L’Écho d’Alger
- 生活費高騰に抗して
- 仏独政策のために
- アメリカに対するわが国の債務
1926年10月10日付『レコー・ダルジェ』紙の1面は、パリの物価対策の報告と本国各紙の論説の抜粋を並べた。パリ警視庁の小売価格監視委員会は、トウガラシや桃を仕入れ値を大きく超える値で売った商人を呼び出し、冷蔵倉庫に260万キロのバターと1800万個の卵があることや、違反調書、警告、行商人への処分、投機事件の件数について報告を受けた。『ル・マタン』紙のアンリ・ド・ジュヴネルは、仏独接近の見返りとしてドイツにポーランドやオーストリアなど東方での安全保障を求めるべきだと論じた。『アクシオン・フランセーズ』紙のジャック・バンヴィルと『ルーヴル』紙のセザール・シャブランは、留保を認めずに戦債協定の批准を迫るアメリカ政府を批判した。シャブランはフランスの支払能力を仲裁にかける手続きを提案した。
翻訳
生活費高騰に抗して
生活費高騰に抗して
小売価格監視委員会にて
パリ、10月9日発――小売価格監視委員会は今朝、モラン氏を議長として警視庁で会合を開き、生活必需品に法外な値をつけていた商人や売り子を何人か呼び出した。これらの者は、とりわけ1キロ4フランで仕入れたトウガラシを28フランで、14フランで仕入れた桃を24フランで売っていた。
委員の一人は、レ・アル中央市場に売り場を持つ一部の人々が、その売り場を報酬と引き換えに他人へ譲り渡している取引について、委員会の注意を促した。
警視庁不正取締課長のラヴェセ氏は、現在パリ地方の冷蔵倉庫に260万キロのバターと1800万個の卵が保管されていると報告した。警視庁の担当部局は、これらの商品が倉庫から出されるときに正常な価格で売られるよう確かめなければならない。
ラヴェセ氏の報告によれば、年初以来、販売価格の不表示で312件の違反調書が作成された。内訳は生活必需品90件、ガソリン37件、その他の品目184件である。このほか457件の警告が出された。9月1日以来、行商の青物売りに対して、[?]の一時停止から永久剥奪に至るまで367件の懲戒処分が科された。153人の商人や売り子が各種の違反で委員会に報告され、一部のレストランで二皿制が守られていないとして222件の警告が出され、4件の調書が作成された。最後に、小麦、小麦粉、バターなどの投機に関する25件の事件が検察に送られた。
続いてギシャール氏が、生産者から消費者に至る各仲介業者が得る利益について委員会が求めていた調査の新たな結果を報告した。たとえば、客が100フラン分のサバを買うと、20フラン30が漁師に、33フラン90が出荷業者に、19フラン
仏独政策のために
仏独政策のために
その政策が与えるべき保証
『ル・マタン』紙(アンリ・ド・ジュヴネル)より
われわれに期待されている譲歩は、金銭上の利益によっても軍縮上の利益によっても埋め合わせられない。そうである以上、交渉はしよう。ただし別の基礎の上でだ。
シュトレーゼマン氏は先日、仏独の和解こそヨーロッパの平和の条件だと述べた。だからこそわれわれは、この平和を目指し、この平和のために、過去の記憶にもかかわらず協力しようとしているのである。ところがこの平和は、西方であらゆる心配から解放されたドイツが、ヨーロッパの東方で他国に心配の種をまく自由を持つことを求めてはいない。それどころか、まさにその逆を求めている。
したがって仏独政策が成功する見込みがいくらかでもあるのは、ドイツが東方において、とりわけポーランドとの経済協定やオーストリアに関する約束を通じて、われわれがドイツの西部国境で自ら引き受けざるをえなかったものと少なくとも同等の全般的な安全保障を差し出す用意がある場合に限られる。
問題をこのように立てれば、フランスはたしかに自らの無私を示すことになるだろう。何よりもまず自国のものである特権と引き換えに、自分のためには何も求めないからである。しかしフランスは同時に、自らの現実主義も示すことになる。今日、危険はもはやライン川にはなく、ポーランドの不安定、オーストリアの危うさ、ハンガリーでくすぶる火、そして中欧の新しい諸国家の内部でドイツ系少数民族が引き起こしうる騒乱の中にあるからだ。
シリア高等弁務官職
『タイムズ』紙の論説
ロンドン、10月9日発――『タイムズ』紙は、シリアの新高等弁務官アンリ・ポンソ氏の出発について論評し、次のように書いている。
アメリカに対するわが国の債務
アメリカに対するわが国の債務
アメリカ政府が見ているのはただ一つ――フランスが負った約束の批准である
『アクシオン・フランセーズ』紙(J・バンヴィル)より
クーリッジ大統領とメロン氏は、自らのとった立場から一歩も出まいと決めて頑として譲らず、フランス議会は好きなだけ留保を付け、気に入るだけの前文を可決すればよいが、アメリカ政府はそれを一切考慮しないと宣言している。アメリカ政府にとって重要なのはただ一つ、自らが定めた年賦金を支払うというフランスの約束の批准である。
それはアメリカ政府にとって威信の問題であるかのようだ。さもなければ、われわれとヨーロッパ全体に対して、財政的であると同時に政治的でもある圧力の手段を握っておきたいのだろう。国家間の債権が何よりも役立つのはまさにそのためであり、われわれのドイツに対する債権もそのために役立ちえたはずだった。貢納そのものについては、幻想を抱いてはならない。貢納が支払われるのは債権者が債務者を支配している間だけであり、そうした状態が62年も続くことはまれである。
合衆国はフランスの支払能力に関する仲裁手続きを設けるべきだ
