。このため、紙面の死者32人、負傷者約100人という数字は初期の集計である。後年の記録は、島全体で少なくとも38人が死亡し、200人以上が負傷したとしている。ハバナでも少なくとも58人が死亡し、その多くは崩れた壁や飛んできたがれきに当たって亡くなった。初報は島の被害を少なく見積もっており、外部との連絡が途絶えた土地からの最初の報告にはこうした差がよく生じる。

パインズ島に米国人が多く住んでいた理由

キューバの小島で米国人17人が死亡した背景には、島の帰属が四半世紀にわたって決まらなかった事情がある。プラット修正条項は、パインズ島を予定されたキューバの憲法上の領域から除外し、島の帰属を将来の条約に委ねると定めた。キューバの主権を認めるヘイ・ケサダ条約は1904年に交渉されたが、両国が批准したのは1925年だった。米国人の入植者や投資家は、島がいずれ米国領になると見込んで、この長い空白の間に島へ移り住んだ。1924年の上院審議で、ウィリアム・E・ボラー上院議員は、島の住民4250人のうち700人が米国市民で、彼らが土地の9割を所有していると述べた。米上院は1925年3月13日にようやく条約を批准した。1926年10月にハリケーンが島を襲ったとき、島が正式にキューバ領と認められてから約1年半しかたっておらず、米国人の居住者はなお多かった。そのため、AP電の初期の集計では死者の半数以上を米国人が占めた。

禁酒取締り部隊を率いた将軍

記事に登場するアンドルーズ次官補は、第一次世界大戦で米陸軍の准将を務めたリンカーン・クラーク・アンドルーズである。AP電が彼を将軍と呼んでいるのはこのためである。アンドルーズは1925年から財務次官補として禁酒法の取締りを担当した。彼は1925年の就任直後から禁酒局の組織改編に取りかかり、その結果、多くの古参捜査官が解雇された。アンドルーズは取締りを厳格な法執行の問題として扱い、禁酒運動の思想に共鳴する人物ではなかった。この姿勢は記事の調子を説明する手がかりになる。熱心な禁酒運動家なら違法なウイスキーの品質をほめることはまずないが、行政官としてのアンドルーズは山の蒸留業者を職務上の問題として論じることができた。腕のよい密造者がほかの州へ広がっているという彼の本当の不満は、全国の取締り組織を動かそうとする責任者の関心と一致している。見出しの「お墨付き」は、警告を主眼とする発言を紙面が冗談めかして言い表したものである。

山地の密造酒づくりが禁酒法下で生き残り広がった理由

アンドルーズは南部の山地を最良の蒸留所と蒸留職人の本場とみなしたが、この見方は地域の歴史と一致している。南部アパラチアの住民の多くはスコッチ・アイリッシュの子孫であり、彼らはもともとウイスキーを自家醸造する伝統を持っていた。この地域の大部分は歴史的に孤立しており、法の干渉もほとんど受けなかった。禁酒法はこの地元の技術を大きな商売に変えた。1920年代には違法な酒造りで莫大な金を稼ぐことができ、ノースカロライナ州アレゲニー郡での現地調査は、山の酒がしばしばシカゴなどの大都市へ運ばれ、現地の密売業者に供給されたと記録している。密造者が生まれ育った蒸留所を離れてもっと儲かる土地へ移っているというアンドルーズの不満は、こうした取引を背景にしている。孤立した山間の郡で培われた技術が、全国の市場で価値を持つようになったのである。この調査は元密造者2人の事例研究に基づいており、1920年代の正確な数字ではなく、地元に残る記憶を伝えている。

原文

CHEST BIDS FAIR TO SURVIVE AFTER WORKERS GIVE AID

Confronted with the alternative of disorganization and monthly tag day drives or systematic and economic dispensation of the public funds, the public spirited forces of Montgomery rallied to the cause Friday and completed distribution of cards, which were scheduled to have been distributed Tuesday. The revival of interest was not alone in the ranks of the workers. A general increase was noted in subscriptions through the day. At the close the total for the campaign stood at $ 43, 152. 10.

STORM DEATH LIST SHOWS SEVENTEEN AMERICAN VICTIMS

HAVANA. Oct. 22 - (AP.) - The Isle of Pines was severely ravaged by the Caribbean storm of Wednesday, 32 persons being killed, among them 17 Americans and about 100 injured. This was the startling news brought to Havana this afternoon after more than 48 hours without word from the Isle of Pines, which lies about 35 miles south of Cuba.

MOONSHINE BOOZE GETS CHIEF'S OKEH

WASHINGTON, Oct. 22. - (AP) - The only liquor worth drinking today comes from the moonshine stills in the mountains of Kentucky, Tennessee and North Carolina, Assistant Secretary Andrews, chief of the dry forces, says. And the only moonshiners worth while were reared in these backwoods sections, says the general. The trouble is he adds, the moonshiners are migrating from their native stills to more lucrative fields, and the trails of those who have wandered into other sections have been crossed in many states.

紙面の出典:所蔵機関のデジタル資料

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