『ルーヴル』紙(セザール・シャブラン)より
国際法上、国家間の債権は敵対的な措置を正当化しないと認められている。だがわれわれは、危機の時代に国際法の規則がどれほど無視されうるかを知りすぎている。悪魔を試すようなことはやめよう。たしかにアメリカ人は支払いを受けたいのだろうが、それ以上に強く、世界の平和が乱されないことを望んでいる。
彼らに対し、その平和への意志と首尾一貫させ、債務者の支払能力に関する仲裁手続きをあらかじめ設けて、あらゆる威嚇を避けるよう求めることはできないだろうか。フランスが期日の支払いに応じられないと判断し、合衆国が異議を唱えた場合には、法廷に持ち込むことになる。どの法廷か。ハーグの裁判所かもしれない。むしろ当事者が指名する仲裁人で構成する法廷がよい。フランス人仲裁人とアメリカ人仲裁人が一人ずつ、それぞれもう一人の仲裁人を選び、この合議体を双方の合意で選んだ5人目の仲裁人が主宰するのである。
支払能力を仲裁にかけるという考えは、パリ大学法学部教授ジャン・レスキュール氏の学識豊かな論文ですでに提起されている。私はこれを実り多い考えだと信じる。フランスは自らの[?]誠実な態度を捨てるつもりはない。フランスの前にいるのも誠実な債権者である。双方にとって、相互の関係に公正の支配を保証する手続きを採用することほど名誉なことはないだろう。しかし、この手続きを確立するのに一方的な宣言では足りないことは明らかである。協定の追加条項が必要だ。
モロッコにて
スルタン、マラケシュでの熱烈な歓迎を喜ぶ
ラバト、10月8日発(遅延)――スルタンのムーレイ・ユーセフは、ドーガン将軍に対し、フランス人および欧州人の居留民団の当局、ならびに
解説
クーリッジ政権が批准を求めたメロン・ベランジェ協定
バンヴィルが「フランスが負った約束」と呼んだものは、1926年4月29日のメロン・ベランジェ協定である。この協定はフランスの対米戦債の返済額と返済率を定めたものであり、駐米大使アンリ・ベランジェがフランス議会の批准を条件として署名した。論説の筆者たちが議会の付ける留保を論じているのは、この批准の手続きが残っていたからである。アメリカの債務委員会は、この協定がフランスの支払能力をおおむね反映していると説明した。セザール・シャブランが仲裁法廷にかけるよう求めたのは、まさにこの支払能力の評価である。フランスは支払いをドイツの賠償金と結びつける条項を求めたが、アメリカはこの結びつけを拒んだ。バンヴィルが国家間の債権を何よりも圧力の手段とみなし、「われわれのドイツに対する債権」に触れたのは、この不満を映している。アメリカは債務問題が決着するまでフランスへの民間と公的な融資を目立たない形で止め、フランに圧力をかけていた。協定はフランスで強い反発を受け、パリでは2万人の退役軍人が反対のデモを行った。フランス議会の批准は1929年7月まで遅れ、結局、債務はほとんど返済されなかった。バンヴィルの論説は返済期間を62年として論じている。
ドイツの国際連盟加盟とトワリー会談
ジュヴネルのこの論説は、ドイツが1926年9月10日に国際連盟に加盟してから1か月後に書かれた。ドイツは連盟理事会の常任の席を得たが、この席を争ったポーランドは非常任の席しか得られなかった。加盟の式典の期間中に、ブリアンとシュトレーゼマンはフランスの村トワリーで会談した。シュトレーゼマンはフランの安定のために物質的な支援を約束し、ブリアンはザール地方を早期にドイツへ返し、ラインラントの軍事管理と占領を早く終わらせることに同意した。論説冒頭の「われわれに期待されている譲歩」はフランスが西方で持つ立場を、「金銭上の利益」はドイツが見返りに差し出せるものを指すと読むのが自然である。ジュヴネルは金銭による埋め合わせでは足りないと主張し、その代わりにドイツがポーランドとの経済協定やオーストリアに関する約束を通じて東方の安全を保証するよう求めた。トワリーでの合意は両国政府の異論を受けてまもなく範囲を縮められた。研究者はこの会談をロカルノ政策の頂点であり、同時に終点でもあったとみなすことが多い。
アンリ・ド・ジュヴネルとシリア高等弁務官職
アンリ・ド・ジュヴネルはフランスのジャーナリストであり政治家であった。この紙面は彼の論説を『ル・マタン』紙から転載した。ジュヴネルは1925年12月23日から1926年6月23日までシリアとレバノンのフランス高等弁務官を務めており、この論説が載ったのは退任から4か月足らず後である。同じ欄では論説のすぐ後に、『タイムズ』紙がアンリ・ポンソの出発を論評したというロンドン発の記事が続いた。紙面はポンソをシリアの新高等弁務官と呼んでいる。アルジェの読者は、ドイツにポーランドとオーストリアへの保証を求めるジュヴネルの議論を、彼が去ったばかりの職に関する記事と並べて読んだことになる。中欧の少数民族や新しい国家の不安定についての警告は、レバントでフランスの委任統治を最近まで指揮した人物が書いたものである。
バンヴィルが国家間の債権を圧力の手段とみなした理由
ジャック・バンヴィルは歴史家でありジャーナリストであり、仏独関係に強い関心を寄せ、王党派団体アクシオン・フランセーズの中心人物の一人だった。この紙面は彼の論説を『アクシオン・フランセーズ』紙から引いた。バンヴィルは1920年の著作『平和の政治的帰結』でヴェルサイユ条約を批判したことで最もよく知られている。この著作でバンヴィルは、条約によって4000万人のフランス人が6000万人のドイツ人を債務者として抱え、その債務は30年かけても清算できないと警告した。この論説も同じ考え方に立っている。バンヴィルは、貢納が支払われるのは債権者が債務者を支配している間だけだと述べ、フランスの対独債権とアメリカの対仏債権をどちらも財政的かつ政治的な圧力の手段として扱った。アメリカがフランスとヨーロッパへの圧力の手段を握りたがっているという彼の疑いは、6年前に示した賠償問題の見方を戦債問題に当てはめたものである。
原文
Contre la vie chère
Contre la vie chère A LA COMMISSION DE SURVEILLANCE DES PRIX DE DETAIL Paris, 9 octobre. - La commission de surveillance des prix de détail, réunie ce matin à la Préfecture de police, sous la présidence de M. Morain, a fait comparaître devant elle un certain nombre de commerçants et de vendeurs qui avaient pratiqué des prix exagérés sur des denrées de première nécessité en vendant notamment des piments achetés 4 francs le kilo 28 francs, et des pêches achetées 14 francs, 24 francs. Un des membres a attiré l'attention de la commission sur le trafic auquel se livrent certaines personnes titulaires de places sur le marché des Halles, cédant ces places contre rémunération à d'autres personnes. M. Lavayssé chef du Service des fraudes à la Préfecture de police a fait connaître qu'il se trouve actuellement 2. 600. 000 kilos de beurre et 18 millions d'œufs entreposés dans des frigorifiques de la région parisienne. Le service de la Préfecture de police devra s'assurer que ces marchandises seront, à leur sortie, vendues à des prix normaux. M. Lavayssé a fait connaître que depuis le début de l'année 312 contraventions pour défaut d'affichage de prix de vente ont été dressées; 90 pour des produits de première nécessité; 37 pour de l'essence et 184 pour des produits divers; en outre, 457 avertissements ont été donnés. 367 peines disciplinaires, allant depuis la suppression temporaire jusqu'à la suppression définitive de la [?] ont été infligées à des marchands des quatre-saisons depuis le 1er septembre; 153 commerçants ou vendeurs ont été signalés à l'attention de la commission pour divers délits; 222 avertissements ont été donnés et 4 procès-verbaux dressés pour non application du régime des deux plats dans certains restaurants. Enfin, 25 affaires de spéculation sur les blés, farines, beurre, etc., ont été transmises aux Parquets. M. Guichard a fait connaître ensuite les nouveaux résultats concernant l'enquête demandée par la commission sur les bénéfices pris par chaque intermédiaire depuis le producteur jusqu'au consommateur. Il est signalé, par exemple, que pour 100 francs de maquereaux achetés par un client, 20 francs 30 reviennent aux pêcheurs, 33 fr. 90 à l'expéditeur, 19 fr.
Pour une politique franco-allemande
Pour une politique franco-allemande LES GARANTIES QU'ELLE DOIT DONNER Du Matin (Henry de Jouvenel): Puisque les abandons qu'on attend de nous ne peuvent être compensés ni par des bénéfices d'argent ni par des bénéfices de désarmement, négocions, mais sur d'autres bases. M. Stresemann a dit l'autre jour que la réconciliation franco-allemande était la condition de la paix européenne. C'est donc en vue de cette paix et pour elle que nous allons, malgré nos souvenirs, collaborer. Or, elle n'exige pas que délivrée de tous soucis à l'Ouest, l'Allemagne soit libre d'en créer aux autres à l'Est de l'Europe; elle exige même exactement le contraire. Une politique franco-allemande n'a donc quelques chances de réussir que si l'Allemagne est disposée à offrir à l'Est, notamment, par une entente économique avec la Pologne, par des engagements au sujet de l'Autriche, des garanties de sécurité générale au moins équivalentes à celles que nous avons dû prendre de nous-mêmes sur sa frontière Ouest. En posant ainsi la question, la France attesterait, certes, son désintéressement, puisqu'elle ne demanderait rien pour elle-même en échange de privilèges qui sont avant tout les siens, mais elle témoignerait aussi de son réalisme, car le danger aujourd'hui n'est plus sur le Rhin, il est dans l'insécurité de la Pologne, dans la précarité de l'Autriche, dans le feu qui couve en Hongrie, dans le trouble que les minorités allemandes peuvent susciter au sein des nouveaux Etats de l'Europe Centrale. LE HAUT COM ISSARIAT EN SYRIE UN ARTICLE DU «TIMES» Londres, 9 octobre. - Le Times, commentant le départ de M. Henri Ponsot, le nouveau haut commissaire en Syrie, écrit:
Notre dette envers l'Amérique
Notre dette envers l'Amérique LE GOUVERNEMENT AMERICAIN NE VOIT QU'UNE CHOSE: LA RATIFICATION DE L'ENGAGEMENT PRIS PAR LA FRANCE De L'ACTION FRANÇAISE (J. Bainville) Inflexibles, décidés à ne pas sortir de la position qu'ils ont prise, le président Coolidge et M. Mellon déclarent que le Parlement français peut voter toutes les réserves qu'il voudra, tous les considérants qui lui feront plaisir, le Gouvernement américain n'en tiendra aucun compte. Une seule chose lui importe: la ratification de l'engagement par la France de payer les annuités qu'il a fixées. On dirait que c'est pour lui une question de prestige à moins qu'il ne veuille garder sur nous et sur l'Europe en général, un moyen de pression financier et politique à la fois. C'est à cela surtout que sert une créance d'Etat, c'est à cela que notre créance sur l'Allemagne pouvait servir. Quant au tribut lui-même, il n'y a pas d'illusions à se faire, il n'est payé que pendant le temps où le créancier domine le débiteur, situation qui dure rarement soixante-deux années. LES ETATS-UNIS DEVRAIENT INSTITUER UNE PROCEDURE D'ARBITRAGE SUR LA CAPACITE DE PAIEMENT DE LA FRANCE DE L'ŒUVRE (César Chabrun) On admet en droit international que les créances d'Etat à Etat ne justifient pas des mesures d'hostilité. Nous savons trop comment en temps de crise les règles du droit international peuvent être méconnues. Ne tentons pas le diable: sans doute les Américains veulent être payés, mais ils désirent plus ardemment encore, que la paix du monde ne soit pas troublée. Ne peut-on leur demander d'être logiques avec leur volonté pacifique et d'éviter toute menace en instituant par avance une procédure d'arbitrage sur la capacité de paiement de leur débiteur? Lorsque la France estimerait ne pas pouvoir faire face à son échéance, si les Etats-Unis élevaient une contestation, on irait devant un tribunal, lequel? La Cour de la Haye, peut-être. Plutôt un tribunal composé d'arbitres désignés par les parties: un arbitre français et un arbitre américain, choisissant chacun un autre arbitre. Ce collège étant présidé par un 5e arbitre choisi d'un commun accord. L'idée de faire arbitrer la capacité de paiement a déjà été lancée dans un savant article de M. Jean Lescure, professeur à la faculté de Droit de Paris. Je la crois féconde. La France n'a pas l'intention de se départir de son attitude [?] loyal; elle a devant elle un créancier loyal. Rien ne serait plus honorable pour l'un et pour l'autre que d'adopter une procédure qui garantirait le règne de l'équité dans leurs rapports réciproques. Mais il est bien évident que des déclarations unilatérales seraient insuffisantes pour établir cette procédure; il faut un avenant aux accords. AU MAROC LE SULTAN EST HEUREUX DE L'ACCUEIL ENTHOUSIASTE QUI LUI A ETE FAIT A MARRAKECH Rabat, 8 octobre (Retardé). - Le Sultan Moulay Youssef a prié le général Daugan de transmettre l'expression de sa vive satisfaction aux autorités des colonies française et européenne ainsi